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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第五章 新米メイド、街に出る
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117 新米メイド、街に出る3

 最後の目的地は、「魔女の憩い亭」だ。

 王都の一等地に建つ、酒場兼宿屋。求職者に仕事を仲介する「公共職業安定所」、通称「職安」も併設している。

 観音開きの扉から中に入ると、ダンスホールみたいにだだっ広い飲食スペースがある。

 間もなく昼食時だからか、かなり混み合っていた。軽快な音楽が流れ、ウエイターやウエイトレスがくるくる立ち働いている。

 職安も盛況だ。細長いカウンターの前に長椅子が2列、そこで大勢の求職者が順番待ちをしている。


 仕事を求める人々の姿に、私はかつての自分の姿を重ね合わせた。

 あの日、この場所で、カイヤ殿下に出会わなかったら――。


 ……やめよう。回想なんて始めたら本気で長くなってしまう。


 受付のカウンターには職員が数人、その中に地味な顔立ちをした若い男が居る。

 セドニスだ。この店の制服らしい、黒のスーツとネクタイをかっちり着こなしている。

 近づいていくと、目敏くこちらに気づき、「エル・ジェイドさん」と声をかけてきた。

「お久しぶりです、セドニスさ――」

「順番にお呼びしますので、どうぞ」

 私のあいさつを遮り、事務的に整理券を押しつけてくる。

 そういや、こういう人だったな。


 私は素直に整理券を受け取り、代わりに持ってきた焼き菓子の袋を彼の手に押しつけた。

「……これは?」

「以前お世話になったお礼です。皆さんで召し上がってください」

 セドニスは怪訝な顔になった。

 私が押しつけた袋を、怪しい物でもあるかのようにしげしげと見るので、「ただの焼き菓子ですよ」と説明を添える。

「もしかして、甘い物とかお嫌いでした?」

「……いえ。毒さえなければ、食材の選り好みはしませんが」

「入ってませんよ、毒なんか」

 お礼だと言ってるだろーが。あと、食材じゃなくて、調理済み食品だし。


「なんでそんなに怪しむんですか」

「別に、怪しんではいません。ただ、このようなものをいただく心当たりがなかったもので」

 何だか迷惑がっているようにも見えたので、だったら持って帰ると袋を取り上げようとすると、セドニスはすばやくカウンターの中に引っ込めた。

「ありがたく頂戴ちょうだいします。どんな物でも、食べられる物なら無駄にはなりません」

 全然ありがたがっているように聞こえない。


「なんだ、彼女か?」

 横でやり取りを聞いていたらしい、中年の男性職員が冷やかしてきた。

『違います』

 声をそろえる私とセドニス。

 今の会話のどこに、そんな甘い要素が見てとれるのか。

 私の疑問をよそに、中年職員は愉快そうに目を輝かせて、

「これはオーナーに報告しないとな。息子に女っ気がないって、よく嘆いてるよ」

 だから違うってば――と否定しようとして、私は別のことに気を取られた。


「え? 息子?」

 オーナーさんと親子? ……つまり、この立派なお店の跡取りってこと?

「実の息子ではありませんよ」

 驚く私に、セドニスはことさらそっけなく言った。「もとは縁もゆかりもない赤の他人です。そういう意味では、親と呼ぶのも微妙な相手です」

「おいおい……」

 中年職員の顔に戸惑いが浮かぶ。

 そんな風に言っていいの? と私も他人事ながら心配になったが、

「……縁もゆかりもない自分を養子にしてくれた、物好きで酔狂な人だという意味ですよ」

 それを聞いて、苦笑いを浮かべる中年職員。

 私もなんとなく理解した。言い方はアレだけど、多分、悪口ではないんだろうなと。


 セドニスは話題を変えるためか、「他に用件は?」と私に向き直った。

「あいさつだけが目的だというなら、整理券は必要ありませんね」

 いや、目的は他にもある。……カイヤ殿下から聞いてないのかな。町に出たついでに伝えておくって話だったけど、この様子じゃ伝わってない? 忙しくてそんな暇がなかった?


「あの、これを……」

 私は殿下に書いてもらった紹介状を取り出し、彼に手渡した。

 セドニスは封書を一瞥いちべつし、

「お話は伺っています。殿下から」

 やっぱり聞いてるんかい。だったら、私の用件くらい最初からわかっていたんじゃ。

「順番にお呼びしますので、あちらでお待ちください」

 で、最初のセリフに戻る、と。


 文句を言ってもしょうがないので、ひとまず素直に待合席へと向かう。

 しばらく待っていると、銀のトレイを掲げたウエイターが1人、私のもとに歩み寄ってきた。

 渋い銀髪の紳士だ。確か、おいしいカクテルをサービスしてくれたことがあったはず。

「お久しぶりです」

 老ウエイターはにこやかにほほえみながら、昼食はお済みですかと私に尋ねてきた。

「よろしければ、焼き菓子をいただいたお礼にご馳走したいとシェフが申しております」

「え……、そんな、とんでもない」

 恐縮しつつも、抗いがたい魅力に私は揺らいだ。この店の料理はとってもおいしいのである。

「どうぞ。もしご迷惑でなければ」

「……ありがとうございます」

 結局、誘惑に負けた私は、老ウエイターに連れられて調理場へ。

 

 前にもおいしい賄いをご馳走してくれた調理人夫婦とその娘たちが、今度もおいしい昼食でもてなしてくれた。

 焼きたてのパンを使ったサンドイッチで、ローストチキンにスモークサーモン、クリームチーズにアボカド……と、たっぷりの具材が挟まっている。


 舌鼓を打っているところに、「お待たせしました」とセドニスがやってきた。

「全然、待ってませんよ」

 むしろ、もっと遅くてもよかったくらいだ。そしたら食後のお茶とデザートもいただくことができた。

 見た目も涼やかなフルーツのゼリーに新緑のようなミントの葉が添えられた、とってもおいしそうなデザートと香り立つ紅茶を――。


「セドニスさん、昼食は? 先に休憩を取っていただいた方がいいんじゃないですか?」

「お気遣いは無用です」

 視線で「早くしろ」と促されて、私はフルーツゼリーに未練を残しつつ、席を立った。

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