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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第五章 新米メイド、街に出る
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125 貴人の訪問、その夜

 その日の夜。

 私は自分に与えられた部屋で、机に突っ伏してぐったりしていた。

 ――疲れた。

 時計の針は10時を回っている。本当なら、明日に備えてさっさと寝るべきなのだが、何だかそんな気にもなれず。さっきからこうやってぐったりしている。


「本当にごめんなさいね。うちの母親が、迷惑かけちゃって」

 思い出すのはエンジェラの言葉だ。

 あの後、叔母上様が「クリアちゃんの次の夜会のために」、ドレスアップの仕方や流行の髪型を教えたいと言うので、クリア姫のお部屋にご案内して。

 母娘水入らず――いや、叔母と姪水入らずの方がいいだろうと、私とエンジェラはまたリビングに戻った。

 その際、彼女が口にしたのが最前のセリフである。


「いえ……」

 私は首を振った。

 別に迷惑ではない――こともなかったかもしれないが、こちらとしては、おかしな誤解が解ければそれでいい。


「でもねえ、カイヤがあなたのことほめてたのは、仕事のことばかりじゃなかったと思うのよ?」

と、叔母上様は言ってたけど。

「嫌でなかったら、少しだけ考えてみて?」

とも、言ってたけど。

 ……本当に、誤解は解けたんだろうか。

 いやそれよりも、なんで私ごときにこだわるのだろう。カイヤ殿下なら、家柄も容姿も性格もいい女性が、いくらでも選び放題だろうに。


「本当の本当に、ごめんなさいね」

とエンジェラは繰り返した。

「普段はもう少しまともな母親なのよ。初対面であれじゃ、変人にしか見えないだろうけど……」

 本日の彼女は「舞い上がっていた」のだとエンジェラは言った。

 その理由は、カイヤ殿下の口から、珍しく女性の話が出たからだと。


「ちょっと前に、カイヤがうちに食事しに来たことがあったんだけどね」

 その時、殿下が私の話をした。エンジェラによれば、単に「新しいメイドを雇った」的な話だったらしいのだが、叔母上様の解釈は違った。

 もしかして好きな女の子ができたのかもしれないと、年甲斐もなくはしゃいでしまったのだそうだ。

「勘違いだって、私は言ったのよ。でも、まるで聞きやしない」

 いったいなんでそこまで? と私は思った。

 そもそも、殿下が女の話をするのは、そこまで珍しいのか。

「珍しいわね」

とうなずくエンジェラ。

「私も、身内以外の女の子の話なんて初めて聞いたかも――」

 そう言いかけて黙り込み、

「あー、初めてではないか。昔、もう1人だけ居たわね。幼なじみの女の子で、カイヤと仲が良くて、ひょっとしたら好きなんじゃないか、って思ったりした子」

 殿下の幼なじみ。それって、もしかしなくても警官隊のユナ・リウスのことだろうか。

「まあ、それは誤解だったんだけどね」と軽く流し、「だから、あなたは2人目」とエンジェラは続けた。

 なんか、それこそ誤解を招きそうな言い方なんですが?


「殿下って、モテますよね?」

 私は言った。質問ではなく、確認のつもりである。

「でしょうね。あの顔だし。中身も、まあ。完璧そうに見えて、全然違うしね。『ほっとけない』って思う人は多いかも」

 ただ、とエンジェラは続けた。「まともな恋愛なんて、多分1度もしたことないでしょうけど」

 私はまじまじと彼女の顔を見つめた。

 エンジェラは感情を交えず淡々と、「恋愛どころか、今、普通に生きてるだけで奇跡、みたいなところあるから」

「……どういう意味ですか?」

 さすがに戸惑いながら尋ねると、「知りたい?」と急ににっこりした。

 そんな言い方をされたらそりゃ気になるが、それって殿下のプライベートでしょ? 部外者が聞いてもいい話とは思えないが……。


「ごめんごめん、そんな警戒しないで」

 私が無言になると、エンジェラはぱたぱたと手を振って。

「ただね。うちの母親が舞い上がったりしたのも、無理ないところがあるの。あの人にとって、ううん、あの夫婦にとって、カイヤは特別だから」

 特別って、要するに愛情をかけているって意味かと思ったら、エンジェラの言い方は違った。

「端的に言えば、負い目があるのよね」

「負い目、ですか」

「そ。あの子が小さい頃にね。死ぬほどひどい目にあわせた――っていう負い目」

 エンジェラの口調は軽く、冗談を言っているようにも聞こえた。

 しかし私は思い出したことがあった。

 ルチル姫の行方不明事件があった時、宰相閣下が殿下に言っていたことだ。


 ――昔の自分に戻りたい?


 確か、そんなようなセリフを口にしていた気がする。


「カイヤはむしろ、うちの親には感謝してるくらいだと思うんだけど」


 ああ、うん。確かに言ってた。

 叔父上には感謝している、って。

 宰相閣下が否定したら、「見解の相違」だとか何とか。


「ただ、うちの親たちにとってはやっぱりね。そういう風には思えないところがあるみたいなの。ずっとあの兄弟の親代わりみたいな立場だったから。……それもこれも、実の両親が育児放棄なんかしたせいなんだけど」


 エンジェラの言う通り、殿下の場合、本来、養育責任のある人間がかなりいいかげんだった。

 宰相閣下や奥方様は、代わりにその責任を引き受けてくれたわけで、殿下にとっては「感謝すべき相手」となるだろう。

 それでも「親代わり」の立場としては、子供を「ひどい目」にあわせてしまったことがつらいと。

 何だか胸の痛くなる話だな、と私は思った。


 ……ん? ……ちょっと待ってよ。

 実の「両親」が育児放棄って言った?

