120 処刑人再び
すっくと物陰から立ち上がるジェーン・レイテッド。
「よく気がつかれましたね」
と、感心されるほどのことじゃない。ジェーンほど目立つ人はそう居ない。
今日は近衛の制服ではなく、私服姿だった。
多分男物だろう、シンプルな青いスウェット。地味な服装なのに、すらっと手足が長くてスタイルが良いから、すごいサマになってる。
「さっき、警官隊の前にも居ましたよね。あと、郵便局と」
ジェーンはあっさり認めた。
「あなたが城を出てからずっと、後をつけてきました」
なんで、近衛騎士のジェーンに尾行されなきゃならないのか。目線で問いただすと、ジェーンはこう言った。
「お休みの邪魔をしないよう、護衛の任務を果たすためです」
護衛。
その単語を聞いて、思い出す。
初めてのお休みで城下に出かけた時――護衛してくれたクロサイト様が、同じように私をつけてきたことを。
別にストーカーってわけじゃなく、せっかくの休日に私が窮屈な思いをしないようにという、ちょっとズレた気遣いのためだった。
「殿下のご命令です。あなたに悟られないように護衛しろ、と」
「…………」
ズレているのは、カイヤ殿下も同じか。
まあ、ねえ。「護衛についてこられたんじゃ、お休み気分になれない」って、最初に言ったのは私だし? 律儀に希望をかなえようとしてくれているのは、申し訳ないとも思うけど。
「……次からは普通に護衛してください」
「あいにく、次も私が護衛の任に当たるとは限りません」
「だったら殿下に伝え……。あ、いいです。帰ったら、自分で直接言います」
お手数をかけてすみませんでした、と頭を下げる。
ジェーンは真顔で首を振った。
「謝罪の必要はありません。むしろ、好都合でした。護衛だけでなく、ひそかに見張る目的もあったので」
「……は?」
見張る、って誰を。……私を?
「あなたには、夜会の際にヒルデ・ギベオンを手引きした疑いがあります。休日に後をつければ、怪しい動きを見せるかもしれないと思ったのです」
待て、待て、待て。ちょっと待て。
「私の疑いは晴れたんじゃ……」
「完全に疑いが晴れたわけではありませんよ」
ああ、やっぱり。クロムの伝言を聞いた時からそんな気はしていた。
「あなたが本当に事件と関わりがないのかどうか、くわしく取り調べたいという要求が騎士団からもありました」
「って、え?」
「王宮内の捜査権は一応、騎士団にあるので――」
事件直後、私の身柄を引き渡すようにという要求が、騎士団からカイヤ殿下のもとにあったのだという。
だが、殿下はその要求を突っぱねた。
騎士団の「捜査権」には例外がある。王族や大臣等の偉い人には適用されない。
で、カイヤ殿下はその例外を拡大解釈して、「王族の部下」でも同じだろうと押し通したらしい。
よほど確たる証拠でもあれば話は別だが、「疑いがある」程度で取り調べに応じることはできないと。
取り調べが行われていない私の容疑は、事件が完全に解決するまではグレー扱いなのだ。
さすがに、ちょっと動揺した。
そんな風にかばってくれていたなんて全然知らなかった。
それが本当なら、思っていた以上に殿下に迷惑をかけてしまったということになる。
しかしジェーンは涼しい顔で、
「気に病むことはありませんよ。あなたを騎士団に引き渡すという選択肢はありえません」
なぜなら、トップが政敵だから。
「あなたを拷問し、力づくで自白を引き出し、ありもしない証拠をでっちあげられては困ります」
拷問って、怖いことを当たり前みたいに言わないでほしい。
「要求した騎士団とて、殿下が素直に引き渡しに応じるとは微塵も考えていなかったでしょう」
それでも、敵に文句をつけられるチャンスは逃さない。嫌がらせというか、「貸しひとつ」の形にしたいのだ。
「クロサイト隊長も宰相閣下も、殿下の判断は正しい、と仰いました」
「だったら、ジェーンさんは……」
どういうつもりで、私をつけてきたのか?
ジェーンはよくぞ聞いてくれたとばかりに胸をそらした。
「無論、確たる証拠をつかむためです。部下が疑われたままでは、殿下のお立場が悪くなります。あなたが事件に関わっていたという証拠がつかめれば、私が捕らえて、こらしめてしまえばそれで済みます」
つまり、グレーのままでいるより、白黒はっきりつけた方がいいと。
私を疑っているというよりは、その方が望ましい展開だとでも言いたげだ。
「私供と致しましては、殿下のお立場を最優先に考えなくてはいけません。どうか、ご理解ください」
かなり無理な注文である。しかしジェーンはまるで悪びれることなく、
「疑わしきは罰せよ、と言うでしょう」
言わない。聞いたことない。
「……帰ってもいいですか、私」
これ以上、この人と話す気になれない。殿下と話す以上に疲れる。
「城に戻られるのですか。では、護衛致します」
「けっこうです」
即座に断ったが、ジェーンは耳を貸すことなく、私がお城に着くまでずっと後をついてきたのだった。




