134 宴への招待2
「ラズワルドが報復の場として選ぶ可能性が高いのが、間もなくひらかれる淑女の宴だ」
と殿下は言った。
クォーツの分家筋が、伝統的な「魔女の宴」に対抗してひらく宴である。エマ・クォーツはその宴を主催する側だ。当然、出席するはず。
「そこで復讐するってことは……」
私は想像して、口をつぐんだ。
アクアが狙われたように、今度はエマの命が狙われる?
「何が起きるかはわからない。何も起きないかもしれないが……。ひとつ、不可解な点がある」
数日前から、王都の社交界でささやかれている噂があるんだそうだ。
それは今度の「淑女の宴」に、フローラ姫が出席することになった、というもの。
未婚の男女が集まる貴族版婚活パーティーに、お相手に決まれば、次期国王候補として名乗りを上げることもできるフローラ姫が。
「仮にラズワルドが宴で報復する気なら、なぜフローラの出席を許したのかがわからん」
しかもエマ・クォーツは、フローラ姫と自分の甥との婚姻を目論んでいるのに。
彼らの主催する婚活パーティーに出席させるなんて、まさに飛んで火に入る夏の虫では。
「囮のつもりなのではありませんか」
そう言い出したのはジェーンだ。
「ラズワルドの報復については、エマ・クォーツも当然警戒しているでしょう。あるいは、宴への出席を取りやめることもあるかもしれません。ですが、喉から手が出るほどほしいフローラ姫を餌にされれば、多少の危険があっても表に出てくるしかない」
餌って。
17歳の姫君を餌って。
もうちょっと違う言い方できないの? とは思った。
でも、実際そうなのかもしれない、とも思った。
ジェーンの説は筋が通っている。この人、頭が悪いわけじゃないんだな。たまに考えなしには見えるけど。
「……ジェーンの言う通りかもしれん」
と殿下も認めた。
「いずれにせよ、放っておくわけにはいかない。もしも宴で流血沙汰でも起きれば、ラズワルドと分家の間で、血で血を洗う報復合戦にもなりかねない。それだけは絶対に阻止しなければならん」
「……どうするんですか?」
私はこわごわ尋ねた。
「俺も宴に出る」
殿下の答えは簡潔だった。
「俺はどちらの味方でもないからな。奴らが妙なマネをすれば、見逃す義理はない。然るべき処置を行うつもりだと、ラズワルドには伝えておく」
それで報復を思いとどまるかどうかはともかく、「やり過ぎるな」という牽制にはなるはずだから。
……だいじょうぶかな、と私は思った。
クリア姫の前では絶対言えないけど、まとめてラズワルドに狙われたりしないのかなあ?
「えっと、レイテッドの人たちも宴には出るんですよね?」
わざわざ誘ってきたってことはそうなんだろう。目的はやはり、敵対するラズワルドへの牽制なのか。
「わからない。言葉通りに解釈するなら、『おもしろそうだから見物に行く』ということらしいが」
ただの野次馬? ……ってことはないだろうね。
あのケインとレイシャ夫婦の意味深な笑み。何か悪巧みでもしてそうな感じだった。
……ますます心配だ。
あの人たちだって、敵か味方かわからないし。
「私も共に参ります、殿下。そして、この身に変えても、お守り致します」
ジェーンがどんと自分の胸を叩く。ちゃんと近衛騎士っぽいセリフも言えるんだ、と感心したのもつかの間、
「怪しい者は即座に斬り捨て、殿下には近づけません」
それだと、宴の会場に死体の山ができるような……。
「頼りにしている」
と殿下は言った。
できれば他の護衛を連れて行くよう、後で説得しておこうと私は決めた。
なんとなく話は終わったような空気になりかけた時、
「叔父様は……」
クリア姫が遠慮がちに口をひらいた。
「レイテッドの方々と協力するように、というお考えなのでしょうか?」
……重大な問題を忘れていた。
宰相閣下が、観劇のチケットをレイテッドの人たちに贈ったとかいう話。あれはどういうことだったの?
