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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第四章 新米メイド、夜会へ行く
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113 幼なじみ

 ようやく庭園に戻ってこられたのは、真夜中も過ぎた頃。

 遠目に見るクリア姫のお屋敷には、こんな時間でも明かりが灯っていた。


 ――ああ、姫様。待ってくれてるんだ。


 それを見た瞬間、心が温かくなって、私は自然と足を速めていた。


 距離が近づくと、玄関先に誰かが立っているのがわかった。

 クリア姫ではない。護衛のユナ・リウスだ。こちらに気づいて、手を振っている。


「おかえり、エルさん。無事で良かった。カイヤも、久しぶりー」

 人なつっこい笑みを浮かべて、幼なじみのもとに歩み寄るユナ。

 この展開はハグする流れか、と思ったら予想通りだった。

 ぎゅっと抱きしめられて、「数時間前に会ったばかりだろう」と指摘しながら、ユナの手から逃れようとするカイヤ殿下。

 私は「おや?」と思った。

 なんか、動揺してる? 視線も泳いで、照れくさそうだし。


 ユナはツッコミにもめげず、今度は後ろから殿下の首に腕を回し、もう片方の手でわしわしと黒髪をかき回した。

「……仲がいいんですね」

「まあねー。昔から、顔見るといじりたくなって」

 ユナは悪びれずに答えているけど、幼なじみにしても、ちょっと度を越してない?

 もう少しくわしく2人の関係性について知りたいと思った時、背後に気配が生まれた。

 クリア姫が、騒ぎに気づいてお屋敷から出てきたのだ。


 幼い姫君は、形容しがたい、何とも複雑な表情を浮かべていた。

 突然の事件に対する動揺。兄が来てくれたという安堵。罪人の疑いをかけられ、連行されたメイドへの気遣い。その無事を喜ぶ顔。そして、兄殿下が幼なじみに抱きしめられているという状況に戸惑う顔。


 しばしフリーズした後、クリア姫が選択した表情は――私への気遣いだった。

「エル、無事に帰ってこられたのだな」

 だいじょうぶか、ケガはないかと心配されて、私はまた気持ちが温かくなった。

「だいじょうぶですよ。何もない部屋にしばらく居ただけで、別にひどいことはされてませんから」


 カイヤ殿下も妹姫に歩み寄り、「彼女の疑いは晴れた」と言った。

 クリア姫はホッと安堵の表情を浮かべ――またその表情を曇らせて、こう言った。「兄様、叔母様のケガの具合はどうですか?」

 やっぱり人のことを心配するのね、この姫様は。

 カイヤ殿下は「くわしく説明する」と言って、ひとまず一同、お屋敷の中へ。そこで待っていたダンビュラも含め、全員に事件の経過を説明する。


「魔女の宴」の会場で、アクア・リマが襲われかけたこと。

 その場で取り押さえられた犯人は正真正銘の近衛騎士で、フローラ派に属していたこと。動機については推測できる部分もあるが、現時点ではわからない。

 例の「薬」のことや、南の国の陰謀がどうこう、なんて疑惑に関しては話さなかった。


 ざっと話し終えたところで、誰かのお腹が鳴った。

 ……誰かのっていうか、私の。

 夕食は夜会の会場で軽くつまんだだけで、その後は何も食べていない。そりゃお腹もすくよねってなもんである。


「よかったら、夜食でも食べる?」

 そう言って立ち上がったのは、なぜかこの屋敷の住人ではないユナだった。

「さっき、ここの台所を借りて作ったんだ。あたしもお腹すいたし、クリアちゃんも何か食べた方がいいんじゃないかと思って」

「料理など、いつ覚えた?」

 カイヤ殿下が意外そうに目を見開く。

「んー、警官隊に入ってから。隊舎では自炊しなきゃいけないから」


 ユナの料理は、いかにも独身者らしい、シンプルかつ豪快なものだった。

 かたまりのまま茹でた肉を薄切りにして、ざくざく切った野菜と一緒に山盛りのライスに乗せ、ソースをかけてある。


 一口食べて驚いた。

「おいしい……」

 ちょっとクセのある辛めのソースと、意外にあっさりした茹で肉が絶妙にマッチしている。

「うまいな」

 殿下も同じ感想を口にした。私と同じで空腹だったらしく、豪快な料理を豪快に、しかし品良くかき込んでいる。


「それにしても、隊舎で暮らしていたとはな。ずっと実家に居るものとばかり思っていた」

 ユナは自分もライスを頬張りながら相槌を打つ。

「実家の部屋はそのままにしてあるよ。でも、やっぱり仕事が忙しくて、うちから通うのは不便でさ」

「父上や母上が寂しがっているのではないか」

「全然。うちは大家族だから、1人欠けたくらい、誰も気にしないよ。上の兄貴にまた子供ができたし、叔父さんがまた結婚したいとか言い出してるし」


 リウス家は大所帯で、曾祖父のジャスパー・リウスを筆頭に、祖父母や叔父叔母やイトコたち、大叔父や大叔母まで一緒に住んでいるんだそうだ。

 ユナの父親がジャスパー・リウスの4人目の孫で、ユナ自身は5人兄弟の3番目とのこと。……って、マジで何人家族なんだろ。


 おかげで家族との関係はさほど密ではなく、子供の頃は実の兄弟たちより、幼なじみ仲間とよく遊んでいた――とユナは語った。

 カイヤ殿下を目で指して、

「昔、うちに住んでたんだよね、短い間だけど。いろんな奴に命とか狙われて危なかったから、うちのひいじいさんが匿うことになってさ」

「あの時は世話になったな」

 ヘビーな話を、軽い口調で話す幼なじみ2人。

 当時まだ生まれておらず、話に参加できないクリア姫は、兄殿下の隣で少し居心地悪そうにしている。


 遅い夕食の後、街に帰るというユナを、カイヤ殿下が送っていくことになった。

 城門はとっくに閉ざされている時刻なので、お城の中にある「秘密の抜け道」を案内するのだという。

 偉い人専用の、緊急脱出路のことだ。本来は気軽に通れる場所ではないが、カイヤ殿下はたまに使っている。その理由については省略。王国民としては、少しばかり情けなくなる話だから。


「ついでに飲みに行かない?」と冗談を言うユナに、「明日も仕事があるだろう」と真面目に返すカイヤ殿下。

「そんなのいいじゃん、久しぶりに会ったんだしさ」

 ユナは屈託なく笑って、殿下の肩を叩く。親密そうな空気が伝わってくる。


 2人を見送った後、玄関先でじっと動かないクリア姫に、私はためらいがちに声をかけた。

「あの……、姫様? そろそろ休まれた方が……」

 びくりとクリア姫の体が震えた。

「そうだな。もう休もう」

 言うなり、自分の部屋の方へ走って行ってしまう。

 や、別に走らなくても……。


「妬いてるな」

 ダンビュラがぼそっとつぶやく。

「……妬いてるんですか」

「殿下もまんざらじゃなさそうだしな」

「それは……」

 微妙だと思う。人として幼なじみとしての好意は持っているようだが、恋愛的な意味の好意かどうかまでは――。

「ま、どうでもいいさ」

 俺も寝る、と言い捨てて去っていくダンビュラ。


 私はしばし玄関先に立ち尽くした。

 なんか、すごく重大な事件が起きたはずなのに、ちょっと気が抜けてしまったな……と思った。

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