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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第五章 新米メイド、街に出る
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138 名家の凋落

「今度の宴で、何が起きるのか、ですか」

 セレナは小首を傾げた。

「さあ、未来のことは何とも……。何かが起きるかもしれないけれど、何も起きないかもしれませんしねえ」

 そんな、ミもフタもないことを言わないでほしい。


「魔女の宴で起きた事件の報復に、ラズワルド殿がエマ殿を狙っていると聞いた」

 クリア姫はひたとセレナを見すえた。

「エマ殿がアクア殿を狙ったというのも本当なのか。先日の、ルチル姉様が行方知れずになった事件が、そのきっかけになったというのも」

「きっかけは確かにそのようですけど――」

 セレナはゆったりした動作でティーカップを持ち上げ、私が淹れ替えたお茶を一口飲んだ。

「あら、おいしい。淹れ方がお上手ですね」

「ありがとうございます」

 口ではお礼を言いつつ、早く話を進めてほしいと私は思っていた。きっかけはルチル姫の事件だけど――の続きは何?


「7年前」

 セレナの発した一言にどきりとする。

「あの年に起きた事件のことを、クリア姫様はご存知かしら」

 7年前の事件。それは私の父が失踪した事件――のことではなくて、魔女の憩い亭のセドニスが言っていたあれ?

 側室の息子で、次期国王候補の筆頭で、騎士団長ラズワルドにとっては甥に当たる王子が、事故で亡くなったっていう。


「確か、落馬事故だったと聞いているが……」

 口ごもるクリア姫。

 多分、私と同じ疑問をいだいているはずだ。というか、誰でも同じことを考えるだろう。


 ぶっちゃけ、それって「事故」だったの?


 次期国王候補筆頭の、超がつく重要人物の死。

 どうしても「暗殺」の2文字が頭に浮かんでしまうんですが。


「ええ、そうですね。……事故だったんですよ」

 セレナは言った。彼女にしては珍しく、どこか悲哀のこもった声だった。


 騎士団長ラズワルドも当然のことながら暗殺の可能性を疑い、徹底的に調べさせた。

 少しでも怪しい所はないか、絶対にあるはずだと、血眼になって。

 それでも、不審な点は出なかった。


 落馬事故といっても、王子は走っている馬から落ちたわけではないらしい。

 馬を止め、地面に下りようとしたその時、馬具に足を引っかけてバランスを崩したのだ。

 真っ昼間に、見通しのいい場所で、大勢の護衛や侍女たちが見守る中、起きてしまった事故だった。


「人の命は、本当に儚いものですから……」

 セレナは少し悲しそうに首を振る。

 子供って、注意力散漫なところがあるしね。下に弟と妹が居る私にはよくわかる。

 彼らはふいに突拍子もない動きをする。なんで急にそんなことを、と首を傾げたくなるような行動に出ることも多い。その全てを予想し、完全に守るというのは難しい。


「運が悪かったんでしょうね」

 本人か、ラズワルドか、護衛の人々か。

 果たして誰の運が悪かったのかはわからない、とセレナは言った。


 騎士団長にとっては、いっそ誰かの陰謀というならまだマシだったのかもしれない。その「誰か」に怒りと憎しみの矛先を向ければいいのだから。

 事故では、誰も恨めない。

 溺愛していた甥を失った悲しみと怒り。政治的にも重要な駒を失ったショックと失意。

 行き場のない感情を持て余してしまったのか。その後の彼は、いささか暴走する。


 当時、王都の宰相閣下のお屋敷で、つつましく静かに暮らしていた第一王子のハウライト殿下は、この件で拘束された。

「謀反を企てた」という、ほとんど言いがかりでしかない容疑で捕らえられ、王子の事故死に関わっていないかどうか、厳しく調べられたのだ。

 抗議した宰相閣下も同じく。城の北塔に幽閉され、取り調べを受けることになった。


 さらに、ラズワルドの暴走は敵だけでなく、味方にも害を及ぼす。

 事故が起きた時、王子を守れなかった護衛は特に厳しく罰せられたが、それだけではなく。

 王子の侍女や世話役、家庭教師にまで、理不尽極まる命令を出した。その命令とは。


「殉死ですよ」

 セレナはさらりと言った。

「自分の命と、それに息子が居る場合は、その命も差し出せという命令だったんです。亡くなった王子は、生きていれば王になっていたはずの高貴な身の上なのだから、彼に仕えた者が殉じて死ぬのは当然だろうと仰ってね」

 そんなムチャクチャな、と私は思った。

 殉死なんて、いつの時代の話だ。偉い人が亡くなるたびに死んでたら、命がいくつあっても足りないし。まして、自分の子供の命まで差し出せ?


「ええ、本当に。馬鹿げた命令ですね」

 最愛の甥を失った騎士団長にしてみれば、少しでも事件に関わりのある者は、自分と同じ苦しみを味わうべきだと思えたのかもしれないが。

 いくら何でもありえないと、多方面から抗議が殺到し、命令は撤回された。……ただし、それには数日のタイムラグがあった。


 わずか数日である。

 けれど、当事者となった者にとってはあまりに長い、その数日の間に。


 こんな命令は必ず撤回されると、最初から相手にしなかった者も居た。

 使えるコネを使い、各所に働きかけ、冷静に立ち回った人間も居た。

 子供だけをひそかに王都から逃がす者も居た。

 だが、心理的に追い詰められ、早まったことをした人間もわずかながら居たのだ。


「王子の護衛だった騎士の1人は、最愛の妻と子を道連れにして……」

 自分の屋敷に火を放った。家族だけでなく、逃げ遅れた使用人にまで犠牲が出たそうだ。


 その悲惨な出来事は、ラズワルドの手によってもみ消され、表沙汰になることはなかったが。

 噂は流れた。

 騎士が、家族が、なぜ死ななければならなかったのか。詳細な噂が王都に流れ、ラズワルドの評判は地に落ちた。


「あの頃の騎士団長殿は、国王陛下を凌ぐほどの力を持っていると噂されていましたから、すぐに失脚することにはなりませんでしたけど」


 味方だったはずの人々の恨みを買い、潜在的な「敵」を数多く生み出した。その結果として。

 4年前、カイヤ殿下が「救国の英雄」として王都に凱旋した際、彼の派閥からは寝返りが横行した。

 そうして彼の権力は失墜し、のちに平民女性のアクア・リマと養子縁組を結ぶところにまで追いつめられる。


 クォーツの分家筋が陰謀を仕掛けた背景には、そういう事情があるのだ。


「今の騎士団長殿には、かつてほどの力も勢いもありません。お年もお年ですしね。フローラ姫はある意味、最後の切り札と言えるかしら」


 でも、だからこそ。

 自分に楯突く相手には容赦しないだろうと、セレナはこの上なく静かな口調で言い切った。


「体面もありますし、プライドもあるでしょう。彼は必ず、分家筋に報復しますよ」

 カイヤ殿下や、レイテッドの人たちも話していた通り。

 その舞台となる可能性が極めて高いのが、間もなくひらかれる「淑女の宴」なのだ。

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