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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第五章 新米メイド、街に出る
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126 真夜中の台所

 ――気にするなと言われたって、あんな言い方をされたら嫌でも気になるのである。

 結局のところ、エンジェラは何が言いたかったんだろう。

 私が妙な野心を持っていないかどうか、確かめようとしたのか。

 それとも、私の気持ちなんてハナからどうでもよくて、ただ釘を刺すことが目的だったのか。

 何を考えているのか真意が読めなくて、そういうところも彼女は父親似だ。


 机に向かったまま、いらだち混じりのため息を繰り返していると、コンコンと扉がノックされた。

「はい」

「俺だ。まだ起きていたか」

 この声は、カイヤ殿下。急用で出かけたって聞いたけど、帰ってきたんだ。


 私は椅子から腰を上げ、扉に近づいた。

「何か御用でしょうか?」

 扉越しに尋ねると、

「少し話したい。リビングまで来られるか?」

 まだ着替えてもいなかったし、別に構わない――と、いつもなら答えるところであるが、

「……今からですか?」

 叔母上様に妙な誤解をされてしまったことや、その後エンジェラに言われた言葉が、私の胸にトゲのようにひっかかっていた。そのせいで、ややつっけんどんな物言いになってしまったようだ。


 私の返事に、殿下は一瞬沈黙し。

「……すまん。非常識な時間だったな」と謝ってきた。

 そういう配慮が、全くできないわけではないんだよな、この人。常識が足りないのは、王族という特殊な生まれのせいなのかもしれないし……。

「話は明日にしよう」

 素直に引き下がられて、私はちょっと後悔した。


 叔母上様やエンジェラが私のことをどう思っていようと、別にどうとも思っていなかったとしても。

 殿下自身には関係ないよね。

 よく考えたら、前にもこのくらいの時間に会って話したことあるし。

 急に文句を言ったら、殿下も戸惑うかもしれない。


 後悔し、ついでに反省もした私は、「ちょっと待ってください」とドアを開け、呼び止めた。「話って何ですか?」

 殿下は不思議そうに私の顔を振り返る。気まずさで目をそらしつつ、「やっぱり気になるので……。今、お伺いしてもいいですか?」

 今更なんだとあきれるでも怒るでもなく、「おまえがそれで構わないのなら」と殿下は言った。


 さらに気まずくなった私は、

「あの。……よろしかったら、お夜食でも作りましょうか」

と申し出た。

 急いで出かけたって言うし、また夕食を抜いたんじゃないかな、という推測は当たりだったようだ。

「本当か? 助かる」

 殿下の顔が輝いた。


 そんなわけで、リビングに移動。

 お鍋に湯をわかし、乾燥キノコでダシをとり、残りご飯と卵を入れて手早く雑炊を作る。

 小腹がすいていたので、私もご相伴に預かることにした。

「あつっ……」

 キノコのいい香り。ふわふわ卵が目にもおいしい。


 殿下は「うまいな」と感極まったようにつぶやいている。

「こういう物が空腹の時に出てくるのはありがたい……。疲れた胃にしみる……」

 なんか、年に似合わない感想を口にしている。

 この人、いそがしいと食事を抜くことがあるんだよね。はっきり言って、良くない癖だと思う。


「おかわり、ありますけど」

「頼む」

 雑炊をよそってあげながら、

「そういえば、急用って何だったんですか?」

 何気ない口調で尋ねると、殿下も何気ない口調で返した。

「騎士団に拘束されていたヒルデ・ギベオンが毒を飲んだ」

「…………」

「幸い、大事には到らなかったが」

 うっかり雑炊をこぼすところだった。そういう衝撃的な話をするなら、できれば事前に警告してほしい。


「問題は、毒の入手経路だ」

と殿下は言った。

 事件を起こして逮捕されたわけだから、当然、身体検査くらい受けている。

 彼女が自分で毒など持ち込めたはずがない。そもそも、自分で飲んだのかどうかも怪しい。


「それは、いわゆる……口封じ、的な……」

 こんな言葉を、まさか使う日が来るとは思わなかった。

 ミステリー小説の話をしているわけじゃない。ヒルデ・ギベオンは現実に存在する、一応は会って話したこともある相手だ。

「わからん」

 殿下は重いため息をついた。


「仮にそうだとしたら、ヒルデに毒を飲ませた下手人は、『魔女の宴』で起きた事件の真相を闇に葬りたい人間、ということになる。実行犯を始末し、責任の所在をうやむやにしたい人間、ということに」