「それは……」
殿下は明らかに言い淀んだ。
「……やはり、話さないとまずいだろうか」
「当たり前でしょうが」
つい間髪入れずに突っ込んでしまった。
私にとっても無関係な話じゃない。前回の休日がつぶれてしまった埋め合わせに、妹姫と外出してはどうかと勧めたのは私だ。
それを宰相閣下が台なしにしてくれたというなら、私にだって覚悟があるぞ。
「落ち着け、エル・ジェイド。叔父上に悪意はないはずだ」
「はあ?」
「エル、そんなに怒らないでくれ」
クリア姫にまで止められてしまった。……そんなに怖い顔をしていたつもりはないのだが。
「先に言っておくが、叔母上の方はおそらく何も知らない」
純粋に善意で、クリア姫と殿下のためを思って、今日の観劇を勧めてくれたはずだという。
「だったら、宰相閣下が便乗したってことですか?」
自分の妻の善意、心遣いを利用したっていうのか。私が叔母上様の立場なら、夫婦ゲンカどころか離婚案件だぞ。
「頼む。この件は、できれば叔母上には内密に――」
「はああ?」
殿下は私の怒声に若干ひるみつつ、
「大元の原因は俺にある。叔父上は前々からレイテッドとの協力関係を模索していた」
ハウライト派vsフローラ派の争いにおいて、レイテッドは中立の立場だ。
とはいえ、あのケイン・レイテッドも言っていた通り。
ラズワルドという「共通の敵」を持つ者同士、共闘の可能性を探るのは不自然なことじゃない。
「そのために1度、レイテッドと話し合いの場を持つように言われていた。ケインとレイルズは、俺の幼なじみだからな。叔父上が直接話すよりも信用を得やすいだろうと」
まあ、ね。
向こうにしてみたら、腹に一物も二物もありそうな宰相閣下より、基本的に嘘偽りを言わないカイヤ殿下の方が、交渉相手としてはいいだろう。
「だが、俺はこの件に積極的になれなかった。話し合いの必要は認めながら、理由を作って先延ばしにしていた」
「どうしてですか?」
レイテッドの人たちが信用できなかったから? ……確かに、当主のレイルズはまだいいとして、それ以外のメンツは信用できないかもね。
が、殿下がためらったのは、そういう理由ではないらしく。
「協力を求めるなら、見返りがいるだろう?」
レイテッドをハウライト派に引き入れるためには、対価がいる。ハウライト殿下が王位に就いた時、レイテッドにも何か利益がなくてはいけない。
「最もわかりやすいのが政略結婚だ」
レイテッドの家系に連なる貴族の中から、次代の王妃を迎えること。
私はなるほどと思ったけど、殿下は割り切れない顔をしていた。
「兄上は愛のない婚姻にまるで抵抗がない。自分個人の幸福というものを、最初から考えていないからな。必要があれば、誰でも妻に迎えるだろう。……だが、俺は。正直、納得できない」
幼い頃から第一王子という立場に振り回され、個人の願いや幸福を後回しにしてきた兄が、この先の人生でもずっとそれを続けていくことが。
「いっそ婚姻の相手くらい、ワガママを言ってほしいと思っている」
殿下がシスコンなのは知っていたけど、実はけっこうブラコンでもあったようだ。
利害ではなく、自分の気持ちで婚姻を結ぶ。
それは王族という立場を鑑みれば、ワガママと呼べないこともないのかもしれない。
だいたい、王位なんて大層なものを得るためには、多少の犠牲を払うことだって必要なんだろうし。
でも、仮にクリア姫が政略結婚なんてさせられることになったら、私は納得できないと思う。
じゃあカイヤ殿下が、ってことになっても、クリア姫が悲しむだろうからやっぱり納得できない。
結論としては、私には殿下を責められない。
五大家のひとつであるレイテッドと共闘できれば、得られる利益ははかりしれないはずである。だから宰相閣下の気持ちもわからなくはないが。
それでも、妹姫との休日に細工する、なんて強硬手段に訴えたことはやはり受け入れがたい。
他にやりようがなかったのか。いや、あるだろう。
「……叔父上を責めないでくれ」
って、殿下に言われちゃったら責められないし。
こんなことなら、埋め合わせの外出なんてお勧めするんじゃなかった。
お膳立てしてくれたのは叔母上様だから、私が後悔したって仕方ないんだけども。
今日の観劇に、最初からクリア姫が同行していなければ。
少なくとも殿下は妹への罪悪感を覚えずにすんだし、クリア姫も懸念や不安の材料が減ったかもしれない。そう考えてしまう。
ガラガラと、馬車は走る。
話を聞く前より、さらに微妙な空気と沈黙を乗せて。




