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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第五章 新米メイド、街に出る
130/410

129 ひとつ目の巨人と魔女

 気を取り直して、観劇である。

 千人以上の観客が収容できるという王立大劇場は、外から見た以上に広く、内装も立派だった。

 多分、音響とか見やすさとか、色々計算されてるんだろう。客席は階段状になっていて、最も低い場所に舞台が設置されている。


 窓はなく、薄ぼんやりしたオレンジ色の明かりが、等間隔に壁に灯されていた。

 ざわざわと、集まった観客たちのざわめきがさざ波のように満ちて。

 何だか不思議な感じがした。


 今は閉じている、あの重そうな舞台の幕が上がれば、劇が始まる。

 日常と非日常、夢と現実の狭間はざまに今、自分は居るのだ。

 私は知らず両手を握りしめ、食い入るように舞台の方を見つめた。


 ちなみに私たちが案内されたのは、一般客は立ち入れない貴賓きひん席。普通の建物の2階くらいの高さに、バルコニー状に張り出した特等席だ。

 こういうの、本の挿し絵とかで見たことはあるけど、まさか自分が足を踏み入れる日が来るとは思わなかった。

 ふかふかの座席が人数分、さらには立派なテーブルにお茶とお菓子まで用意されている。


 メイドの私は本来、ご主人様の後ろに控えて、給仕とかを行うのが役目だ。

 でも、カップが空になるたびにお茶をつぎ足したり、ほしいお菓子を取ってあげたり。そういうことを、クリア姫は求めない。

 カイヤ殿下もそう。いちいち人に頼んだりしない。

 せいぜい最初にお茶をついであげるくらいで、私の仕事はおしまい。あとはクリア姫と並んで、劇を見ることになった。


「後でエルの感想も聞かせてくれ。このお話にも魔女が出てくるし、色々興味深い点が多いと思うのだ」

 クリア姫は鳶色の瞳を知的に輝かせている。


 本日の舞台の演目は、「ひとつ目の巨人と魔女」。

「2人の魔女のおはなし」と同じく、王国に古くから伝わるおとぎ話である。

 魔女に関する書物をコレクションしているくらい、魔女という存在に対して興味・関心が強いクリア姫は、今日の舞台をそれは楽しみにしていた。

 以下は物語のあらすじ。


 むかし、むかし。

 南の国に悪い魔女が居て、人々を苦しめた。

 病気をばらまいたり、王様や大臣たちをだまして、政治を混乱させたり。

 やりたい放題の悪い魔女は、やがて南の国の軍勢を率いて、豊かな北の国を攻めようとする。


 北の国の魔女は人々を守るため、魔法で南の国との間に高い崖を作る。

 それを見た悪い魔女は、魔法で崖より巨大なひとつ目の怪物を作り出す。

 山と見まがうような恐ろしい怪物の姿に、北の国の人々はこの世の終わりと嘆く。


 1人の男が巨人に立ち向かう。

 竜を駆り、大空をかける国1番の戦士で、激しい戦いの中、北の国の魔女と恋に落ちる。

 魔女の加護を受けた男は、死闘の末、巨人を討ち果たす。

 しかし、巨人の血は猛毒だった。全身に返り血を浴びた男は苦しみ、死にかける。

 愛する男を救うため、魔女は決意する。自らの魔女としての力を手放し、男に「不死身の力」を与えることを。


 魔女の献身によって命を救われた男は、「巨人殺しの英雄」として人々に称えられる。

 一方、力を失い、ただの人間になってしまった魔女は、間もなくこの世を去る。

 遺された男は嘆き悲しむが、不死身の力のせいで後を追うこともできず、1人何処いずこかへと去っていく……。


「2人の魔女のおはなし」とは全然違うようでいて、似ている部分もあるような気がする。

 魔女が2人出てくるところ。最後、魔女としての力を失うところ。あとは悲恋で終わるところとか。

 魔女のお話にはそういうのが多い。基本的にバッドエンドで、めでたしめでたしにはならないのだ。


 あと、勘のいい人はお気づきかもしれないが。

 このお話は、長きに渡る王国と南の国との争いをモチーフにしている、とされている。

 悪い魔女が政治を混乱させるのは、暗君が多い皮肉なんじゃないかとか。病気をばらまくのは、南の国に古くからある風土病のことを指しているんじゃないかとか。


 巨大なひとつ目の怪物なんていうのは、さすがにフィクションだろうけど。

 ただ、お話の中で北の国の魔女が作ったとされる崖は、国境付近に実在している。

「魔女の断崖」と呼ばれるその場所は、自然の造形物にしては少々不自然で、まさに王国を守る城塞のような形をしているのだという。


「そろそろ始まるのだ」

 クリア姫が、私のメイド服の袖を引いた。

 舞台の幕はいまだ開いていない。しかし、耳をすませば、どこからか聞こえてくる。まるで内緒話をしているような、ひそやかな音楽が。


 客席のざわめきが徐々に鎮まっていく。

 やがて舞台袖から登場したのは、1人の男。閉じたままの幕の前を横切り、歩いていく。

 大柄でふくよかな体にゆったりした衣装をまとい、飾り布や装飾品をたくさんつけている。肩より長いブロンドの巻き毛もボリュームたっぷりだ。全体で見ると、一般的な成人男性の倍くらい大きい。