 父親が、じゃなくて??


 私の違和感には気づかず、エンジェラは話を続ける。

「だから、って言ったら単純だけど。あの子が人並みに幸せになるまでは、死んでも死にきれない、って思ってるみたい。うちの親父なんて、それが人生の目的みたいになっちゃってるし」

 それが本当なら、何とも重たい話じゃないか。宰相閣下が殿下に過保護になるのもうなずける――。


 かと思えば、エンジェラは急に砕けた調子で、

「ただねー、うちの母親の場合、価値観が古いっていうか。人並みの幸せ、イコール結婚、みたいなところがあって」

 カイヤ殿下の成人後は、たびたびお見合い話を持ち込んでは、殿下を困らせていたのだという。そういうことは本人の気持ちだからと宰相閣下に説得されて、今はやめているそうだが。

 代わりに、結婚がいかにすばらしいものか、理想の男性と結ばれた自分がどれほど幸福か、ことあるごとに力説しているらしい。


「理想の……」

 私はつぶやいた。

 叔母上様は絶世の美女である。一方の宰相閣下は、くまのぬいぐるみに似ている。

 美女と野獣ならぬ、美女とくまさん。

「……考えてることはわかるわよ」

「あ、いえ。けっして、そんな失礼なことは」

 失礼なことを思っていたのかと突っ込むことはせず、エンジェラは「まあ、そんなわけで」と話を戻した。

 結婚イコール幸せ、という価値観のある叔母上様は、カイヤ殿下に良き伴侶が見つかることを切に願っているのだと。


「だけど、カイヤ殿下って王族ですよね?」

 王族の結婚相手ともなれば、誰でもいいわけじゃない。

 家柄とか、育ちとか、経歴とか――考えるべきことが山ほどあるはずだ。自分で言うのも何だか、平民生まれのメイドではお話になるまい。


「うちの親は多分、誰でもいいんだと思うわよ」

「はあ?」

「重要なのは、カイヤが自分で選んだ相手かどうか。身分とかどうでもいいの。どこの馬の骨でも、魔女でも悪女でも」

「…………」

「ああ、ごめんなさい。あなたが馬の骨だって言ってるわけじゃないのよ」

「お気遣いなく」

と私は言った。

 王族の母君を持つエンジェラ嬢の目から見たら、私なぞ馬の骨でしょうとも。

 暗いオーラをただよわせる私を、エンジェラはしげしげと見て。「あなたって、わりと可愛い方だと思うけど」

「本当に、お気遣いなく」

 エンジェラは構わず続けた。「もしかして、自分の容姿にコンプレックスとかある方?」

 遠慮のない問いかけに、私は言葉につまった。


 エンジェラはまたしげしげと私の顔を見て、それからふっと視線をそらした。

「さっきも言ったけどね。私、自分の見た目には、昔からコンプレックスがあったのよ。今でも、全くないわけじゃないの」

 彼女の視線の先には、壁にかけられた大きな鏡があった。エンジェラはそこにうつる自分の姿を見ているのだった。


 彼女が沈んだ目をして黙っているので、「エンジェラ様は素敵だと思いますよ」と私は言った。もちろんお世辞ではなく、本心である。

 彼女はけして不美人ではない。若干個性的ではあるが、華がある。地味で平凡な容姿の私から見れば、うらやむような華だ。

 ありがと、とエンジェラは言った。

「そうやって、ほめてくれる人は確かに居るのよ。近頃は男の人でもね」

 自慢か? と思ったら、そうではなかった。


 個性的で、父親そっくりというのも相まって、1度見たら忘れられない容姿。

 そんな彼女を気に入ってくれる男性は、どこかマニアックな趣味の持ち主が多いのだそうだ。

「うちの母親みたいに、ちょっと変わった人が多くて」

 はっとため息を漏らすところを見ると、彼女自身は「ちょっと変わった人」はタイプじゃないのかもしれない。

「その点あなたは、普通でしょ。自分では地味とか平凡だとか思ってるのかもしれないけど、『普通の女の子』が好きな男性って多いわよ」

「……そういうものでしょうか」

 私の気のない返事を受けて、エンジェラは。

「あなたって、野心がないのね」

 唐突に、口の両端を持ち上げてにっこりする。その表情は、言っては悪いのかもしれないが、お父上の宰相閣下にそっくりだった。

「前のメイドさんとは随分違うんだ」

 前のメイド――パイラは、カイヤ殿下のことが好きだった。彼女はそれを知っているんだろうか?


「身の丈に合った生き方を、と心得ておりますので」


 地位や財産を持つ男性を射止めて玉の輿、というのは、一見美しい夢だ。

 しかし所詮は相手の地位に乗っかるだけ。分不相応な生活は、遠慮もあれば不自由もあろう。

 開き直って楽しめるだけの度胸と覚悟があるなら話は別だが、そうでないなら、見ない方が賢明な夢だ。


「そっか、残念」

 エンジェラはどこか意味深な目をして、こう言った。

「少しは可能性あるかと思ったんだけど、あなたの方には脈なしなのね」

 は? そりゃ、どういう意味だ――。

「ごめんごめん。何でもないから」

 あらためて母親が迷惑をかけたと謝罪し、「今の話、あんまり気にしないでね」と言い残して、彼女は帰っていった。

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