118 依頼と道楽
通されたのは、わりと立派な個室だった。
広くはない。私が私室として使わせてもらっている客間と比べても、半分ほどの広さしかない。セドニスと2人、小さなテーブルを挟んで向かい合うと、窮屈に感じるほどだ。
でも、家具や調度品なんかは立派。
密談用の部屋、ってところかな。個室を使えるくらいの上客と、人目をはばかる話をするための部屋。
この場合の上客は私じゃなくて、雇い主であるカイヤ殿下の方なのだろう。
「では、くわしい依頼内容をお聞かせください」
席に着くや否や、セドニスはスーツの内ポケットから手帳とペンを取り出し、本題に入ろうとした。
「ちょ、待ってください」
まだ依頼をするって決めたわけじゃない。そもそも報酬が払えるかどうかわからない――と焦ってまくし立てると、セドニスはいかにもあきれたという顔をした。
「心配せずとも、いきなり法外な値をふっかけたりはしませんよ」
そう言われて、肩の力が抜ける。口と態度は悪いが、信用できる人なんだった。
「カイヤ殿下から、お話は――」
「失踪した父上に関する依頼ということだけ、お伺いしています。ただ、色々と込み入った事情があるので、くわしいことは本人に聞いてくれと」
確かに、込み入った事情はある。できれば、あまり人に知られたくない血なまぐさい事情も。
私がためらっているのを見て、セドニスは言葉を付け足した。
「当然、守秘義務は厳守します。ここで聞いた話を悪用することもありません」
「かなり長くなりますけど……」
セドニスは小さくうなずいて話を促してくる。でも、私はまだ不安だった。
「聞くだけ聞いて、やっぱり依頼はしない――ってことになったら、このお店にとっては迷惑ですよね?」
「…………」
「すみません。でも、私、本当にあまりお金がなくて……」
提示される報酬額によっては、話を引っ込めざるを得ない。
「どうやら、誤解されているようですね」
セドニスはぱたりと手帳を閉じた。
「当店としては、そもそも商売の一環としてこうした依頼を受けているわけではないのですよ」
「商売じゃ、ない?」
つまり、金儲けのためじゃない? だったら、何。まさか世直しとか慈善事業とは言わないよね?
「オーナーの趣味です」
「…………」
「道楽、と言い換えることもできます」
「…………」
「あの方はとにかく荒っぽいことが好きで、厄介事に首を突っ込むのも好きで仕方がないのです。元は傭兵という経歴については聞いていますか? ……そういう人ですから、自然と部下や従業員も同類を集めてしまうのでしょう。オーナー同様、血の気が多く、荒事の得意な連中がうちにはそろっています」
「…………」
「たまには厄介事のひとつも引き受けなければ、皆、退屈してしまうのですよ。ここしばらく依頼もなかったので、今回の件はちょうどいい息抜きに――」
「あの」
さすがに、黙っていられなくなった。人の家の事情を、息抜きや退屈しのぎに使われてたまるか。
しかしセドニスは、いっそ冷ややかにそんな私を見返した。
「趣味でも道楽でもなく、他人の事情に首を突っ込むような物好きが、カイヤ殿下の他に大勢居るとでも? 依頼主が豪商や大物貴族というなら話は別ですが、あなたは違う」
「う……」
そりゃ、大したお礼もできない庶民娘ですけどね。父の件にしたって、自分じゃとても調べられないから人に頼っているわけで、文句を言えた立場じゃないのはわかってる。
「それでも、決めるのはあなたですよ」
依頼するか、しないか。それ以前に、話を聞いてもらうかどうか。
「どうなさいますか? 今日は決めきれないというなら、また日を改めていただいても――」
「……いえ」
あいにく、迷ったり考えたりはここに来る前に済ませてきた。
「最初からお話しします。聞いてください」
というわけで、私は説明した。
父が行商人だったこと。7年前の事件と、突然の失踪。
今年になって舞い込んできた、父に似た人物の目撃情報。それをきっかけに、祖父母と母が隠していた、父の正体――貴族の密偵をしていたという事実を知ったこと。
父はもう戻ってこない。事情が事情だけに、おそらく国内には居ない。
そう母親に聞かされて、それでも王都に出てきた理由についても、あまり言いたくなかったが言うしかなかった。
即ち、魔女に会ったのだと。
自分はノコギリ山の黒い魔女だと名乗る人物に会い、「王都に行けば父のことがわかる」と言われたからなのだと。
「黒い魔女のお告げ、ですか」
セドニスは一見無表情で相槌を打つ。あからさまに馬鹿にしている感じではなかったが、話を信じているようには全く見えなかった。
「……お告げっていうか……」
「他に、根拠は?」
父親が王都に居るという根拠はないのか。問われて、「それだけです」と答える私。
「…………」
沈黙がつらい。何か言ってほしい。
「ひとつ、確認したいのですが」
この件に関して、家族はどう言っているのか? 魔女のお告げに従い王都に行くんだと聞いて、止めようとはしなかったのか。
「家族には、魔女のことは何も話してません」
余計に心配されるだけだから。
「だとしたら、ご家族としては、あなたの行動がまるで理解できないのではありませんか」
父親が王都に居る可能性はないと言っているのに、なぜ王都へ行くのか。
「それは、まあ、売り言葉に買い言葉で、私も色々言ったので……」
ずっと父の正体を秘密にしていた祖父母や母の言うことを鵜呑みにはできないとか、7年前のことだって、いったい何がどうしてあんなことになったのか知りたいとか、父を雇っていた貴族のことも調べたいとか、色々。
セドニスはなるほどとうなずいた。
「5人も犠牲が出た凄惨な事件のことを、ご自分で調べ直したいと」
それは尚更止められただろうと言われて、否定できず。
止める家族を振り切って出てきたこと、祖父には「勘当だ」と怒鳴られたことまで話すハメになってしまった。
「…………」
無言に耐えきれず、「あの、あきれてます?」と私は言った。
セドニスは肯定も否定もしなかった。代わりに、質問してきた。
「あなたが貴族の雇用主にこだわっていた理由はこれですか」
この店で仕事を探していた時、何としても貴族の雇い主を得たいと言い張っていた理由。
「……そうです」
認めると、初めて冷ややかな目を向けられた。
無謀というより、無意味だ。
父親が雇われていた家に、というならいざ知らず、誰でもいいから貴族に雇われたいというのは理解不能だ、と。
殿下にも似たようなことを言われた気がする。……正直、肩身が狭い。
「それにしても、7年前というのが少々引っかかりますね」
セドニスはまた手帳をひらき、手にしたペンを走らせながら言った。
「……? 何かありましたっけ?」
南の国との戦況が悪化した、という他に。
そういや殿下も、「王都がゴタついていた」とか「騒がしかった」とか言っていたような……。
「王族の事故死から始まる政変です」
あの時、殿下がくわしく語らなかった事情を、セドニスはさらっと口にした。
7年前のその年、次期国王の最有力候補と目されていた王子が亡くなったのだと。




