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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第五章 新米メイド、街に出る
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116 新米メイド、街に出る2

 次の目的地は、警官隊の詰め所だ。

 数人の警官が常時詰めており、街で起きるさまざまなトラブルに対応している。

 遺失物処理や道案内、ひったくりやケンカの仲裁、果ては貴族と商人の揉め事の後始末まで。

 大抵が人通りの多い道にある、四角い平屋根の建物だ。


「おう、どうした。久しぶりだな」

 私が入り口から顔をのぞかせると、中で書類を書いていた警官が顔を上げ、野盗のようなコワモテに愛想のいい笑みを浮かべて見せた。


 私がかつてここを訪れたのは、まだ王都に来たばかりの頃。

 道に迷ったからでも、落とし物をしたからでもなく、使用人として雇われた貴族のお屋敷で、盗みの疑いをかけられたせいだった。

 その時、親身に対応してくれた警官が彼だ。名をカメオという。

 年頃は40代半ば、腹回りが窮屈そうな体型、眼光鋭く、頬には刀傷がある。

 率直に言って悪人面だが、中身はいい人だ。カルサとかニックとか、問題の多い部下に振り回されている苦労人でもある。


 そのカルサとニックの近況について聞いてみると、カメオはもともと怖い顔をしかめて、「さあな」と吐き捨てた。

 ユナが言っていた通り、警官隊を追い出されたまま、しばらく音沙汰がないらしい。

 放っておいてもだいじょうぶなのかと聞いても、

「あいつらは、1度懲りた方がいい」

と鼻息荒く断言する。

 2人の上司に当たる彼は、警官隊の創始者ジャスパー・リウスに監督不行届を責められていた。

 同じく巻き添えで説教をくらった私も、深く共感するところだけど。

 あいつらが、果たして追い出されたくらいで懲りるのか。……という点については、今は口にしないでおこう。


「こりゃうまそうな菓子だな。あんたが作ったのか?」

 おみやげのお菓子はとても喜んでもらえた。彼も彼の家族も、甘い物が好きなんだって。

「にしても、わざわざあいさつに来るとは義理堅いことだな。あんなろくでもない目に合ったんだ。普通は早く忘れたいだろうに」

 確かにろくでもない目にあったが、それとこれとは別である。

 私の実家は客商売だ。「あいさつ」と「義理」を軽んじてはいけないと、幼い頃から祖父に叩き込まれている。


「むしろ、ごあいさつが遅れてすみませんでした。本当はもっと早くに来たかったんですけど……」

「まあ、城で働いてりゃ、そう簡単に町には出られんだろう」

 カメオは納得したようにうなずいてから、仕事はどうだ、と聞いてきた。

「カイヤ殿下に雇われたんだろう。うまくいってるのか?」

 はい、うまくいってます、何も心配ありませんと答えるには、いささかためらいがあった。

 働き始めてわずか1ヶ月あまり。その間、ルチル姫の事件やら、夜会での事件やら、色々あり過ぎた。

 でも、殿下には良くしてもらってるし、クリア姫は可愛い。好きな家事をして、お給料がもらえて、お屋敷での暮らしはとても快適だ。


 だから自然に笑って、「だいじょうぶです」と言えた。「お城の留置所は、ここより立派でしたし……」

「……何があったんだ、おい」

「些細なトラブルです」

「…………」

 カメオは何だか難しい顔をして、ひげで覆われたあごの辺りをぽりぽりかいた。


「カイヤ殿下は、アレだな。間違いなく善人だとは思うが、ちと変わり者なのが珠にキズだな。ごく普通の人間のはずでも、あの人と関わると、いつのまにか常識をなくしちまう」

 ちろり、と私の顔を伺って、

「あんたは普通の娘に見えたがなあ……」

 自分でも普通だと思っている。また、「常識」をなくしたいとは思わない。

「ああ、いや。そうとも限らんか」

 ここの留置所に無実の罪で入れられた時、私が怒って大暴れしていた――という話を持ち出されて、素知らぬ顔を取り繕う。


「普通はな。あんな状況に陥ったら、顔色を失くして言葉も出ないもんだ。その点、あんたは肝がすわってた。ひょっとしたら、カタギの娘じゃないのかもしれんと思ったよ」


 正真正銘、カタギの娘である。ただし、片親はカタギじゃなかったらしい。

 ふと、父のことを相談してみようかと思った。カメオなら信用できるし、親身になってくれるかも……。

 そう思ったけど、今はやめておこう。

 ちょうど道に迷ったらしい旅行客が詰め所に入ってきたので、ここらでおいとますることにする。

 カメオは「いつでも来いよ」と見送ってくれた。


 詰め所を出たところで、私はまたジェーンらしき人を見かけた。

 通りを挟んだ向こう側で、何をするでもなく立っている。

 今度は確かに目が合った。けれども、ジェーンは無反応だった。表情を動かすこともなく、すぐに背中を向けて立ち去ってしまう。

 他人の空似、ってことはないと思う。もしかして、私のことを覚えていない?

 気にはなったが、既に立ち去ってしまった人間に聞いてみることもできないし。

 若干後ろ髪を引かれつつ、次の目的地へ――。

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