 テシウスだ、とすぐにわかった。どうやらゴミ箱から復活したらしい。


「悲しきかな――」


 その唇からこぼれ落ちるつぶやき。


「悲しきかな、悲しきかな、悲しきかな。誓いは露と消え、言葉は力を失い、時は彼方へ去りゆく。――愛よ、どうか忘れるな。おまえの名を紡ぐ者がこの世に居たことを。たとえ天地が交わり、全てが灰燼かいじんに帰す日が来ようとも――」


 セリフの途中から抑揚がついて、歌が始まっていた。

 朗々としたバリトンボイスに、前のめりになっていた私の背がのびる。

 何だ、この声。

 かなりの距離を隔てているのに、まるですぐそばで歌っているみたい。


 よくよく聞いてみれば、無駄に仰々しいだけのチープな歌詞なのに、胸を打つ名ゼリフのように聞こえてしまう。

 胸が震える。目頭が熱くなる。

 これがあのストーカーの歌声とか、反則だ。


「良い声だろう?」

 カイヤ殿下がつぶやく。私に向かって言ったのかもしれないけど、返事ができなかった。

「砦に居た頃、まだ流しの詩人だったテシウスが慰問に訪れてな。初めて聞いた時には背筋が震えた。敵国の兵士すら聞き惚れていたほどだ」

 クロサイト様が口をひらいた。

「恐れながら、あれは戦場で突然歌い出した男に面食らっただけでは」

 ジェーンもうなずいて、

「隊長が止めなければ、敵の標的になって矢の雨を浴びていたでしょうね」

 そういうエピソード、今はいらないです。普通に感動させてください。


 まあ、ともかく。

 慰問活動の功績と、たぐいまれな美声を認められて、テシウスは戦後、宮廷楽士として城に上がり、……救国の英雄にストーカー行為をして、城から追い出された、という成り行きだったらしい。


「この劇団に拾われていたとは知らなかった。今日は思わぬ収穫だったな」

 ストーカーの被害者がなぜか嬉しそうにしている。

「はい、兄様。すばらしい歌だと思います」

 クリア姫も複雑な表情を浮かべつつ、歌声については素直に感動したみたい。


 それは客席の人々も同じで、彼が歌い終えると同時に、地鳴りのような拍手が巻き起こった。

 舞台の幕が上がっていく。

 どこかの森の中で、悪い魔女が悪事を巡らす場面だった。

 さすが、舞台セットも凝っている。本物の森――とまではいかないまでも、いかにも作り物じみた安っぽさはない。


 テシウスの役柄は、主人公の1人である戦士の従者で、おとぎ話には登場しないオリジナルのキャラだ。

 彼は物語の語り部でもあり、悪い魔女とひとつ目の巨人vs北の国の魔女と戦士の戦いをわかりやすく観客に伝えていく。


 舞台のレベルは高く、役者の演技も、演出も、音楽も、全てがすばらしかった。

 私はすっかり夢中になって、物語の世界に没入した。


 ――ふと気がつくと、目の前に黒衣の女性が立っていた。


 裾の長いローブのような服を着て、深くフードをかぶって顔を隠している。

 見えるのは口元だけ。真っ赤な唇の端をかすかに持ち上げ、皮肉っぽい笑みを浮かべている。


 ――誰?


 と思ったが、声は出せなかった。

 いつのまにか私は小さな子供になっていて、見知らぬ女性にじっと見下ろされているのだった。


 ――ここはどこ?


 辺りを見回す。

 暗い、夜の森だった。立ち並ぶ木々の向こうから、青白い月がのぞいている。

 静かで、風の音さえしない。私と彼女の他には、人の姿もない。


 ――あなたは誰?


 もう1度聞こうとしたが、やはり声が出せなかった。

 黒衣の女性が小さく首を傾げる。その手が私の頭にのびてきたかと思うと、子猫でもさわるみたいに気安くなでられる。


 その瞬間、鈍い痛みが私の胸に走った。


「エル?」


 誰かが私の肩を揺すった。

 ハッと横を見やれば、クリア姫が心配そうにこちらをのぞき込んでいた。

「……だいじょうぶか? 気分でも悪いのか?」

「どうした、エル・ジェイド」

 クリア姫の向こうには、同じく心配そうに見ているカイヤ殿下。

 短い間を置いて、私は自分の状況を理解した。

 ……寝てた。

 あろうことか、劇の最中にうたた寝をして、夢を見て――クリア姫に起こされたのだ。


「す、すみません、すみません! 私……!」

 大慌てで頭を下げる。

 猛烈に恥ずかしい。クリア姫もカイヤ殿下も、それにクロサイト様やジェーンも、誰もあきれたり怒ったりしている様子はなかったけど。

「観劇というのは眠くなるからな」

 って、フォローまでしてくれたけど。


 こんな立派な劇場で舞台を見るなんて、庶民の私にとってはまたとない機会なのに、ぐーすか寝てしまうとは。

 信じられない。自分が信じられない。

 しかもあんな、わけのわからない夢を見て――。


 私の脳裏に、黒衣の女性の姿が浮かび上がった。


 ……そう、夢だ。

 ただの夢、だよね?

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