11 主人公は檻の中3
ひげの警官に全ての事情を話し終えると、もはや私にすることはなかった。
牢屋――ではなく、「留置所」とかいう狭苦しい部屋に閉じ込められて、壁をにらみながら、ひたすら悶々とするばかりである。
「おのれ貧乏貴族、この恨み、晴らさでおくべきか……」
暇なので、壁に向かって恨み言をつぶやいてみたりもしたが、あまりおもしろくないのですぐにやめた。
ため息をつきながら、粗末な寝台に腰を下ろす。
部屋の中は薄暗い。
明かりは、天井にある小さなランプひとつ。
壁も天井も石造り。ひときわ重そうな扉には、鉄格子のついた小窓がついている。
室内の空気はどんよりと重く、かび臭く、ここで数日も過ごすのかと思うと気が滅入ってくる。
もう1度ため息をついたその時、部屋の外から声がした。「お食事でーす」とやたら明るい声が。
「?」
私は立ち上がり、鉄格子の向こう側をのぞいた。
子供みたいな顔をした警官が1人、お盆を片手に立っていた。「失礼しまーす」と言って扉を開け、部屋の中に入ってくる。
茶髪に明るい茶色の瞳。特にやせているようにも見えないのに、どこかひょろっとした印象を受けるのは、骨格がきゃしゃなのだろうか。
多分まだ15歳かそこら。郷里の弟と、あまり変わらなく見える。
警官にしては若すぎる。見習い、だろうか?
彼が手にしたお盆の上には、ほかほかのライスと、初めて見る料理が……。
「これ、『カツめし』です。カツレツを塩辛いスープで煮てから、卵でとじたやつ。ここの食事じゃ、1番のご馳走ですよ。カメオさん、奮発したんだなあ」
「……カメオさん?」
「ほら、お姉さんの取調べしたひげの人。これ、あの人の奢りですよ」
いいなあ、一切れくださいと言われて。
初対面でずうずうしい、とは思ったが、弟のことを思い出したりしたせいか、何だか情がわいてしまった。
仕方なく了承すると、彼は遠慮なく1番大きい肉の塊をフォークで差し、口に運んだ。そして満足そうにため息をつく。「うまいっ! ……ねえ、もう一切れ、いいですか?」
「だめ」
私は『カツめし』の乗ったお盆を取り返した。
実家が食事も振る舞う居酒屋で、店主の祖父をはじめ、家族はみんな料理が上手だった。
そんな環境で育ったから、食べ物にだけは不自由したことがない。
それが、例の屋敷では粗末でまずい賄いを食べさせられたので、空腹な上に欲求不満でもあった。
夢中で食事をかきこんでいると、視線を感じた。
さっきの見習い警官だ。まだ立ち去っていなかったのか。
「何か用?」
「別に用はないですけど……」
彼はしげしげと私の顔を見て、「なんか、意外に元気ですね」と言った。「もしかして、こういう所に入るの初めてじゃないとか?」
失礼な。
こちとら、盗人の濡れ衣を着せられて留置所に入れられるなんて、人生初体験だ。
ただ。1人で王都に出ると決めた時、それなりの覚悟はしてきた。
これから先は、家族にも、村長にも、親戚や友達にも頼れない。
小娘1人、見知らぬ土地で生きていこうというのだ。多少ひどい目にあったとしても、めそめそ泣いている余裕などない。
泣いたり落ち込んだりできるのは、それが可能な場所と時間を持っている人間だけだ。
「姐さん、カッコイイなあ」
見習い警官がふにゃっと笑う。そんな顔をすると、幼さが余計きわ立つ。
「誰が姐さんだ」
だいたい、せこいサギにひっかかって、留置所で「カツめし」食べてる女がカッコイイのか?
「うんうん、カッコイイ」
何やら気まずくなった私は、「あなた、名前は?」と問うた。
見習い警官は妙に嬉しそうな顔をして、「カルサ。姓はない」と答えた。
「そう、カルサ。もう一切れあげるから、そろそろ仕事に戻りなさいね。こんな所で油売ってないで」
フォークに刺したカツレツを口に押し込んでやると、カルサは人懐っこい笑顔を浮かべて「ありがと」と礼を言った。