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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第五章 新米メイド、街に出る
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124 貴人の訪問4

 何を言われたのか、理解できなかった。

 これは、アレか。貴族の女性特有のジョークなのか。

 だったら笑わなきゃ悪いと思い、私は「あはは……」と乾いた声を上げた。

「あら、笑うところ?」

 叔母上様が眉をひそめる。

 子供みたいにくるくる表情が変わる人だ。顔立ちは似ていても、そういうところはカイヤ殿下と違う。


「ちょっと母さん、暴走しないの」

 エンジェラが母親をたしなめる。

「あら、だって」

 叔母上様は拗ねたように唇を尖らせて、

「いつも言ってるでしょう? 私はね、あの子に恋の喜びってものを知ってほしいの。そして、理想の伴侶と暮らす幸福ってものを――私があの人と出会ったように――」

 うっとりと宙を見上げてほほえむ叔母上様。そんな彼女を、クリア姫が少し心配そうに見つめている。

「気にしないでね」

 エンジェラが私にささやきかける。「深い意味はないの。ただ、ちょっと変なだけ」


「エル、このパンケーキ、おいしいのだ」

 空気を変えようと思ったのだろう。クリア姫が私に言う。

「あ、そうですね。せっかくなので、いただきま――」

 フォークを持ち上げようとのばした手を、矢のようにすばやく、叔母上様の手が握りしめる。

「ひえっ!?」

 思わず身をすくめる私を、叔母上様はひたと見つめて。

「あなた、うちのカイヤのこと、嫌い? 好き?」

「はああ!?」

「自慢じゃないけど、いい子なのよ? とっっっても優しくて、思いやりがあるの。次男だから国を継ぐ必要もないし、誠実で嘘はつかない、女遊びだって絶対しないわ。うちの旦那様ほどイケメンではないけど、顔だってそう悪くないでしょ?」

「いや、あの……」

 私はあっけにとられて、叔母上様の顔を見返した。

 冗談――だったらいいと思うのだが、その目は恐ろしいほど真剣だ。


「本当に、気にしないで」

 エンジェラが疲れた声で言った。

「その人、5人きょうだいの末っ子でね。年頃になるまで、家族以外の男の人とは話したこともない、いわゆる箱入り娘だったの。おかげで恋愛観とか、美的感覚とか、変なの。ズレてるのよね」

 失礼ね、と叔母上様がつぶやく。私の手を握りしめたまま、顔だけ娘の方に向けて、

「お母様は箱入りなんかじゃありません。少なくとも恋の喜びについては、あなたよりずっとよく知っていますよ」

「あー、はいはい」と投げやりに手を振る娘。


 叔母上様はまた私の方に視線を戻し、

「ね、どうかしら。ちょっと考えてみてくれない?」

「……や、待ってください」

「どうして? 嫌なの? もしかして、自分がメイドだからとか気にしてるのかしら。そんなこと全然だいじょうぶよ! 身分違いの恋って、むしろ定番じゃない?」

 素敵だわ、と続ける叔母上様。そんな、物語の話を今されても困る。


 叔母上様はちょっと意味深に笑って、「それにね」と付け加えた。「あの子、昔から、メイドさんが大好きだから!」

 はい?

「……母さん、その言い方。カイヤが誤解される」

 エンジェラがちょんちょん、と母親の肩をつつき、

「違うから、引かないでね。メイド萌えとか、そういうんじゃないから」

 正直どん引いていた私だったが、その言葉でひとまず話を聞く体勢に戻った。


 クリア姫も、自分の兄に妙な性癖があると誤解されたくなかったのだろう。早口で説明する。

「兄様は昔、母様の離宮に居た時、メイドたちにとても世話になったのだ」

「離宮のメイドって……」

 確か、隣村の主婦がほとんどだったとかいう?

「……そうだ。兄様に聞いたのか?」

「ええ、まあ」

 聞いたのはカイヤ殿下じゃなくて、ハウライト殿下からですが。


「カイヤ兄様は、それに私もだが、彼女たちからたくさんのことを学んだ。料理や家事、さまざまな生活の知恵……」

 それって、王族が学ぶべき知識なのかな。

「メイド長には勉強も教わった。彼女はとても物知りで、教えるのも上手だった」


 そのメイド長だけは隣村の主婦ではなく、王妃様が王城に居た頃から仕えていた人らしい。

 貴族生まれで、王立大学に通っていたこともある才媛で、少年時代のカイヤ殿下にとっては、尊敬すべき師のような存在だった。

 そうした経験から、メイドや家政婦イコール尊敬の対象、といった図式が殿下の中にはあるのだと。


 言われてみれば、まあ。出会った時から、殿下はわりと丁重に接してくれたと思う。

 言葉遣いや態度はナチュラルに尊大だが、それは王族なら当たり前のこと。少なくとも、メイドごときと軽んじるような態度をとられたことは1度もない。


「そのメイド長っていうのが、カイヤの初恋の君なのよ」

 にこにこ笑顔で叔母上様の発した一言に、私はせき込んだ。

「初恋っていうか、憧れみたいなものでしょ」

 エンジェラが冷静に突っ込む。

「その人、母さんと大して変わらない年だっていうじゃない。カイヤはほんの子供の頃よ?」

 母親の方は全くめげることなく、

「そんなの、どうだっていいじゃない。とにかく、これでわかってくれたでしょう?」

と、キラキラした目で私の顔をのぞき込む。

 あいにく、何をわかればいいのか、それすらもわからない。


 困った。

 なんで私ごときにこんな話をするのか知らないが、叔母上様は冗談のつもりではないようだ。

 私の方から「その気はない」とか、まして「殿下は好みのタイプじゃない」なんて言うわけにはいかない。メイドの分際で、何様だって思われるだろう。


「もったいないお話ですけど、私ごときではとてもつり合いませんので……」

 できるだけ無難なセリフでお断りすると、叔母上様は勢いよく首を横に振った。

「そんなことないわ。あの子、あなたのことほめてたもの」

「……殿下が?」

「ええ。よく気がつくし、仕事も早くて、料理が上手だとか」

「…………」

「あとは本が好きで、クリアちゃんとも気が合ってるみたいだとか。あの子、シスコンだものね。妹と仲がいい、っていうのは重要なポイントよね!」

 私は無言でこめかみをもみほぐした。

 それは女としての評価ではない。妹のメイドに対しての評価だろう。


「第一あなた、カイヤが自分で連れてきた人なんでしょう?」

 それ、さっきも言ってたよね。単に職安で偶然会った、ってだけの意味なんだけどな。

街中まちなかで男性が女性に声をかけることを、確か『ナンパ』っていうのよね?」

「違います」

 さすがに、これ以上は黙っていられない。

 叔母上様の誤解を解くため、私は殿下との出会いを一から説明するハメになった。

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