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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第五章 新米メイド、街に出る
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127 新米メイド、劇場へ行く

 ある晴れた日の午後。

 私はメイド服を着て、きっちりと髪を結い、珍しく化粧などもして、馬車に揺られていた。

 行く手には、巨大な円形の建物がある。

 王立大劇場である。カイヤ殿下とクリア姫がめでたく外出することになり、メイドの私もお供としてついてきたのだ。


 お膳立てをしてくれたのは叔母上様である。

 前々からお芝居を見に行くつもりで席を取っていたのだが、まだ腰が本調子ではないから、と譲ってくださったらしい。

 先日見かけた時はお元気だったから、多分、気を利かせてくれたんだろう。クリア姫が、兄殿下と一緒に出かけられるようにと。

 少しばかり変わってはいるけど、優しい人なんだな、と私は感じ入った。


 大劇場は王都の郊外にある。徒歩でも来られるが、裕福な貴族や商人など、お金に余裕のある人は馬車を使う。

 劇場横の駐車スペースには、四頭立ての立派な馬車が何台も止まっていた。

 一方、私たちが乗ってきた馬車はといえば、二頭立てで飾り気もない、シンプルなものだ。今日の外出は一応お忍びなので、あまり目立たないようにという配慮なのだと思う。


「これはこれは、第二王子殿下。ようこそおいでくださいました」


 私たちが馬車から下りると、燕尾服にシルクハットをかぶった、恰幅のいい中年男性に出迎えられた。

「久しぶりだな、支配人」

 カイヤ殿下が歩み寄る。

 中年男性は大仰な仕草でシルクハットを取ると、今度はクリア姫に向かって深々とお辞儀して見せた。


「お初にお目にかかります、クリスタリア姫。ご尊顔を拝し、望外の喜びにございます。まことに、何とお美しい。いにしえの詩に歌われし美の女神もかくや……でございますな」


 芝居がかったほめ言葉に、クリア姫が少しだけ困った顔をする。

 本日の彼女はお出かけ仕様だ。

 夜会の時より動きやすさを重視した外出用のドレスで、色は白。大きなリボンのついた帽子をかぶっている。


「世辞はいい」

とカイヤ殿下。妹姫の姿をちらりと見て、

「美しいのは事実だが、女神は違うだろう。もっと無垢な――精霊か妖精、あるいは神の遣いの方が合っている」

 さらっと兄馬鹿発言をかまされて、より困った顔になるクリア姫。

 海千山千の支配人は動じず、「なるほど! 仰る通り!」と相槌を打つ。


 2人の会話を聞きながら、私はおのぼりさんのようにせわしなく辺りの様子を見回していた。

 巨大な劇場を取り囲むように、雑貨や軽食を売る屋台が並んでいる。

 たくさんの人が居る。年齢、性別、身分もさまざまな人々が。


「えー、お集まりの皆様に申し上げまーす! ファントム一座の『ひとつ目の巨人と魔女』、間もなく開演でございまーす!」


 目立つ派手な服を着た男の人が、大声で呼び込みをしていた。


 子供の頃、地方劇団の興業を見たことがある。村の広場に舞台を組んで、劇や手品、軽業などを披露してくれた。

 だけど、こんな本格的な劇場なんて来るのは初めてだ。お仕事の一環とはいえ、わくわくが止まらない。

 しかも近衛副隊長のクロサイト様が、護衛として同行しているのだ。救国の英雄と一緒に観劇だなんて、贅沢過ぎて夢みたいだ。


 不安材料といえば、もう1人の護衛。ジェーン・レイテッドも同行していることか。

 芝居がかったあいさつを続ける支配人の姿をじっと見て、

「隊長。あの男、怪しいのではありませんか」

とクロサイト様に耳打ちしている。

「目付きが尋常ではありません。今のうちに斬り捨てた方が――」

 クロサイト様の返事は短く、適切だった。

「必要ない。許可なく武器に手をかけるな」

 承知しましたと引き下がるジェーン。この人、連れていってもだいじょうぶなの? 他に護衛できる人、居なかったわけ?


