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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第五章 新米メイド、街に出る
134/410

133 宴への招待1

 ゴトゴトと揺れながら、馬車は城下町を進んでいた。


 王立大劇場を離れて、かれこれ10分ほど。馬車の中はとても微妙な空気に包まれていた。

 カイヤ殿下は何やら考え込んでいるし、クリア姫はそんな兄の横顔を黙って見つめているだけ。

 私は2人を見比べながら、この空気をどうにかできないものかと頭を悩ませている。


 あの後、殿下は自分で言った通り、30分くらいで戻ってきた。

 レイテッドの人たちと何を話したのかについては説明しようとせず、ただ「行こう」とだけ言って馬車に乗り込んだ。


 観劇の後は、中央公園を訪れる予定になっている。

 これも叔母上様のオススメである。バラ園がちょうど見頃なんだって。

 ゆっくりバラを見ながら散策した後は、郊外のレストランでお食事を楽しむはずだった。


 ……しかし、この空気のままでは。

 何か言ってくれないだろうかと思い、私は護衛のジェーンに目をやった。ちなみにもう1人の護衛であるクロサイト様は御者台ぎょしゃだいの方に居る。

「…………」

 ジェーンは無言だった。生きたまま彫像にでもなったかのように動かない。

 まあ、仮に何か話してくれたとしても、空気をなごませる役には立たないかもしれない。

 ここはひとつ私が――。


「……兄様」

 おっと。先にクリア姫が口をひらいた。

「レイルズ殿から、『淑女の宴』に是非来てほしいとお誘いを受けたのですが……。どうすればよいでしょうか」

 ああ、そういえば。ユナを護衛として連れてきてほしいとか頼んでたっけ。


 殿下は物思いから覚めたような目で妹姫を見た。

「気にすることはない。レイルズには断っておく」

 淑女の宴って、「未婚の男女が親睦を深める」のが目的の集まりなんだよね。12歳のクリア姫が行くと言ったら、私も反対するけど。

「……よいのでしょうか」

 クリア姫は気にしている様子。大の男にあれだけ拝まれたら、無下に断るのも悪いと思っているのかも。


「レイルズならだいじょうぶだ。ユナが今度の宴に来なかったとしても、その程度でめげる男ではない」

 仮にめげるようなら、15年も想い続けられないよね。

 そもそもユナに護衛を頼んだのは特例で、普通は近衛騎士の誰かがする役目なんだし。

「そう、ですか……」

 まだ何か言いたそうな顔をしながら、引き下がるクリア姫。

 再び沈黙が落ち、ゴトゴトと馬車が揺れる音だけが響く。


 多分、クリア姫が本当に聞きたいのは、レイルズに頼まれた件などではないはずだ。

 レイテッドの人たちに何を言われたのか。宰相閣下はいったいどういうつもりだったのか。

 今、殿下が何を考えているのか。自分にも話してほしい。

 でも、自分は子供だから、聞いても役に立てないから、聞いてはいけないんじゃないかと思って口をつぐんでいる。


 実際にはいけないことなんてないと思うけど、クリア姫自身が聞こうとしないのだ。メイドの私が、横から口を出すのは差し出がましい。

「殿下」

 差し出がましいのだが、私は言った。

「レイテッドの人たちの話って何だったんですか?」

 クリア姫が驚いたように私を見る。

「…………」

 殿下は黙っていた。

 無視したわけでも、気分を害したわけでもなく、答えを考えている時の沈黙だと私にはわかった。

 やがて重たい口をひらいて言うことには、

「同じだ」

「……何が」

「つまり、今度の宴に招待を受けた」

「え。殿下が淑女の宴に行くってことですか?」

 それって貴族版婚活パーティーみたいなものなんだよね? 殿下は独り身だから、出席する権利はあるわけだけど。レイテッドの人たちがわざわざ誘ってきた理由って?

