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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第五章 新米メイド、街に出る
133/410

132 レイテッド家の人々2

「なっ……」

 驚きの声をもらしたのは、私。

 だって、今日の外出は、叔母上様が殿下と姫様のためにお膳立てしてくれたんじゃないの? 宰相閣下が、なんでそんなことを。


「叔父上が、なぜ……」

 殿下の顔にも動揺の色が浮かんでいるのを見て、ケインは満足そうににっこりした。

「それは君が、僕たちの誘いから逃げてばかりいるせいじゃない? 共通の敵を持つ者同士、力を合わせようって前から提案してるのにさ」


 共通の敵って誰。……騎士団長ラズワルドのことか。

 フローラ派の筆頭貴族。ハウライト殿下や宰相閣下の敵。そしてレイテッドにとっても、王国が始まった頃から続く因縁の相手だ。


「別に、逃げてなどいない。レイテッドと手を組むことができれば、こちらとしてもありがたい」

 そう答えつつ、殿下はなぜか気まずそうに視線をそらした。

「本当? だったら話は早いね。せっかくこうして顔を合わせたんだ、今後のことを相談しようよ」

「あいにく、今日は無理だ。ここに来たのは個人的な用件のためで――」

 殿下の目が、ちらりと妹姫を見る。


「心配しなくても、お時間はとらせなくてよ」

 レイシャが言った。色っぽい唇を笑みの形に歪めて、

「色々と、興味深いお話があるのよ。あの男のこと、魔女の宴のこと、……それに、この劇団のこともね」

 ぴくりと殿下の頬が震える。

「最後のはどういう意味だ」

 ケインがくすくす笑う。

「やっぱり教えられてないんだね。この劇団もまた、あの宴で起きた事件と関係があるってこと」

 私はハッとした。

 それって、まさか。カルサの言ってた話? この劇団が「魔女の媚薬」の密売に関与しているかもしれないっていう……。


 でも、だとしたら。

 叔母上様は、あるいは宰相閣下は、いったいどういうつもりで今日の観劇を殿下に勧めたのか。

 いつも忙しい殿下に、妹姫との時間を持たせてあげようとしたんじゃなかったの?

「…………」

 殿下も同じ疑問を抱いているのだろう。宙を見上げて考え込んでいる、その横顔が強張っている。


「まずはお茶でも飲みながら、ゆっくりお話しましょうよ」

 レイシャが細く長い指を殿下の腕に絡ませる。

「そうだね。ここでは何だし、うちの馬車に行こうか」

 目の前で別の男性にしなだれかかる妻を見ても、ケインは顔色ひとつ変えなかった。

「彼女も言った通り、時間はとらせないよ。君と妹姫の逢瀬おうせを邪魔するつもりなんてない」

「…………」

 殿下は鋭くケインの顔を見すえた。疑っているのか、本心を見透かそうとしているのか。


 そんなやり取りを心配そうに見守っているクリア姫のもとに、ブーツのかかとを鳴らして近寄ってきたのは、

「ちょっといいか、クリア」

 レイルズだった。

「来てくれ。話がしたい」

 やおらクリア姫の手をとり、開いたままになっているドアの方に引っ張っていく。


 え、ちょっと。止めなくていいの!?


