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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第五章 新米メイド、街に出る
135/410

134 宴への招待2

「ラズワルドが報復の場として選ぶ可能性が高いのが、間もなくひらかれる淑女の宴だ」

と殿下は言った。

 クォーツの分家筋が、伝統的な「魔女の宴」に対抗してひらく宴である。エマ・クォーツはその宴を主催する側だ。当然、出席するはず。


「そこで復讐するってことは……」

 私は想像して、口をつぐんだ。

 アクアが狙われたように、今度はエマの命が狙われる?


「何が起きるかはわからない。何も起きないかもしれないが……。ひとつ、不可解な点がある」


 数日前から、王都の社交界でささやかれている噂があるんだそうだ。

 それは今度の「淑女の宴」に、フローラ姫が出席することになった、というもの。

 未婚の男女が集まる貴族版婚活パーティーに、お相手に決まれば、次期国王候補として名乗りを上げることもできるフローラ姫が。


「仮にラズワルドが宴で報復する気なら、なぜフローラの出席を許したのかがわからん」

 しかもエマ・クォーツは、フローラ姫と自分の甥との婚姻を目論んでいるのに。

 彼らの主催する婚活パーティーに出席させるなんて、まさに飛んで火に入る夏の虫では。


おとりのつもりなのではありませんか」

 そう言い出したのはジェーンだ。

「ラズワルドの報復については、エマ・クォーツも当然警戒しているでしょう。あるいは、宴への出席を取りやめることもあるかもしれません。ですが、喉から手が出るほどほしいフローラ姫をエサにされれば、多少の危険があっても表に出てくるしかない」


 餌って。

 17歳の姫君を餌って。

 もうちょっと違う言い方できないの? とは思った。

 でも、実際そうなのかもしれない、とも思った。

 ジェーンの説は筋が通っている。この人、頭が悪いわけじゃないんだな。たまに考えなしには見えるけど。


「……ジェーンの言う通りかもしれん」

と殿下も認めた。

「いずれにせよ、放っておくわけにはいかない。もしも宴で流血沙汰でも起きれば、ラズワルドと分家の間で、血で血を洗う報復合戦にもなりかねない。それだけは絶対に阻止しなければならん」

「……どうするんですか?」

 私はこわごわ尋ねた。

「俺も宴に出る」

 殿下の答えは簡潔だった。

「俺はどちらの味方でもないからな。奴らが妙なマネをすれば、見逃す義理はない。然るべき処置を行うつもりだと、ラズワルドには伝えておく」

 それで報復を思いとどまるかどうかはともかく、「やり過ぎるな」という牽制けんせいにはなるはずだから。


 ……だいじょうぶかな、と私は思った。

 クリア姫の前では絶対言えないけど、まとめてラズワルドに狙われたりしないのかなあ?


「えっと、レイテッドの人たちも宴には出るんですよね?」

 わざわざ誘ってきたってことはそうなんだろう。目的はやはり、敵対するラズワルドへの牽制なのか。

「わからない。言葉通りに解釈するなら、『おもしろそうだから見物に行く』ということらしいが」

 ただの野次馬? ……ってことはないだろうね。

 あのケインとレイシャ夫婦の意味深な笑み。何か悪巧みでもしてそうな感じだった。


 ……ますます心配だ。

 あの人たちだって、敵か味方かわからないし。


「私も共に参ります、殿下。そして、この身に変えても、お守り致します」

 ジェーンがどんと自分の胸を叩く。ちゃんと近衛騎士っぽいセリフも言えるんだ、と感心したのもつかの間、

「怪しい者は即座に斬り捨て、殿下には近づけません」

 それだと、宴の会場に死体の山ができるような……。

「頼りにしている」

と殿下は言った。

 できれば他の護衛を連れて行くよう、後で説得しておこうと私は決めた。


 なんとなく話は終わったような空気になりかけた時、

「叔父様は……」

 クリア姫が遠慮がちに口をひらいた。

「レイテッドの方々と協力するように、というお考えなのでしょうか?」


 ……重大な問題を忘れていた。

 宰相閣下が、観劇のチケットをレイテッドの人たちに贈ったとかいう話。あれはどういうことだったの?


