12 主人公、シャバに出る
「うーん、シャバの空気って最高!」
警官隊の詰め所を一歩出たところで、私は自由な青空に向かって叫んだ。
「……気持ちはわかるが、通行人の誤解を招く発言だぞ」
あきれ顔で言うひげの警官、その名はカメオ。
まあ確かに、道行く人々の視線が一瞬こっちに来て、何か痛いものでも見た、って感じでそらされたりもしたけど。
「別にいいじゃないですか。大声でも上げなきゃ、やってらんないですよ」
結局、無罪放免となったのは事件から3日後のことだった。つまり3日間、私は鉄格子つきの狭苦しい部屋で過ごしたのである。
「色々お世話になりました。もうここには戻ってこないように気をつけます」
ぺこりと頭を下げる。
「まるで出所のあいさつだな。アンタ、濡れ衣を着せられたんだから、もっと怒って見せてもいいんだぞ?」
そんな風に言ってくれるカメオは、見かけによらずけっこうお人よしだ。
お世話になったというのも社交辞令ではなく、カツめしの差し入れから始まって、「やることもないだろう」と文庫サイズの小説をくれた。王国と南の国の戦争をモデルにした、有名なシリーズ物の最新刊だった。
例のカルサも、暇を見ては顔を出してくれたし。
単に仕事をさぼる口実だったのかもしれないけど、他愛ない無駄話でも、檻の中の私は気がまぎれた。
「で、行くアテがあるようなこと言ってたが、本当にだいじょうぶなのか」
カメオは少し心配そうに私を見下ろした。
行くアテ、というか。
私はもう1度、「魔女の憩い亭」に行くつもりだった。
あのセドニスという名の青年は、愛想がない上に口も悪かったが、見方を変えれば正直というか、人をだましたりはしないように見えたから。
店を変えたのは、別に対応に不満があったわけじゃない。なんとなく気まずかっただけ。
それで別の職安に行った結果が、サギみたいな仕事にひっかかって3日も留置所入りである。さすがに私も懲りた。
今度はちゃんと信用できる場所で、まともな職を探そう。いきなり貴族の屋敷に雇われたいなんて高望みは捨てて、地道に働くことにしよう。
地図で確認したところ、ここから「魔女の憩い亭」までは驚くほど近かった。
道に迷いさえしなければ、多分、歩いて30分もかからずに着けるはずだ。
「その店、俺も行ったことあるよ。サンドイッチが絶品だよね」
背後から聞こえた声にぎょっとする。
カルサだった。まるっきり音も気配もなく立っていたので気づかなかった。
「……何してるの?」
「ん。姐さんのこと送っていくようにって、カメオさんに言われた」
驚いてカメオを見ると、「念のためだ」と彼は言った。
私の窃盗容疑は晴れたが、それはセイレス家からの訴えを退けたということ。
相手は由緒正しき、落ちぶれ貴族様。「メンツを潰された」と逆恨みして、何か仕返しされる可能性もなくはない。
「ここを出た後でアンタに何かあったら、警官隊の名前に傷がつく」と、カメオはもともと怖い顔をしかめて見せた。
「……逆に言えば、警官隊に正面からけんかを売る行為だ。まともな判断力のある奴なら、そんな真似はしないだろう」
だから心配するな、あくまで念のためだとカメオは繰り返す。脅かしているのか、安心させようとしているのか、よくわからない。
するとカルサが、「カメオさん、姐さんのこと心配なんだよ」と言った。「若い娘が1人で、王都で職探しなんて無謀だ、って――」
「余計なことは言わなくていい。さっさと行け」
カメオはいっそう怖い顔で命じた。
「はいはい。じゃあ行こう、姐さん」
カルサは言われた通りさっさと歩き出す。
私は一瞬迷ったが、ぼんやり突っ立っているわけにもいかず。もう1度、「お世話になりました」とカメオに頭を下げてから、少年の後を追った。