 しかし殿下はレイテッド夫妻の相手をしているし、護衛2人はこちらの様子には気づいているようなのに、なぜか動こうとしない。

 ジェーンはともかくクロサイト様の方は、別に止める必要はないと判断したのかもしれないけど。

 いや、でも。

 いくら名家のご当主様でも、私にとっては初対面の人だし。


 やっぱり、2人きりになんてできない。そう思って、後を追う。

 途中で、なぜか床に丸まって寝ていたミケを蹴飛ばしそうになったりしたせいで遅れをとってしまい、貴賓席のドアを出た時には2人の姿を見失っていた。

 赤い絨毯じゅうたんの敷かれた立派な廊下がのびている。

 人の姿はない。ただ、廊下の角を曲がった先から、話し声が聞こえる。


「姫様――」

 自分も急ぎ、廊下の角を曲がった私は、そこで繰り広げられている光景を見て脱力した。

「頼む、この通りだ! 一生恩に着る!」

 レイルズは大人の威厳も、当主の誇りもどこへやら、両手を合わせてクリア姫を拝んでいた。

「クリアには俺が招待状を出す。是非、出席してくれ。一生の頼みだ!」

 何をそんなに必死で頼んでいるのかは、しばらく会話を聞いているとわかった。


 クォーツ家の親戚筋が、「魔女の宴」に対抗してひらく「淑女の宴」。それに、クリア姫にも出てほしいんだって。

 正確には、「護衛としてユナを連れてきてほしい」とのこと。

 どうやら、お城の夜会でユナがクリア姫の護衛を務めたという話を、人づてに聞いたらしい。


「あの時は特例で……、護衛の騎士が急に来られなくなったから……」

 クリア姫は一生懸命、説明しようとしているが、レイルズは聞いちゃいない。

「理由など何でもいい。とにかくユナを宴に連れてきてくれさえすれば……!」


「クリア、どこに居る?」

と、そこに妹の不在に気づいたらしい殿下が、クリア姫を探しにやってきた。

「レイルズ、妹に何か用か?」

「よくぞ聞いてくれた!」

 レイルズはものすごい早口で事情を説明した。

「ユナが淑女の宴に来てくれればきっかけができる! 積年の思いを成就するチャンスだ! 邪魔をするなよ、カイヤ。……しないでください、お願い」

 年下の幼なじみ、カイヤ殿下の顔も拝んでいる。


「別に、ユナ自身がそれを望むというなら、邪魔する気など毛頭ない」

 殿下は迷いなく言った。……正直ちょっと意外な気もする答えだった。

「今更あきらめろ、とも言わんが。15年言い寄ってもだめだったのだろう。正攻法では難しいのではないか」

「15年……」

 つい口に出してしまう私。

 レイテッドのご当主様がユナに片思いしてるって話は聞いていたけど、ユナの方にその気はないんだよね。

 にも関わらず、それだけの期間、想い続けられるものなんだろうか。普通、途中で気持ちが折れない?


「なら、どうすればいい」

とレイルズに尋ねられて、殿下は律儀に答えを考えている。

「……そうだな。何か、相談でもしてみてはどうだろうか」

 ユナは面倒見がいいタチなので、幼なじみが困っていれば放ってはおかないはず。それをきっかけにして、距離を近づけるのはどうだと提案する。

「相談、相談……」

 レイルズは真剣そのものの顔で考え込んでいる。


「確かに、守られるより守る方のタイプかも……」

 私のつぶやきが耳に入ったらしい。レイルズは天啓が閃いたかのように顔を輝かせた。

「そうか、暗殺者に俺の命を狙わせれば、ユナは守ってくれる!」

「問題がある」

と指摘するカイヤ殿下。

「無論、狂言ではなく、本物を雇う!」

「さらに問題だ。それではユナの身にも危険が……」

 まさか本気で言ってるんじゃないよね、この人。仮に本気なのだとしたら、「馬鹿」を2回繰り返したユナは正しいと思う。


 その時、ふいにレイルズが「ぎゃっ」と悲鳴を上げた。

「寝言はそのくらいになさいな」

 音も気配もなく近づいてきたレイシャが、レイルズの片耳を背後からつかんで引っ張っていた。

「ごめんなさいね。この子の言うことには構わなくていいから」

 ぐいぐい。かなり容赦なく引っ張っている。


 レイシャの横には、ケインの姿もあった。何がそんなにおもしろいのか、にこにこと笑っている。

「話は終わった? なら、行こうか」

 行くって、どこへ。

 私とクリア姫は、同時にカイヤ殿下を見た。

「悪いが、彼らと少し話をすることになった。先に馬車へ戻っていてくれ」

「兄様……」

「長くは待たせない。ほんの30分ほどだ」

「…………」

 クリア姫がじっと兄殿下を見る。とても不安そうな、思いつめたような目をして。


 その姿から私が思い出したのは、ルチル姫の行方不明事件があった時のこと。

 あの時、勇気を出して宰相閣下に頼んだように、「自分も話を聞かせてほしい」って言い出すんじゃないかと思ったんだけど。

 結局、クリア姫は「わかりました」と素直にうなずいた。

「すまない」

と詫びる兄殿下。その横顔には、妹に悪いことをしてしまったという感情がくっきりと滲んでいて。

 本当に、もう。

 楽しい外出のはずが、なんでこんなことになってるの??

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