131 レイテッド家の人々1
私たちは全員、音のした方を振り向いた。
貴賓席の出入り口。派手な意匠を凝らした扉がいつのまにか開いていて、そこに1人の青年が立っている。
ブラウンの髪とブラウンの瞳。中肉中背で、年齢は20代半ばから後半くらい。
穏やかで優しそうな、言い替えれば少し気弱そうな風貌。
その手に、キレイな鈴を持っている。
「ミケ、おいで」
もう1度、鈴を振りながら、メイドさんに笑いかける。
「ケインさまー」
ミケと呼ばれた彼女は、嬉しそうに飛んでいった。
ゴロゴロと喉を鳴らしつつ、小柄な体を青年にすり寄せている。
「ごめん、うちの子が迷惑かけて」
その頭を優しくなでてやりながら、ほほえむ青年。一見、人畜無害そうな感じだけど――。
「どういうことだ、ケイン。あの事件を仕組んだのはおまえなのか?」
殿下はあからさまに疑っている顔で、ストレートに問いかける。
どこの誰だか知らないが、この青年が、あの事件の黒幕??
「……そんなに見つめないで」
青年は恥ずかしそうに視線をそらした。「あいかわらずキレイだね、君。その瞳。……まるで宝石みたいだ」
「げほっ」
背後にバラの花が咲き乱れそうなセリフに、聞いていた私は思わずせき込んでしまった。
「ごまかすな」
殿下は1ミリも動じていない。青年は苦笑して、「違うよ。僕が黒幕ってわけじゃない」
「……ならばなぜ、宴で事件が起きることを知っていた」
「別に、僕だけが知ってたわけじゃないでしょ」
青年は軽く肩をすくめて見せる。
「逆に聞くけど、君は本当に知らなかったの? 例によって過保護な叔父上と兄上に、肝心なことは何も教えてもらっていないのかな?」
「…………」
殿下は憮然とした表情になった。
「そんな顔しないで、笑ってくれない? 僕は君の父上じゃないから、蔑みの視線に萌えたりはしないんだ」
「親父殿の話はやめろ」
と殿下。
「もう1度言う。ごまかすな。こちらの質問に答えろ」
「もちろん、君が望むならいくらでもそうするつもりだけど」
青年は開いたままになっている扉の方に目をやって、「続きはみんなで話した方がいいんじゃないかな。2人とも、入って」
手にした鈴を振る。
チリンチリンと涼しげな音色が辺りに響き――。
その残響が消える頃、貴賓席の扉が音を立てて閉じた。
開いたのではない。閉じたのだ。
「…………?」
何が起きたのかと、疑問に思う間もなく。
バタンと大きな音を立てて、再び扉がひらく。そこに立っていたのは――。
「皆さま、お待たせしましたわね」
ゴージャスな金髪とゴージャスなドレス、孔雀の羽飾りがついた扇を持った美女と。
「こちらも待ちくたびれたぞ」
同じく金髪で孔雀のように派手な格好をした、背の高い美青年。
「……みんなレイテッド家の人なのだ」
唖然とする私に、クリア姫が教えてくれた。
女性の方は、魔女の宴で会ったレイリア・レイテッドの双子の妹レイシャ。
男性の方はその弟で、レイテッド家の現当主レイルズ。
「あー、なるほど……」
あのレイリアの血縁者か。言われてみれば、外見、雰囲気、堂々とした立ち姿までよく似ている。
わざわざ遅れて入ってきた理由は……。多分、注目を浴びるためなんだろうな。うん。
姉のレイシャは、年頃は30代半ば、妖艶な雰囲気のただよう美女だった。
同じグラマラスボディでも、筋肉質なレイリアに対し、ふくよかで女性的な感じ。
胸元を強調した艶やかな紫色のドレス。かなり濃いめのメイクを施した美貌に、蠱惑的な微笑を浮かべている。
外見は確かに似ているが、受ける印象はけっこう違うかも。つい「毒婦」という言葉が頭をよぎり、差別語だよなと私は反省した。
弟のレイルズは、殿下より少し年上だろう。
派手なサングラスをかけているせいで瞳は見えなかったけど、細面の端正な顔は、おそらく並以上の美形だと思う。
派手な柄物のジャケットとスカーフを重ね、シルバーのアクセサリーを全身いたる所に身につけている。
体にぴったりした黒革のズボンと、膝上まで覆うロングブーツ。
長い金髪を首の後ろでひとつにまとめ、大きな宝石のついた派手な髪留めをしている。
要するに上から下まで派手なんだけど、それが変には見えない。むしろハマっている。
まるで役者みたいな存在感があって、さっきの劇に出ていた花形俳優もかすんでしまうほどだ。
「えと、あの男性は?」
残るもう1人。レイテッド姉弟に比べるとだいぶ地味な、鈴を鳴らして現れた男性は誰なのか。
「ケイン殿だ。兄様の友人、幼なじみなのだ」
「レイテッドの人なんですか?」
それにしては全然似てないけど。
「いや、あの方は……。レイシャ殿の夫だ」
なぜか微妙に口ごもりながら、教えてくれるクリア姫。
「ご夫婦だったんですか……」
けっこう年が離れてるよね。10歳差くらい?
まあ、その程度の年の差カップルは珍しくもないか、と思って本人を見ると、向こうもこちらの会話には気づいていたようで、目が合った。
「どうも、はじめまして。レイシャの5人目の夫です」
にっこり笑ってあいさつされる。
「5人目? 6人目ではなかったか?」
真顔で首をひねるカイヤ殿下。
「入籍したのは5人目のはずだよ。その前の男は、挙式直前に変死したそうだから」
「嫌だわあなた、そんな話、恥ずかしい」
もじもじと頬を赤らめるレイシャに、「何も恥ずかしくなんかないよ。素敵じゃないか」と意味不明な反応をするその夫。
……さっきクリア姫が口ごもった理由がわかった。
見た目の印象なんて普通はアテにならないものだが、例外もあるのかもしれない。
「3人とも、何の用だ?」
殿下がレイテッド家の人々を順に見る。
そう、それだ。派手な登場シーンにすっかり気をとられていたが、そもそも彼らは、何のために現れたのか?
「愚問だな」
ふっとかっこつけて答えたのはレイルズだった。「いったい、ここをどこだと思っている?」
「王立大劇場だな」
「そう! つまり俺たちは観劇に来たのだ」
すちゃっとサングラスを外してウインクを決める。……かっこつけて言う必要はどこにもない答えだった気がするけど、現れた顔は、予想以上にイケメンだった。
金色の瞳も、どこか悪戯っぽい表情も魅惑的だし、背は高いし足は長いし、ついでに美声だし、そんなにいらないだろってくらい魅力にあふれている。
「つまり、ここで会ったのは偶然だと?」
「そんなわけがないだろう。無論、おまえに会うことも目的のひとつだ」
小馬鹿にしたように口元を歪めるレイルズ。
「何のために?」
と冷静に問い返す殿下。
「あいにく、答えられんな」
「なぜ、答えられない」
「出がけに姉上とケインに説明されたが、かなり面倒な話だったのでな。理解することはもちろん、覚えることもできなかった」
「……そうか。残念だな」
確かに残念だと思う。殿下もちょっとそういうところあるかもしれないけど、「無駄な美形」を絵に描いたようなレイルズ・レイテッドほどではあるまい。
「レイルズはこう言っているが、目的は何だ?」
殿下はケインとレイシャ夫婦に目を向けた。待っていたように、2人がにっこりする。
「招待状をもらったのよ」
「君の叔父上からね。今日、君がここに来るはずだっていう情報と、観劇のチケットと一緒に」




