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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第五章 新米メイド、街に出る
131/410

130 鈴の音

 その後はせっかくの劇にもイマイチ集中できなかった。

 少しでも気を抜くと、目の前に怪しい黒衣の女性の姿が浮かんでくるのだ。

 おかげで、手に汗握る巨人との戦いにも、魔女と戦士の永遠の別れにも感動することができず。

 幕が下り、カーテンコールが鳴り響く中、1人だけ置いてけぼりをくったような気分でぼんやりしていた。

「すごいな、エル。すばらしかったな」

 興奮で頬を紅潮させているクリア姫に相槌を求められても、「はあ……」と上の空な返事をしてしまう。


 気もそぞろな私を、カイヤ殿下も変に思ったらしい。

「……疲れたのか? どこかで休んでいくか?」

 クロサイト様やジェーンも私に注目している。


 って、ぼけっとしてる場合じゃない。今はお仕事中だ。

「いえ、だいじょうぶです」

 ぺちぺち。両手で頬を叩く。しゃんとしろ、と自分に気合いを入れる。

「ちょっと寝ぼけてただけです。別に何でもありませんから」

 べしべし。さらに力を入れて自分の顔を叩く。ついでに両頬をつまんでぎゅうっと引っ張ってみる。

「本当に、だいじょうぶなのか……?」

 そんな心配しなくても平気だってば。


「……あ、そうだ。余ったお菓子、持って帰ってもよろしいでしょうか?」

 観劇前にお茶と一緒に出された、クッキーとかスコーンとか。かなり上等なお菓子で味もよかったし、このまま置いて帰るのはもったいない。

「構わないだろう」

と殿下が言うので、いそいそとハンカチに包む。

 そんな私を見て、「よかった、いつものエルだな」とクリア姫も安心してくれたようだった。……いつもの私、とはいったい何だろうか。


 などと思いながら、お菓子を包んでいた時だった。

 にゅっとテーブルの上にのびてきた手が、私のハンカチの中からクッキーをかすめとろうとした。

「1枚、ちょうだい」

 幼い子供の声。しかし、この声はクリア姫ではない――。


 何気なくそちらを向いた私は、恐怖で硬直した。

 そこには見知らぬ誰かの目があった。感情の読みにくい黒目がちの瞳が、縦にひらいた瞳孔が、わずか数㎝の距離から私を見つめている……。


 唐突なホラー展開に、全身が総毛立つ。

「……っ!」

 叫び声を上げるより早く。

曲者くせものっ!!」

 一瞬で近づいてきたジェーンが武器を抜いた。

 突風が、私の体をかすめて吹き抜けていく。ゴッ、と鈍い音を立てて、刃が床にめり込む。

 すさまじい威力を帯びた一撃だった。 

 しかし、ほんの一瞬前までそこに居たはずの人影は、気がついた時には数メートル後方まで飛び下がっていた。


 私はあっけにとられた。

「メイドさん?」

 白いメイド帽、ひらひらフリルのついたエプロン、ミニスカートにしましまのニーハイソックス、そして小柄で敏捷そうな体。

 黒目がちの瞳の正体は、黒髪をショートカットにしたメイドさんだった。

 ……いや、正確にはメイドのコスプレをした少女、と呼ぶべきか。

 フィクションの世界ならいざ知らず、ミニスカとニーハイのメイドなんて普通は居ない。


「ケガはありませんか」

 私の様子を横目で確認しつつ、怪しいメイドさんに向かって剣を構えるジェーン。

 いや、ケガはないけど……。

「許可なく武器を抜くなと言ったはずだ」

 クロサイト様が冷静に突っ込む。うん。正直、そっちの方がびっくりした。

 しかしジェーンは鋭いまなざしをメイドさんに向けたまま、

「この曲者、ただのメイドではありません。先日、宰相閣下のお屋敷に現れ、物陰から矢を射かけてきた者です」

「何だと?」

 そのセリフには、カイヤ殿下も黙っていられなかったらしい。