 そうこうしているうちに、あいさつは終わったらしい。

 支配人を先頭に、私たちはぞろぞろと移動した。開演まではまだ時間があるので、楽屋を案内してくれるんだって。一座の花形役者に紹介したいのだそうだ。

 劇場の楽屋なんて、もちろん入ったこともない。さらにテンションが上がる私。


 VIP用の入場口から中に入り、途中で「関係者専用」の廊下に折れて、進むことしばし。

 ほどなく、行く手からきゃあきゃあと黄色い歓声が聞こえてきた。

 役者らしい衣装を身にまとった背の高い男性が、着飾った女性ファンたちに囲まれている。

「あれが当一座の花形です。少々お待ちください」

 支配人が役者さんに歩み寄ろうとして、女性ファンたちの圧力に跳ね飛ばされている。

 その様子を遠巻きに眺めていると、「殿下、カイヤ殿下!」と呼ぶ声がした。


 私は目を見張った。

 派手に着飾った大柄な男――それも、縦にも横にも大きな男が、どすどすと足音を響かせながら廊下を疾走してくるのだ。

 周囲で働いている裏方の人たちを跳ね飛ばし、脇目も振らずに、カイヤ殿下を目指して――。


 殿下が黒い瞳を見開いた。

「もしや、テシウスか!?」

「おお、我が心の英雄! うるわしの第二王子殿下よ!」

 テシウスと呼ばれた男は、ずざざっと煙が立ちそうな勢いで殿下の前にひざまずき――いや、はいつくばった。

 そのまま殿下の靴に口づけようとしたところを、クロサイト様が上から踏みつける。「ぶぎゅっ」と異音を発して床に押しつけられるテシウス。

 一瞬、水を打ったように辺りが静かになった。


「えーっと」

 こちらは、どこのどちら様ですか?

「吟遊詩人のテシウスだ。ほんの数ヶ月前までは宮廷楽士だった」

 もはやぴくりとも動かない男を見下ろし、殿下が説明してくれる。

「ですが、問題行動が多く、城を追われました」

 説明を引き継ぎつつ、巨体から足をどけるクロサイト様。

「……問題行動?」

窃盗せっとうと不法侵入です」

「犯罪ですよね?」

「その通りですが、肝心の被害者に処罰感情が薄く」と、意味ありげにカイヤ殿下を見やる。


 殿下はややバツの悪そうな表情を浮かべた。

「……未遂だっただろう」

「殿下の使用した食器を持ち帰ろうとした件については確かに未遂ですが、寝所に忍び込んだ件は未遂ではありません」

「けして、けしてやましい気持ちは!」

 ふいにテシウスが身を起こした。

「私はただ、この世で1番美しい寝姿をこの目に刻み、歌として残すために……!」

 ぐしゃ。

 今度はジェーンの靴が、その巨体を踏みつけた。ジタバタと、節足動物さながらにのたうつテシウス。

 両者を見比べながら、私は前々から疑問に思っていたことを口にした。


「殿下って、普通のお知り合いはいらっしゃらないんですか?」

 もっと遠慮なくいえば、まともな知り合いは居ないのか。

「『普通』というものの解釈によるな」

というのが、殿下の答えだった。


 元・宮廷楽士はまだ動いている。

「殿下に。どうか、踏まれるなら殿下に」

と口走りながら。

 どんな解釈をしたら、このどMのストーカーが普通になるんだろう。

 私の疑問を察したのか、殿下は弁解のようなセリフを口にした。

「人間性はアレだが、歌声はすばらしいぞ」

「はうっ」

 率直なほめ言葉に胸を射貫かれて、元・宮廷楽士は悶絶した。


「捨ておきましょう」

 クロサイト様が言う。言葉通りに解釈したらしいジェーンが、廊下の隅にあるゴミ箱にテシウスを捨てに行く。

 頭から巨体を放り込むが、ゴミ箱は普通サイズだ。頭以外の部分が、ほぼ全てはみ出している。

 それじゃ見た人が驚くよね? 外に捨てに行くか、業者を呼ぶかした方がいいんじゃ?


「お待たせしました、皆様。これが当一座の花形でございまして」

 タイミングよく、支配人が戻ってきた。歴戦の勇者の衣装を身につけた、背の高い男性を連れている。

 女性ファンたちがくっついてくる。

 年齢はさまざま。一張羅いっちょうらを着た平民らしき女性も、高そうなドレスをまとったご婦人やご令嬢の姿もある。

 口々に黄色い歓声を上げながら、花形俳優に熱視線を送っている。

 向かい合ってあいさつを聞いているカイヤ殿下も、見た目は役者顔負けだし。

 なんか、その空間だけ、熱量が半端ない。

 気圧けおされた私が、隅っこの方に控えていると。


「あれー? 姐さんじゃん。こんな所で何やってるの?」

 背後から聞き覚えのある声がした。

 ……何やってるの、はこっちのセリフだ。

 そこに居たのは、なぜか劇に使うらしい小道具を抱えて、裏方仕事をしている様子のカルサだった……。

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