「それは……」

 殿下は明らかに言い淀んだ。

「……やはり、話さないとまずいだろうか」

「当たり前でしょうが」

 つい間髪入れずに突っ込んでしまった。

 私にとっても無関係な話じゃない。前回の休日がつぶれてしまった埋め合わせに、妹姫と外出してはどうかと勧めたのは私だ。

 それを宰相閣下が台なしにしてくれたというなら、私にだって覚悟があるぞ。

「落ち着け、エル・ジェイド。叔父上に悪意はないはずだ」

「はあ?」

「エル、そんなに怒らないでくれ」

 クリア姫にまで止められてしまった。……そんなに怖い顔をしていたつもりはないのだが。


「先に言っておくが、叔母上の方はおそらく何も知らない」

 純粋に善意で、クリア姫と殿下のためを思って、今日の観劇を勧めてくれたはずだという。

「だったら、宰相閣下が便乗したってことですか?」

 自分の妻の善意、心遣いを利用したっていうのか。私が叔母上様の立場なら、夫婦ゲンカどころか離婚案件だぞ。


「頼む。この件は、できれば叔母上には内密に――」

「はああ?」

 殿下は私の怒声に若干ひるみつつ、

「大元の原因は俺にある。叔父上は前々からレイテッドとの協力関係を模索していた」


 ハウライト派vsフローラ派の争いにおいて、レイテッドは中立の立場だ。

 とはいえ、あのケイン・レイテッドも言っていた通り。

 ラズワルドという「共通の敵」を持つ者同士、共闘の可能性を探るのは不自然なことじゃない。


「そのために1度、レイテッドと話し合いの場を持つように言われていた。ケインとレイルズは、俺の幼なじみだからな。叔父上が直接話すよりも信用を得やすいだろうと」


 まあ、ね。

 向こうにしてみたら、腹に一物も二物もありそうな宰相閣下より、基本的に嘘偽りを言わないカイヤ殿下の方が、交渉相手としてはいいだろう。


「だが、俺はこの件に積極的になれなかった。話し合いの必要は認めながら、理由を作って先延ばしにしていた」

「どうしてですか?」

 レイテッドの人たちが信用できなかったから? ……確かに、当主のレイルズはまだいいとして、それ以外のメンツは信用できないかもね。


 が、殿下がためらったのは、そういう理由ではないらしく。

「協力を求めるなら、見返りがいるだろう?」

 レイテッドをハウライト派に引き入れるためには、対価がいる。ハウライト殿下が王位に就いた時、レイテッドにも何か利益がなくてはいけない。

「最もわかりやすいのが政略結婚だ」

 レイテッドの家系に連なる貴族の中から、次代の王妃を迎えること。

 私はなるほどと思ったけど、殿下は割り切れない顔をしていた。


「兄上は愛のない婚姻にまるで抵抗がない。自分個人の幸福というものを、最初から考えていないからな。必要があれば、誰でも妻に迎えるだろう。……だが、俺は。正直、納得できない」


 幼い頃から第一王子という立場に振り回され、個人の願いや幸福を後回しにしてきた兄が、この先の人生でもずっとそれを続けていくことが。


「いっそ婚姻の相手くらい、ワガママを言ってほしいと思っている」


 殿下がシスコンなのは知っていたけど、実はけっこうブラコンでもあったようだ。


 利害ではなく、自分の気持ちで婚姻を結ぶ。

 それは王族という立場を鑑みれば、ワガママと呼べないこともないのかもしれない。

 だいたい、王位なんて大層なものを得るためには、多少の犠牲を払うことだって必要なんだろうし。


 でも、仮にクリア姫が政略結婚なんてさせられることになったら、私は納得できないと思う。

 じゃあカイヤ殿下が、ってことになっても、クリア姫が悲しむだろうからやっぱり納得できない。

 結論としては、私には殿下を責められない。


 五大家のひとつであるレイテッドと共闘できれば、得られる利益ははかりしれないはずである。だから宰相閣下の気持ちもわからなくはないが。

 それでも、妹姫との休日に細工する、なんて強硬手段に訴えたことはやはり受け入れがたい。

 他にやりようがなかったのか。いや、あるだろう。


「……叔父上を責めないでくれ」

って、殿下に言われちゃったら責められないし。

 こんなことなら、埋め合わせの外出なんてお勧めするんじゃなかった。

 お膳立てしてくれたのは叔母上様だから、私が後悔したって仕方ないんだけども。

 今日の観劇に、最初からクリア姫が同行していなければ。

 少なくとも殿下は妹への罪悪感を覚えずにすんだし、クリア姫も懸念や不安の材料が減ったかもしれない。そう考えてしまう。


 ガラガラと、馬車は走る。

 話を聞く前より、さらに微妙な空気と沈黙を乗せて。

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