 物陰から矢を射かけた……って。

 あれか。お城で「魔女の宴」があった日のことか。

 カイヤ殿下と護衛のジェーンが叔母上様を迎えに行って。夜会に向かおうとした時、何者かに矢で狙われて。

 ジェーンが叔母上様を突き飛ばし、叔母上様が腰を痛めてしまった。


「だが、曲者の顔は見なかったのだろう? そう報告を受けているが……」


 殿下の言うように犯人は捕まらなかったので、その目的も正体もわかっていなかったはずだ。

 しかしジェーンは、わずかな迷いも見せずに断言した。

「気配でわかります」

「………。そうか」

 殿下は何か言いたげな沈黙を挟んで、怪しいメイドさんの方へと視線を移動させた。

「部下はこう言っているが、本当か? ミケ」

 ミケ? って猫みたいな名前……。


 じゃなくて、え? ……知り合い?

 ミケと呼ばれたメイドは答えなかった。ちらっと殿下の方を見ただけで、知らん顔をして手の甲を舐めている。

 仕草まで猫みたいだ。この人、いったい何者?


「エル・ジェイド。その包みを取ってくれ」

「え?」

「菓子の包みだ」

 殿下はそう言って片手を差し出してくる。

 こんな時にお菓子? と困惑しながら包みを手渡すと、殿下はクッキーを1枚取り出し、メイドさんの鼻先にちらつかせた。

「これをやる。質問に答えろ、ミケ」


 んな、小さな子供じゃあるまいし、と思ったら、ミケと呼ばれたメイドは「わーい、クッキーだー」と嬉しそうにぱくついた。

 もぐもぐ咀嚼そしゃくしながら、

「そうだよ。そこのノロマと追いかけっこして遊んだ」

 指差されたジェーンは、当然のように剣を振りかぶる。

「いいかげんにしろ。殿下のお話の邪魔だ」

 殺気立つ彼女を、クロサイト様が止める。

「申し訳ありません、隊長」

と口では謝りながら、ジェーンの視線はメイドさんから離れない。剣の切っ先も、相手の方を向いたまま。


 騒がしい外野をよそに、殿下は怪しいメイドさんとの会話を続けている。

「なぜ、叔父上の屋敷に矢を射るような真似をした?」

「クッキーもう1まーい」

 殿下が手渡そうとすると、メイドさんは直接その手に食いついた。およそ上品とは言えない仕草に、不思議と愛嬌がある。

 満足そうに咀嚼してから、

「矢じゃないよ。矢文やぶみだもん」

「……矢文?」

「カイヤに教えてあげようと思っただけだよ。ウタゲで悪いことが起きるから行かない方がいいよ、って」

 第二王子殿下のことを呼び捨てた。呼ばれた方は別に気にもせず、「ふみなど見当たらなかったが……」

「うん。つけ忘れちゃったの」

 って、阿呆かい。


「文がついていない矢文は、ただの矢だな」

 殿下はあきれたように嘆息して、「つまり、叔母上を狙ったわけではなかったということか?」

「狙わないよお。ちゃんと人に当たらないようにした」

「……そうか」

 一応は納得したようにつぶやきつつ、殿下は微妙な表情を浮かべている。

 いくら「狙ってない」って言われても、身内がケガをしているのだ。内心は複雑だろうね。


 メイドさんの方は悪びれることもなくマイペースで、

「それでね。もう1回、射ようとしたら、そこのノロマに邪魔された」

 再びジェーンを指差す。暴れ出しそうなジェーンを取り押さえるクロサイト様。

 殿下は餌付けするように3枚目のクッキーを取り出し、

「宴で悪いことが起きると、なぜ知っていた。おまえの飼い主に聞いたか?」

 そこは雇い主と言うべきじゃないのかな。

 メイドさんは気分を害した様子もなく、三度みたびクッキーに食いつこうとしてひょいとかわされている。

「質問に答えろ、ミケ」

「うん、そうだよ。ケイン様に――」

 その時、貴賓席に響いた鈴の音が、2人のやり取りを断ち切った。

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