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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第五章 新米メイド、街に出る
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136 物わかりなど良くはない

 2人の足音が聞こえなくなってから、クリア姫が「聞こえたか?」とダンビュラを見た。

「おう、ばっちりだぜ」

 とがった耳をぴこぴこ揺らす。人間より聴力の優れた彼には、クロムが殿下に耳打ちした言葉もしっかり聞こえていたようだ。


「ヒルデ・ギベオンとやらが、また毒を飲んで倒れたってよ」

 ぎょっとする私とクリア姫。

「……『また』ってのは何だ?」

 首をひねるダンビュラ。クリア姫も同じように疑問の表情を浮かべて、

「普通に考えれば、以前にもそういうことがあったという意味だと思うが……」


 そう、あったのだ。

 叔母上様とエンジェラがお屋敷に遊びに来たあの日、殿下が急用で出かけたのも同じ理由だったらしい。

 説明した方がいいかな? でも、私もくわしく知ってるわけじゃないしな。

 迷っているうちに、

「……とにかく、ここに居ても仕方ない。屋敷に戻ろう」

とクリア姫が言い出した。


 そんなわけで移動したものの、お屋敷に戻ったところで、特にすることもなく。

「何かあったらお知らせしますから、姫様は休んでください」

 私がリビングに残り、クリア姫には寝てもらうことにした。なんか、しばらく前にもこんなことがあった気がする。


「…………」

 難しい顔で考え込みながら、自室に戻っていくクリア姫。ダンビュラも一緒についていく。

 残された私は、ひとまず何か温かい飲み物でも淹れることにした。

 いや、こんな時にって思うかもしれないけど、ただ何もしないで待っているのも暇だし、小腹がすいたし。

 食品庫からミルクを取り出し、小鍋にかける。ハチミツを少し入れて、甘みをつけて。

「うん、おいしい」

 ホットミルクを飲みながら、物思いに耽る。


 ヒルデ・ギベオンは、「魔女の宴」で起きた事件の実行犯だ。

 その彼女が、2度も毒を飲んで倒れた。

 昼間聞いた話が本当なら、犯人はエマ・クォーツで、目的は口封じ? 彼女の口から、自分が命じたことがバレないように。

 だけど、2度も同じ方法で暗殺未遂って。何だか変な気がする。ヒルデの取り調べをしている騎士団はいったい何をしていたんだろう?


 薄暗いリビングで、1人。

 とりとめもなく考えを巡らせながら、カチコチ、カチコチ、と時計の鳴る音に耳を傾けているうち、私はうとうとしていたらしい。


 ――気がつけば夢を見ていた。


 暗い夜の森を、ひたすら走っている夢だった。


 風の音すらしない、静寂の夜。青白い月が無言で見下ろしている。

 私はまた小さな子供になっていて、何かに急き立てられるように森の中を走っていた。


 早く、早く。急がなきゃ。でないと大変なことになってしまう。


 幼い私は1人だった。

 両親と祖父母、弟と妹。大切な家族の顔を思い浮かべながら、小さなこぶしを握りしめ、懸命に両足を前に運ぶ。

 息が苦しい。胸が痛い。ずっと走ってきたからではなく、不安と恐怖のためだった。


 急がないと、急がないと、急がないと。――だけど、何のために?


「エル、エル。だいじょうぶか?」


 クリア姫の声で、目が覚めた。

「ほえ?」

 辺りを見回す。

 薄暗かったはずのリビングは、いつのまにか朝の光に包まれていた。


「悪い夢でも見たのか? ひどくうなされていたようだった」


 私はテーブルに突っ伏して眠っていたようだ。

 見ればクリア姫はすっかり身支度を整えていて、大きな瞳で心配そうに私の顔をのぞき込んでいる。


「す、すみません、寝てしまって――」


 慌てて立ち上がろうとした私は、テーブルの足にむこうずねをしたたか打ちつける、という醜態をさらしてしまった。


「おい、だいじょうぶか?」

 姫様の足もとから、ダンビュラの声もする。

「平気です、このくらい……。それより、ごめんなさい。何かあったらお知らせする、なんて言っておきながら……」

 ぐーすか寝ている間に、誰か来なかっただろうかと案じていたら、

「ああ、来たぜ」

とダンビュラが言った。

「さっき、兄様の遣いの者が来たのだ」

「ええええ……」


 私が寝ていたので、クリア姫が自分で応対してくれたらしい。

 遣いの人が持ってきたのは、殿下が「今日はこちらに来られない」という知らせと、「城で騒ぎがあったが、心配しなくていい」という伝言のみ。


「騒ぎがどうしたか知らんが、嬢ちゃんのことは放置かよ」

 ダンビュラは不満顔だ。

 一応、遣いの人をよこしているのだから、放置ってことはないと思うけど。

 またしても事件があったのに、その詳細はわからず。

 不安と心配を抱えたまま、兄の帰りをただ待たなければならないクリア姫のお気持ちを考えると、ダンビュラの不満もわかる気がした。


 しかしクリア姫はもちろん、拗ねたり文句を口にしたりなどしなかった。

「そんな風に言ってはいけない。兄様はおいそがしいのだ」

「物わかりが良すぎだろ」

 ぶーたれるダンビュラを、今度は私がたしなめることにした。

 殿下がクリア姫のおそばに居られないのなら、私と彼とでしっかりお支えすればいいだろうと。

「物わかりなど良くはない」

とクリア姫。きっぱりと強い口調に、私は口に仕掛けた言葉をとっさに飲み込んでいた。

「朝食の後は、図書館に行こうと思うのだ」

『は?』

 期せずして、私とダンビュラの声がそろう。


 こんな時に図書館? という疑問は、続くクリア姫の言葉ですぐに解けた。


「城で何が起きたのか、セレナなら知っていると思う」


 セレナは王室図書館の司書を務める初老の女性だ。いつも図書館の受付に座って、1人静かに本を読んでいる。

 にも関わらず、なぜだか妙に王宮内の揉め事にくわしい。

 今も名君として国民に称えられる、先々代国王陛下の相談役でもあったとか、なかったとか。

 確かに彼女に聞けば、大抵のことはわかるかもしれない。


「でも、いいんでしょうか?」

 こんな時に、殿下の許可なく出歩いても。

「別に構やしねえだろ」

 即座に言い返すダンビュラ。

 屋敷でじっとしていろと命じられたわけではない。城の外へ行くわけでもない。ちょっと図書館まで行って、帰ってくるだけなのだから。


 若干の迷いはあったが、やはり何もわからないまま待っていたくないのは私も同じ。

 何より、クリア姫が「行く」と言っているのだ。


 急ぎ朝食をすませて、私たちは出発した。

 できるだけ人目につかない方がいいダンビュラのことは箱詰めにして台車に乗せ、クリア姫と2人、王室図書館を目指して。

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