「おもしろいことが起きそうだから、見物に行こうと言われた」

 なに、その漠然とした理由。


「話すと長いのだが……」

「いいですよ、別に長くたって」

 私の横で、クリア姫も深くうなずいている。だけど殿下はそんな妹姫を見て、かえってためらうように、

「いや、しかし。今日はそのような話をする予定ではなかっただろう。そもそもは先日の埋め合わせのための外出で、今度こそ休日を楽しむために――」


 自分から説明しようとしなかったのは、別にもったいぶっていたわけでも、話せない理由があるわけでもなく、同行する妹姫への気遣いだったらしい。

 あんなことがあった後で、気にせず休日を楽しみましょう――なんて思えるわけがないのだが、殿下は大まじめだ。

 あいかわらず、ズレた人である。


 ため息をつきたくなったけど、やめた。

 この人に悪気はないのだ。そしてこの人には、下手に気を遣うより、はっきり言ってあげた方がいい。


「気になることを放置したままじゃ、かえって休日を楽しめませんよ。ちゃんと説明してください」

「エル……」

 クリア姫が私を呼ぶ。……ちょっとはっきり言いすぎただろうか。

「申し訳ありません、姫様。僭越せんえつな真似を」

「……いや、よいのだ。むしろ私が自分で伺うべきだった」

 クリア姫もやっぱり我慢しきれなかったみたいで、決意を固めたように兄の顔を見る。

「兄様、お願いします。私にもお話を聞かせてください」

 妹姫の強いまなざしを受けて、殿下は迷いながらも「……わかった」とうなずいた。


「彼らが言うには、『淑女の宴』でも事件が起きる可能性が高い。そしてその事件は、『魔女の宴』で起きた事件に対する報復だと」

『…………』

 私とクリア姫は顔を見合わせた。

「えーっと、『淑女の宴』でも事件が起きる……?」

「それが『魔女の宴』で起きた事件に対する報復ということは、つまりあの事件を起こしたのが誰かわかったということですか?」

 さすがクリア姫。理解のスピードが早い。


「そうだ」

「いったい誰が……」

 前に私が同じことを尋ねた時、殿下は明言を避けていた。

 だが、今日は違った。


「エマ・クォーツだ」


 私とクリア姫は、同時に息を飲む。

 正確にいえば私の方は、それって誰だっけ、と一瞬考えてから、国王陛下の側室の1人であることを思い出した。

 王様の遠い親戚。クォーツの分家の出まれ。「魔女の宴」でアクア・リマに嫌味を言っていたあの人。


「エマ殿が近衛騎士のヒルデ・ギベオンに命じて、アクア殿の命を狙わせたのですか?」

「そのようだ。エマ・クォーツのメイドが、宴でヒルデを手引きしたこともわかっている」

「なぜ、エマ殿がそのようなことを……」


 いや、普通にアクア・リマと仲悪そうだったし、それが動機なんじゃないの?