「事件の真相って……?」

 何か、わかったのだろうか。

 雑炊のおかわりを手渡しながら尋ねると、殿下は器を受け取り、目にも止まらぬ速さで中身をたいらげてしまった。

「本当に、うまいな」

 おほめいただき、光栄です。それより、話の続きを早く。


 視線で催促さいそくされて、再び口をひらくカイヤ殿下。

「あの事件の真相――というかヒルデに命じた人間の正体及び目的については、およそ判明した」

「ええっ」

「しっ、静かに。クリアが起きる」

「あ、すみません……」

 慌てて謝ったけど、驚くのも無理ないんじゃないかと思う。

 だって、ヒルデは黙秘してるとか、まだ何もわかってないとかクロムは言ってたのに。


「実は宰相閣下が黒幕だった、とか?」

 それなら、スピード解決するのもわかるけど。

「ありえなくもない読みだが、今回は違う」

「……じゃあ、騎士団長とか?」

「なぜ、そう思う」

「や、別に……。根拠はないですけど……」

 宰相閣下じゃないなら、その敵の騎士団長かなって、なんとなく思っただけ。


 ヒルデに剣を向けられたのはアクア・リマで、騎士団長はその養父だからありえない――とも、言い切れない気がする。

 一見怪しくない人が真犯人、っていうのはミステリーの定番だし。

 そもそも、両者の仲は良好なのだろうか。元・酒場の歌姫と、超がつく名家のご当主様が。


 殿下は感心したようにうなずいて、「なかなか鋭いな」

「え。本当にそうなんですか?」

「事実はともかく、噂がある」


 騎士団長ラズワルドが、邪魔になったアクアを始末しようとして事件を起こした、という噂が。


「おまえの言う通りだ。もともとあの2人の仲は良好とは言えなかった」


 ラズワルドは「貴族」としてのプライドが極端に高いタイプで、アクアとの縁組みも、養子を迎えるというよりは、主従関係を結ぶのに近い感覚だったらしい。

 五大家のラズワルドと、庶民の女性。本来なら、その立場は天と地ほども違う。違って当然だとラズワルドは考えた。

 だが、彼にとっては残念なことに、アクア・リマは貴族ならおとなしく従うってタイプじゃなかった。

 むしろ相手が誰でも利用して成り上がろうっていうくらい、野心の強い女性だったのだ。

 ラズワルドにしてみれば、恩知らずな上、身の程知らずな女。

 内心、苦々しく思っていたところに、ルチル姫の事件が起きた。


 ワガママ王女の恥ずべき行いは、義理とはいえ身内であるラズワルドの顔にも、盛大に泥を塗りたくった。

 怒り心頭のラズワルドは、母子に制裁を加えるべく行動を起こした――。


「と、いうのが仮に真実だったのなら、わざわざ宴の場を選んで事を起こしたりはしないだろうがな」

 軽く肩をすくめて見せるカイヤ殿下。

 そうだよね。王国にとっては重要な公的行事で、名家の女性ばかりが集まる宴なのだ。そんな場所で事件を起こしたりしたら、恥の上塗りだよね。早い話が、内輪揉めなんだし。


「つまり噂は間違いで、犯人は騎士団長じゃない、ってことですよね?」

「……わからない」

「わからない?」

 さっき、犯人は判明したって言ってなかった?

「ヒルデに誰が命じたのかは判明した。だが、その人間を動かしたのが誰かがわからない」

 命じた人間を動かしたのが誰かって。

 つまり、黒幕のさらに黒幕が居る? 何だかややこしいな。


「いずれ話す。今はもう少し待ってくれ」

「はあ、わかりました」

 待つのは構わない。というか、本来なら、メイドの私に事件の真相なんて教えてもらえないはずだよね。私がそれを知ることができるのは、単に雇い主が変わり者だからだ。

「もう一杯おかわりをもらえるか」

「あ、はい」

 差し出しされた器に雑炊をよそって手渡すと、殿下はまたあっという間にたいらげてしまった。

「やはり、うまい。絶品だ」

 そんなに何度もほめてくれなくていい。


「殿下が置いていってくださったお夕食もおいしかったですよ。今度レシピをいただけますか?」

 王族が作ったとは信じられないような、「おふくろの味」って感じの素朴な煮込み料理だった。多分、例の離宮のメイドたちに習ったものなんじゃないかな。

「構わんが、それこそほめるほどのものではなかっただろう」

「そんなことないですよ。クリア姫もおいしいって喜ばれてましたし」

 殿下の表情が固まった。

「どうかしました?」

 私が首をひねると、殿下は微妙に視線をそらし、

「……クリアは、怒っていなかったか」

「怒る?」

「……また約束を守らなかった」

 今日は1日、一緒に過ごすはずだったのに、急用で出かけてしまったから。

「あー、それですか……」


 クリア姫はきっと、すごくがっかりしたはずである。兄殿下とゆっくり過ごせるのを、何日も前から楽しみにしていたのだから。

 でも、そこが姫様らしいところと言うべきか。

 傍目はためにはいつも通り振る舞っていた。

 クリア姫は大人だから、拗ねたり怒ったり、不満を態度に出すってことをしないんだよね。

 聞き分けがよくて、良い子で……。見ていて心配になる。


「何か、埋め合わせをしたらどうでしょうか」

 仮に殿下が謝罪したとしても、気にしなくていい、自分のことは構わないでと、かえって無理をしてしまうのがクリア姫だ。

 それよりも、今日の埋め合わせになるような、彼女が喜ぶことを一緒にしてあげた方が。


「パイラさんに聞いたんですけど、たまに買い物とか遠乗りとか連れていってあげてたんですよね?」

 そういう時はすごく嬉しそうにしていたと聞いた気がする。

 私の言葉に、殿下は少し考えて、

「外出か。確かに、しばらくしていなかったな」

「連れていってあげてください、是非」

「……わかった。近いうちに、考えておく」

 殿下がうなずいてくれたので、私はホッとした。……結果的に、それがあだになるとは露ほども思わずに。

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