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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第四章 新米メイド、夜会へ行く
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109 処刑人の血

 連れて行かれた先は、宰相閣下の執務室だった。

 一国の宰相が、執務を行うための部屋である。当然そこに行くためには、兵士が守る扉や階段を幾度も通り抜けなければならない。

 そうして辿り着いた場所は、すごく広くて立派な廊下だった。

 さりげなく飾られている調度品はどれも一級品、窓や扉には凝った彫刻が施され、たまに通り過ぎる兵士や文官はみんな姿勢が良くて、流れる空気すら普通とは違う気がする。


 ちなみに廊下の先には、国王陛下の執務室もあるという。

 他にも、大臣たちの執務室だとか。彼らが集まって会議を行うための部屋だとか。

 まさに国政の中心地というわけだ。


 ただ、足を踏み入れた室内は、以外にも簡素だった。

 執務机や本棚や資料棚、さらに大量の書類が所狭しと積み上げられているせいで、狭くも感じられる。

 入ってすぐの所に応接スペースがあり、革張りのソファーと、一応高そうな絵が飾られている。

 でも、それだけだ。本当に、装飾と呼べるものは。

 部屋のあるじの多忙さと、無駄を好まない性格が伝わってくるような内装であった。


 執務室に入ると、宰相閣下はすぐにソファーに腰を下ろした。

 カイヤ殿下がその向かい側に。

 銀髪の騎士は席につかず、入口近くで待機。

 私も彼女の横で待機……のつもりだったが、「君も座って」と宰相閣下に指示されて、仕方なく殿下の横に腰掛けさせてもらう。


「それで?」

 宰相閣下が、私と騎士の顔を順ににらみつける。「どっちが先に事情を話してくれるのかな?」

 事情説明というより尋問のような、きっつい口調だった。「ような」というか、実際にそうなのかもしれない。


「そういえば――」

 カイヤ殿下は叔父の不機嫌にも動じず、同じように私と銀髪の騎士とを見比べて、

「2人は初対面だったな。先に紹介しておこう」

 まずは銀髪の騎士を目で指して、

「彼女はジェーン・レイテッド。見ての通り、近衛騎士だ」

「はじめまして」

 静かに一礼する銀髪の騎士。

 繊細そうな顔立ちに似合わない低音ボイス。ちょっと割れたような、かすれたような……意外にハスキーな声。

「はじめまして。エル・ジェイドと申します」

 自分もあいさつしてから、「あの、失礼ですけど、レイテッドって貴族家の――」

 あの孔雀、いやレイリアの関係者なのかと問えば、ジェーンは「いえ、私は平民です」とあっさり否定した。


「祖父の代にレイテッドの当主に仕え、姓を賜りました。『地獄の処刑人』という称号と共に。そもそも、両者の出会いは、流れ者だった祖父が戦場で敵将を討ち取り、恩賞として城に召し抱えられたことから始まり――」


「くわしい話はいいから」

 まだまだ続きそうなジェーンの語りを、面倒くさそうに遮る宰相閣下。

「……地獄の処刑人?」

 が、私は語りの内容が気になってしまった。

 ジェーンは無表情でうなずいた。宙を見すえたまま、訥々と、つぶやくような口調で、


「祖父は罪人の首を斬る役人でした。相手が屈強な男でも、抵抗し、激しくもがき暴れても、1度もしくじることなく、一撃で首を落としたそうです。その腕前を称えて、当時の法務大臣だったレイテッドの当主から頂いた称号が『地獄の処刑人』です」


「…………」

 称えてるのかな、それ。少し怖い気がするんですけど。身内がそんな風に呼ばれたら嫌じゃないのかな……。

「私は祖父を尊敬しています」

 嫌ではなかったらしい。それどころか、ジェーンの瞳はちょっと怪しい熱を帯びていた。

「いつか祖父のような仕事をしたいと、憧れています――」

「そ、そうですか」

 私は内心どん引いたが、顔には出さないようにした。

 この国に法律というものがあって罪人が存在する以上、処刑人だって必要な仕事だ。偏見はいけない。怖いとか、思ってもいけない。多分。


「自己紹介は終わった?」

 宰相閣下が皮肉っぽく言って、ジェーンの長身を見上げる。

 ジェーンは宰相閣下には答えず、カイヤ殿下に尋ねた。「もっとくわしく説明した方がよろしかったでしょうか?」

「いや、十分だ」

 カイヤ殿下はどん引くでもあきれるでもなく、普通に言った。

「それより、今日のことを話そう。先程言ったように、このジェーンがクリアの護衛を務めるはずだった」

 しかし都合がつかずに来られなくなったと、そう言っていたのはハウライト殿下である。

 具体的には、何があったのか。カイヤ殿下の説明によるとこうだ。


 今日の午後になって、殿下のもとに、叔母上様から――宰相閣下の奥方様から、連絡があった。

 何でも流行の髪型を本で見たとかで、その髪型がクリア姫に実に似合いそうなものだったので、ついでに新しいドレスとアクセサリーも手に入れたので、夜会の前に、是非とも寄ってくれないかと。