 私はそう思ったが、実際はそんな単純な話ではないらしい。


 アクア・リマの養父は、騎士団長ラズワルド。そしてクォーツの分家とラズワルドは仲が悪い。

 王家の親戚である分家からすれば、所詮は臣下に過ぎないラズワルドが大きな顔をしているのはおもしろくない。

 しかし先々代の改革で弱体化してしまった分家には、五大家のひとつに対抗するだけの力がなく、これまではおとなしくしているしかなかった。

 そんな彼らが行動を起こすきっかけとなったのが、


「先日、ルチルが起こした事件だ」


 取り巻きの少年を虐待し、返り討ちにあってケガをした事件。

 あの一件は、姉のフローラ姫を次期国王に、と目論むラズワルドにとって、大きな痛手、醜聞となった。

 エマ・クォーツを始めとしたクォーツの分家筋は、敵の失態を好機と見て、行動を起こしたのだ。


「無論、それ以前から準備は進めていたのだろうがな。ルチルの事件は、ひとつのきっかけに過ぎないはずだ」


 クォーツの分家はラズワルドだけでなく、本家の血を引くハウライト殿下やカイヤ殿下、そして宰相閣下にとっても味方ではない。

 王国一の情報網を持つ宰相閣下は、以前から分家筋に間者を送り込み、内偵に努めてきた。

 その間者からもたらされた情報によれば、


「エマ・クォーツは自分の甥とフローラの婚姻を目論んでいるらしい」


 政略結婚によって権力を取り戻し、2人の間に生まれた子供を、次の王位につけるために。

 その際、邪魔になりそうな母親のアクアについてはあらかじめ始末しておき、


「あわよくば、その罪をラズワルドに着せようと考えていたようだな」


 ラズワルドが邪魔になったアクアを始末しようとした説が流れていたのも、何のことはない、分家が故意に流したのだ。


「……本当なんですか? それ」


 王家の親戚と、五大家のひとつが争っている。

 事実だとしたら、けっこう大事おおごとだ。国政の一大事いちだいじって気がする。

 そのわりに、殿下は軽くうなずいた。


「おそらくはな。叔父上の調べた情報と、先程レイテッドから聞かされた話が一致している」

 殿下は少し考えて、こう付け足した。

「仮に事実の全てではなかったとしても、一面ではあるはずだ」


 含みのある言い方である。

 そういや、黒幕の黒幕が居るかもしれない、とか前に言ってたな。

 黒幕がエマ・クォーツだとすると、さらに黒幕は誰なんだろう。

 怪しいのはやっぱり宰相閣下なんだけども。あるいは、レイテッドということもありえるかもしれない。


「それが事実だとすると、なぜラズワルドは、エマ・クォーツを逮捕しないのでしょうか?」

 疑問を差し挟んだのはジェーンだった。

「王宮内の捜査権は騎士団にあります。たとえエマ・クォーツが身分を盾にしたとしても、ヒルデを手引きしたメイドを捕らえて締め上げてしまえばよいのでは」

 あいかわらず、過激な意見を言う人である。

 私も、ヒルデを手引きした嫌疑をかけられていた。だから他人事とはいえ、エマのメイドが気の毒な気がした。


「ラズワルドは――」

 殿下は何かを思い出すような顔になった。

「あの男は、敵に慈悲をかけるタイプではない」

 いつもの淡々とした話しぶりが、いつもとはどこか違って聞こえた。

 何だろう。すごく実感がこもっているって言えばいいかな。

 殿下も子供の頃は苦労したみたいだし。その頃からラズワルドは敵だったはずだし。

「慈悲をかけるタイプじゃない」って断言するくらい、ひどい目にあわされたりしたんだろうか……。


「付け加えると、あの男はプライドが高い」

 殿下の語り口はあくまで静かだった。

「魔女の宴という、国政にとって重要な意味を持つ場所で、自分の養女であるアクアが狙われ、宴を台なしにされた。あの男にしてみれば、おおやけの場で名誉を傷つけられたということになる。おそらくは、自分の命を狙われるよりも許しがたかったことだろうな」

 しかも犯人は弱体化したクォーツの分家筋。ある意味、格下に見ていた相手だ。

 舐めたマネしやがって、と騎士団長が思ったかどうかはわからないけど、怒り心頭なのは間違いなく。


「だからこそ、法に則り相手を裁くような、真っ当な手段は用いないはずだ。いずれ然るべき場で報復に出るつもりなのだと思う」


 私はぞっとした。

 法で裁くんじゃない。復讐する。しかも、騎士団長なんて地位も権力もある人が。

 率直に言って怖かった。いったい、どんな手段を使う気なんだろう?


 私だけではなく、クリア姫も青ざめているのを見て、

「……やはり、こんな話はやめた方が……」

と殿下はためらう様子を見せた。


 そんな今更、と思いつつ、確かに子供に聞かせるような話じゃなかったかも、と私も迷った。

 何もかも正直にぶっちゃけるんじゃなくて、問題のある部分はうまくごまかして話す――なんて器用なこと、殿下には無理だろうし。


 しかしクリア姫は青ざめながらもきっぱりと言った。

「問題ありません。どうか続きをお聞かせください」

 その声は、聞いていた私の背筋がのびるほど気高く、力強く、小さくても王族なんだとあらためて実感した。

 殿下も妹姫の決意には心を打たれたみたいで、声に迷いを残しつつも続きを話し始めた。

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