128 楽屋裏の再会
「久しぶり、元気だった? 今日は何? 姐さんも劇とか見に来たの?」
しばらくぶりに会う警官隊の少年は、以前と変わらず元気そうだった。
無駄にフレンドリーな態度も、人なつっこい笑顔も変わらない。
違いは、警官隊の制服ではなく、質素な普段着を着ていること。
その姿は、どこにでも居る、ごく普通の少年にしか見えなかった。
知らない人は誰も、警官だなんて思わないだろうな。いや、そもそも今は警官じゃないんだっけ?
「何やってるの?」
と私が問えば、
「バイト」
という返事が返ってきた。
「……警官隊の仕事は?」
ユナの話では、手柄を立てるまで帰ってくるな、って言われて追い出されたんだよね。こんな所で働いてるってことは、復職はあきらめたの?
「ちゃんとやってるよ。早くご隠居の所に戻りたいし。それには何かすっごい手柄がいるし」
アテはあるのか? 汚名返上して帰れるようなアテは。
「内緒、って言いたいところだけど、姐さんだから特別に教えてあげるね」
カルサは何かイタズラでも企んでいるような顔で私の耳元に唇を寄せると、
「潜入捜査」
驚き、彼の顔を見返す私。
カルサは声をひそめたまま、目だけで周囲を見回し、
「この劇団、怪しいんだよ」
「……どういうこと?」
ノリにつられて、私も小声になった。
「えっとね、簡単に言うと、地方公演とかで国中を回って、ついでにご禁制の品を売りさばいてる感じ」
「ご禁制の品って……」
「たとえば、薬とか」
ぎょっとした。
薬って、まさか。いや、そんな。
「魔女の媚薬って知ってる?」
まさかと思ったら、やっぱり。
「南の国の闇商人が売ってる、ヤバイ薬なんだってさ。この劇団、南方にも公演に行くから、こっそり取引して――」
薬を買い取り、王都に持ち込んでいるのだという。
「この劇団、貴族の女の人に人気なんだ。特にあのイケメン俳優」
と、ファンに取り囲まれている花形役者に目を向ける。
「お金持ちの女の人と個人的に仲良くなって、ついでに薬を広めようとしてるっぽい」
それが本当なら、重罪だ。超がつく大事件である。
「証拠はあるの?」
ぐっと身を乗り出す私に、「まだ全然」とカルサは答えた。
「ニック先輩が、とにかくこの劇団が怪しい! 特にあのイケメン俳優が怪しい! って言うから」
「……その根拠は」
「さあ? 先輩、イケメンが嫌いだからじゃないかな。美人は大好きなんだけどねー」
真剣に聞いて損した。
脱力した私は、そのニックはどうしているのかと聞いてみた。彼もこの劇団で、「潜入捜査」とやらに勤しんでいるのか?
「居ないよ。先輩をこんな所に連れてきたら、美人女優に目が眩んで、捜査どころじゃなくなるし」
「…………」
「今は別の場所で張り込みしてるはず。まだ覚えてる? 例のセイレス家」
覚えている。
私を家政婦として雇うと見せかけて、盗っ人の濡れ衣を着せてくれた貴族家だ。そんなせせこましい犯罪に走るくらい、金銭的に困窮している家でもあったはず。
「あそこの当主が、怪しい商人と密会してるかもしれないって、前に姐さんにも手伝ってもらって調べたでしょ?」
本気でよく覚えている。
そもそも、あの件でニックとカルサは上司の怒りを買い、警官隊を叩き出されたというのに、懲りていなかったらしい。
馬鹿につける薬はない、とはこのことか……。
「私、仕事中だから、またね」
もはや話を続ける気になれず、私は彼と別れた。
カルサは「うん、またねー」と気楽に手を振って見送っていた。




