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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第五章 新米メイド、街に出る
120/410

119 7年前

「その王子様って、カイヤ殿下の……」

「弟君ですね。母親は違いますが」


 カイヤ殿下のお母上は、言わずもがな王妃様。

 亡くなった王子の母親は、騎士団長ラズワルドの妹――王宮内で事故死したという側室。

 ……息子も事故死だった、なんて初耳だ。

 あ、でも。

 王子が2人居たけど、どっちも早世した、って話なら聞いた気がする。

 誰に聞いたんだっけ?

 カイヤ殿下、じゃない。多分パイラだ。カイヤ殿下とハウライト殿下以外の王子様は、成人前に亡くなっているって――。


「亡くなったって、どうして……」

「落馬事故と聞いています」

「確か、ご兄弟が……」

「年子の兄殿下が居たようですね。ただ、生まれながらに体が弱く、弟君より先に亡くなられたそうですが」


 弟の方は幸い、体も丈夫で、何事もなく無事に成長した。……7年前の事故までは。

 当時10歳。利発で聡明な少年だったらしい。

 騎士団長ラズワルドは、妹の忘れ形見でもある甥のことを溺愛していたそうで。

 事故が起きた時、王子のそばに居ながら彼を守れなかった護衛や騎士や侍女を降格したり辞めさせたり、場合によっては王都から追放したり牢屋に放り込んだり。


「かなり無茶なことをしたという話です」

「…………」

 気の毒といえば気の毒だが、いささか八つ当たりめいた処置だ。

 その出来事があったのが7年前――。


「うちの父には関係ないですよね?」

 別に、王宮で働いてたわけでもないんだし。

「さあ、そうとも限らないのでは」

 事件の余波で、貴族同士の揉め事も多かった。貴族の密偵をしていたなら、全くの無関係とも限らない――とセドニスは言った。

 言った後で、宙を見上げて何やら考え込んでいる。

「セドニスさん?」

 声をかけると、視線を私の方に戻し、「失礼。何でもありません」


 それから、あらためて依頼内容を確認された。

「7年前、父上の身に何が起きたのか知りたい。可能なら、その行方も突き止めたい、ということでよろしいでしょうか」

 私はうなずいた。

「……それで、報酬の件ですけど」

「ああ、はい。それが気がかりでしたね」

 やおらテーブルの下からそろばんを取り出し、ぱちぱちと弾き出す。

「殿下の紹介状がありますし、多少はお安くしておきますよ。必要経費込み、調査が成功した場合の報酬として――」

 これでどうだと、そろばんを見せてくる。


 あまり「お安く」は思えなかった。

 いや、仕事の内容と比すれば、格安なのかもしれない。お屋敷1軒分ではない。それでも、私のお給料が1年分くらい、余裕で吹っ飛ぶ額なんですけど?

 もちろん今現在、そんな手持ちはない。


 私の顔色を読んだのか、「分割払いもお受けしますよ」とセドニスは言った。

「後払いでも構いません。本来は手付け金をいただくところですが、殿下の紹介があるので必要ないことにします」

 思わず「いいんですか?」と聞き返していた。

 ここのオーナーさんって、「報酬が高い」ことで有名なんじゃなかったっけ?

「殿下の紹介ですから」

とセドニスは繰り返す。

「オーナーにとっては、可愛い弟子のようなものですからね。あの人は他人には容赦しませんが、身内や気に入った相手に対しては露骨に甘くなります」

「オーナーさんて……」

 話を聞く限り、だいぶクセの強そうな人だな。まあ、殿下の知り合いだし?


 本当に分割でいいのなら、払えないこともないかもしれない。

 私は住み込みで働いているので、極端な話、お給料をそっくり手放しても暮らすことだけはできる。

 仮に失業したら、無一文になるわけだけど。


「この場で決める必要はありませんよ。むしろ慎重に考えてください。父上に関する調査を始めることで、あなたの身に危険が及ぶことも十分ありえますので」

 穏やかではない話を、ついでのように付け加えられた。


 セドニスいわく。

 仮に、私が母に聞いた事情の通りだったのなら――私の父が仕事でヘマをし、雇い主の貴族から刺客を差し向けられ、その刺客を返り討ちにしたせいで姿を消すしかなくなったという成り行きだったのならば。

 その元・雇い主の貴族とて、父の行方は当然知りたいだろう。娘が王都に来ていると知れば、接触してくる可能性もある。

 仮に、その貴族家が戦後のゴタゴタでつぶれてしまったという話が事実でも、関係者が1人も王都に居ないとは限らないのだから。


 ……やけに「仮に」を強調するな、と私は思った。うちの母が嘘をついたとでも言いたいのか?


「実際、そういうことはなかったのですか?」

「……そういうことって」

「つまり、王都に来てから身の危険を感じた、あるいは父親の知人を名乗る人物が接触してきた、など」

「今のところは、別に……」

 父を探していると触れ回ったわけでもなく、それどころか雇い主のカイヤ殿下にすら、ごく最近まで事情を打ち明けられなかった。

 その「元・雇い主」が7年前からずっと私の一家を見張っていたとでもいうなら話は別だが、そうでないなら、単に気づいていないのでは?


 セドニスは「なるほど」とうなずきつつ、あまり納得はしていない様子で、

「今後はそうもいかなくなるでしょう」

と断言した。

 私の依頼を受けて「憩い亭」が調査を始めたら、関係者のもとを当たったり、昔の事件について調べたりしたら、その動きは元・雇い主の貴族にもいずれ知られることになる。


 セドニスはしばし沈思黙考して、「そもそも、探す必要がありますか?」と言い出した。

 姿を消したのには、それなりの理由があるはずだ。7年もたってから、家族に探されたいとは思っていないだろう。

「立ち入ったことをお伺いして申し訳ありません。ただ、個人的に気になったもので」

と、全然申し訳ないとは思っていないような顔で付け加える。


 なぜ、父を探すのか。そうすることに、果たして意味があるのか。

 ……その答えは、私自身にもわからない。

 わからないのに、故郷を飛び出して、家族に心配をかけて。傍から見れば、さぞ馬鹿なことをしているように見えるんだろう。


 ただ、7年前の事件にしろ、その後の父の失踪にしろ。

 自分の中に、何とも説明のつかないモヤモヤとしたものがある。

 確かに言えることはひとつ。

 このまま心にふたをして生きていくことは、どうやらできそうにないってことだ。


「お願いします、調べてください」

 私はセドニスに向かって、深々と頭を下げた。

「つまり、正式な依頼ということでよろしいですね」

 念押しされて、「はい。お願いします」と繰り返す。

 まだ何か言われるかと思いきや、セドニスは「承りました」とあっさり。


「王都の中だけで終えられる調査ではありませんので、期間は数ヶ月かかるものと考えておいてください。およそ2週間後を目途めどに、中間報告をお渡しします」


 次のお休みの日にまた来ると約束し、私は「魔女の憩い亭」を出た。

 一仕事終えたような疲労感と、これで何かがわかるかもしれないという期待と、本当にこれでよかったんだろうかという迷い。

 それらがないまぜになった、何とも複雑な気分だった。


 しかし、ゆっくりと気持ちを整理する暇はなかった。

 店を出たところで、またしてもジェーンらしき人物がこちらを伺っていたからである。

 物陰に隠れているつもりのようだが、何しろあの長身だ。半分以上、はみ出している。道行く人が不審そうに見ているのも、本人は気にしていない様子だ。


 偶然も3度続くというのはありえない。どう考えても尾行されている。

 私はすたすたと彼女に歩み寄り、「何かご用ですか」と声をかけた。

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