122 貴人の訪問2
ヴァイオリンを演奏していたのは、藤色のドレスに身を包んだ美女だった。
ふっくらした白い肌、柔らかそうな茶髪。何よりも、なめらかに弦の上を踊る指に、私は惹きつけられた。
なんて美しい。
なんて美しい演奏――。
呆然と、涙を流さんばかりに感動し、聞き惚れて。
演奏が終わった時には、思わず力いっぱい手を叩いていた。
「あら……、ありがとう。そんな所で聞いてくださっていたのね」
演奏者が弓を下ろす。
そして、ふくよかな体を揺らして、こちらに近づいてきた。
「素晴らしい演奏でした。感動しました」
私は心からの賛辞を述べた。
「ありがとう。感動させるつもりで弾いているのだけれど、実際にそう言ってもらえると嬉しいものね」
藤色のドレスの美女がにっこりする。
美女……だよね?
つぶらな瞳に白い肌、意外に短い手足と、丸みを帯びた体つき。
なんか……えと、なんて言うか……。
演奏していた時と、若干、印象が違うような……。
いや、けっして不美人だとは言わないが! むしろ可愛い、チャーミングな部類だと思うけど。
たとえるなら、くまのぬいぐるみにドレスを着せたような可愛らしさ……って、失礼だろ、おい!
私が微妙に戸惑っていると、ドレスの女性のにっこりが深くなった。
「うん、なかなか正直な反応。よく言われるのよねー。演奏にだまされたとか、弾いてる時の方がキレイに見えるとか」
「えっ、いえ! けしてそんなことは――」
慌てて否定しようとしたら、女性は「いいのいいの」と手を振った。
「別に気にしてないから。むしろ、見た目が眩むくらい曲に力があるって、ほめ言葉でしょ。少なくとも、私はそう思ってるし」
「あの、その……」
どう答えればいいのかわからず、私が口ごもった時。女性の背後から、ひょいと知らない顔がのぞいた。
「もう、エンジェラったら、そんなこと言って。彼女、困ってるじゃない?」
知らない、中年の女性――しかしながら、その外見にはものすごい既視感があった。
黒髪に黒い瞳、女性にしてはきりりとした中性的な顔立ちは、後光が差すほど美しい。
「カイヤ殿下……?」
が、女装して、20年くらい年をとったら、こんな感じかもしれない。
「ええ、そうよ。カイヤの叔母でーす」
黒髪の女性が笑う。
「その娘でーす」
ヴァイオリンを弾いていた女性が真似をする。すぐに笑みを消して、「似てないけどね」とため息。
私は目の前の母娘を見比べた。
「えと、つまり……、宰相閣下の……?」
「妻でーす」
「娘でーす」
再びノリを合わせる2人。娘の方が軽く口の端を持ち上げ、「そっちは似てるでしょ?」と不敵に笑って見せた。
ああ、はい。確かに。
つぶらな瞳とか、ちょっと手足が短めなところとか、すごい似てる。なんで今まで気づかなかったんだろってくらい、そっくり。
「で、あなたは?」
問われて、私は大いに慌てた。本来なら、先にごあいさつしなければいけなかったのに。
「失礼しました! 私は――」
「エル・ジェイドさんね」
そう言ったのはお母上の方。カイヤ殿下そっくりな瞳をキラキラさせて、
「まあ、聞いていた通りの可愛らしい方ね。その服、しっとり落ち着いていて、すごく素敵。うちの娘には負けるけど」
私は酸欠の金魚みたいに口をぱくぱくさせた。
聞いていた通りって、誰がそんなこと言ったんだ。いやそれよりも、絶世の美女から可愛らしいとか素敵とかほめられて、どんな反応をすればいいのやら。
すると娘の方が母親の顔を指差し、
「ごめんなさいね、返事に困ること言って。これ、別に嫌味じゃなくて素だから」
「あら、どういう意味かしら?」
「そのまんまの意味よ。その顔で他人の容姿をほめるな、って意味」
皮肉交じりの娘のセリフに、母親の方は軽くまなじりを尖らせ、「ま、この子は。そんな憎まれ口言って」とふくれて見せた。
「……2人とも、エルが困っています」
母娘の後ろから顔を出すクリア姫。ようやく知った姿が現れて、私はホッとした。
「エル、驚かせてすまない」
クリア姫はいかにもすまなそうな顔をして、まずは部屋に入るようにと言った。