 ……要するに、夜会の当日に言われても困るよ、ってな話だったのだ。


 とはいえ、無視するわけにはいかない。

 さすがに今からでは無理だ、次の機会でいいだろうと叔母上様を説得するため、殿下は宰相閣下のお屋敷に向かった。その際、ジェーンも一緒に連れていった。

 ジェーンは叔母上様と面識がなかった。なので、宴の前に軽く顔合わせしておこうと思ったらしい。

「結果的には、それが仇になったと言えなくもないが……」

 殿下は微妙な表情で口ごもる。


「……何かあったんですか?」

 私が遠慮がちに問うと、「あったに決まってるでしょ」と宰相閣下がかみついてきた。

 今日は随分と機嫌が悪い。前に会った時は、たとえ嫌味でも冷ややかな態度であっても、もう少し余裕を感じさせる人だったはずだが。

 そういや、ユナが言ってたっけ。宰相閣下の奥方がケガをした、って。


 本当に、何があったのか。答えたのはジェーンだった。

「奥方様にごあいさつをすませ、宴に出席するため、共にお屋敷を発とうとした時でした。突然、何者かの襲撃を受けたのです」

 いきなり物騒な単語が出てきて、私は面食らった。「襲撃?」

「物陰から、矢で狙われたのです。私はとっさに奥方様を突き飛ばし、襲撃者の後を追いました」


 襲撃者は1人だった。

 やたら身軽ですばしこい相手だったそうで、かなり長時間追い回したが、捕らえることはできなかった。

 単身、曲者を追いかけていった部下を、カイヤ殿下も放っておくわけにはいかなかったらしい。

 ともかくハウライト殿下に連絡を取り、簡単に事情を伝えてから、他の部下たちと共にジェーンを探した。結果、クリア姫のお迎えには来られず。


「で、君に突き飛ばされた妻が腰を痛めたわけだけど」

 宰相閣下が、氷のように冷たい目をしてジェーンを見すえる。

「不可抗力です」

 ジェーンは全く動じない。

 宰相閣下のまなざしが、より冷えた。


 雰囲気に耐えかね、私は小声で殿下に話しかけた。「あの、叔母上様のケガって……」

「少し腰を打っただけだ。念のため夜会は欠席したが、医者の見立てによれば、数日で良くなるらしい」

「……良かったですね」

「ああ、不幸中の幸いだった」

 そのセリフを聞きとがめた宰相閣下が、トゲのある視線を甥にも向ける。

「他に言うことはないわけ。自分の身内がケガさせられたっていうのに?」

 責められた殿下は、素直に頭を下げた。

「叔父上。その件については、本当に悪かったと思っている。俺の部下が迷惑をかけた。……だが、彼女も悪気があったわけではない。自分の役目を果たそうとした結果、起こってしまった事故だ。許してやってくれないか」

「殿下の仰る通りです」

と胸を張るジェーン。「奥方様の件は、真に不幸な事故でした」


 彼女がしゃべればしゃべるほど、宰相閣下の不機嫌は増していくようだ。

 ……無理もない。

 類は友を呼ぶのか、カイヤ殿下の周りにはわりと変人、もとい個性的な人が多いけど、この女性騎士は相当だと思う。


「あの、すみません。結局、その襲撃? っていうのは、今日の夜会で起きた事件と、何か関わりがあるんでしょうか?」

 殿下は「わからん」と首を横に振った。

「俺も叔父上も敵が多いからな。このタイミングでどこぞの刺客が狙ってきたとしても、別におかしくはない」

 どこぞの刺客が狙ってきたとしても、ってそんな軽く言わないでほしい。

「関係があるのかないのか、現段階ではわからん」

「結局、曲者には逃げられちゃったしね」

「すばやい賊でした」

 宰相閣下の嫌味にも、涼しい顔のジェーン。

 2人の横で、殿下は何やら考え込んでいる。


「あのう……」

 再び雰囲気に耐えかねた私が口をひらこうとすると、ふいに宰相閣下の顔がこっちを向いた。

「で、君の方は? どういう成り行きで捕まったりしたのか、きっちり説明してくれる?」

 頭から疑ってかかるような言い方に釈然としないものはあったが、それでも私は説明した。……正確には、説明しようとした。

 しかし宰相閣下は、私がほとんどしゃべらないうちから「本当に?」と聞き返してきた。「犯人を手引きしたんじゃないの?」

「そんなの、してませ……」

 私の抗弁を、宰相閣下は鼻先で笑い飛ばした。

「どうだか。何しろ君は、密偵だった父親の素性も明かさなかったくらいだからね。隠れて何か企んでいたとしても、全然不思議はない」

 痛いところを、真っ向から突かれて口をつぐむと、「その件は今関係ないだろう」と殿下がかばってくれた。


「関係ないかどうか、わからないから聞いてるんだよ」

「彼女に不審な点があるとでも?」

「大ありだよ。事件の直前に席を外し、あの騎士と一緒に居るのを目撃されている。彼女が手引きしたとしたら筋が通るだろ? 今のところ、あの騎士がどこから会場に入り込んだのか、わかってないんだし」


 夜会の会場には、主催者に招待を受けた者か、その護衛や侍女しか入れない。

 私はハウライト殿下とクリア姫と一緒に来たから2人の顔パスで入れたが、他の客たちは入口で警備兵のチェックを受けていた。


「あの騎士は魔女の宴に招待されてはいなかった。もちろん警備兵でもない」

と宰相閣下は断言した。

「どこかのワガママ王女のせいで、謹慎中だったからね」

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