108 困惑
――いったい、何が、どうなってるの???
狭苦しい小部屋の中で、私はひたすら自問を繰り返していた。
あの後、ヒルデ・ギベオンは兵士に連行されていった。
当然のことながら、夜会は即刻おひらきとなり、招待客はそれぞれ引き上げていった。私も、本当ならクリア姫と一緒にお屋敷に帰るはずだった。が。
問題は、女性騎士が会場に入る寸前、言葉を交わしたことだ。
偶然ぶつかりそうになって、謝罪ついでに短く言葉を交わした、ただそれだけなのに。
「あのメイドが狼藉者と話していた」
と、警備兵の1人が叫んだせいで、まるで犯人を手引きした共犯であるかのような疑いの目を向けられてしまったのである。
どうも、目立つ白い髪が仇になったようだ。あの騎士とほとんど同じタイミングで会場に戻ってきたことも、怪しく見えたらしい。
警備兵に拘束されかけた時、すぐにユナが駆け寄ってきてくれて、「この人はクリスタリア姫のメイドだ」と言ってくれたおかげで、手荒なことはされずにすんだ。厳しい取り調べを受けたりもしていない。
……ただ、この部屋に連行されて、「容疑が晴れるまで」と放っておかれているだけ。
そこは殺風景な小部屋だった。
窓はなく、ひとつしかない扉には鍵がかけられている。扉の小窓には鉄格子。室内には椅子とテーブルが一組。
多分、王宮内で何か事件とかが起きた時に、容疑者を拘束して、取り調べを行うための場所なんだと思う。前に捕まった、警官隊の留置所と雰囲気が似ている。
部屋の中には時計もある。
飾り気のない、壁掛け時計がひとつ。
私がここに連れて来られてから、既に2時間ほどが経過している。
「すぐに出られるようにしてあげるから、待ってて」
とユナは言っていた。
そう。普通に考えればすぐに出られる、はず。
だって、誤解だし。100パーセント無実なんだし。このまま、あらぬ疑いで処罰されるなんてことあるわけがない。だいじょうぶ。わかってる。
それでも1人で居ると、否応なしに不安がふくらんだ。
だいたい王都に来てから、ちっとも普通じゃない災難続きだった。
サギに引っかかり、無実の罪で3日も留置所に入れられ、ようやく仕事にありついたと思えば、休日に出かけた街でも妙なトラブルに巻き込まれ。
知り合いの少年に、「かなり運が悪い人」と称されるほどの不運。もしかしたら、今回も……とどうしても考えてしまう。
ひょっとして私は、呪われてるんじゃないだろうか。
いっそ、お祓いでもしてもらおうか。ここを出られたら、礼拝堂に行って、司祭様にお願いして……。だけど、本当にちゃんと出られるの?
「ああああああ……」
1人で頭を抱え、無駄に部屋の中をうろうろする。
檻の中の熊状態になっていたら、コンコン、とノックの音がした。
続けて聞こえたのは、「俺だ、エル・ジェイド。迎えに来た」という声。
ぱあっと目の前に光が差し込んだような気がした。
「カイヤ殿下っ……!」
ドアに駆け寄る。ガチャガチャと鍵を回す音がして、ドアが開く。私の前で、自由への扉がひらかれる。
「来てくださったんですね!」
そのまま扉の向こうの雇い主に駆け寄ろうとしたら、そこに居たのは予想外の人物だった。
「ええ、来ましたよ」
つぶらな瞳、愛嬌のある顔立ち。
ぽっちゃり体型で手足が短く、ぱっと見、くまのぬいぐるみを連想させる。
敏腕冷酷、目的のためなら手段を選ばず――という噂とはかけ離れたその容姿。
扉の向こうで、にこにこ笑っていたのは宰相閣下だった。
「狼藉者を手引きしたそうですね。普通なら即刻処刑ですが、かわいそうだから国外追放くらいにしてあげましょう」
「叔父上、悪い冗談はやめてくれ」
ハッと顔を上げると、宰相閣下の後ろからカイヤ殿下が現れた。
「殿下……」
「災難だったな。ケガはないか?」
ああ、なんて優しいお言葉。見慣れた美しい顔立ちも、この状況では後光が差して見える。
私は感激で瞳を潤ませながら、何度もうなずいた。
「だいじょうぶです。でも、よかった……。また何日も留置所に入れられることになったらどうしようって、私……」
「君は前科でもあるんですか」
私のセリフを聞きとがめた宰相閣下が、愛嬌のある笑みを消して冷ややかに言った。
「前科じゃありません、無実の罪で捕まっただけです」
ちなみに今回も無実ですから、と付け加える。
宰相閣下は疑わしそうに眉をひそめたが、カイヤ殿下は「わかっている」とうなずいてくれた。
「話を聞かせてくれ。おまえの身に、何が起きたのか」
「わかりました」
と言っても、大して話すこともないんだけどね。偶然あの女性騎士とぶつかって、運悪く誤解されたってだけ。
「だったら、まずは場所を変えようか」と宰相閣下。
「ここじゃ誰が聞いてるかわからないし、どんな話が飛び出てくるかもわからないし」
微妙に引っかかる言い回しに不満を覚えつつ、こんな場所に長居したくないのは私も同じ。
というわけで、部屋の外に出て、また驚いた。
そこに、もう1人居たのだ。
初めて見る人物、それも、目を引く容姿の女性が。
背が高い。多分180は優に越えているだろう。
長いシルバーブロンドを、複雑な形に頭上で結い上げている。私も自分の白い髪をシルバーブロンドと主張したことがあるけれど、艶とか色合いとか、もう全然違う。
切れ長の美しい瞳もシルバーだった。
肌は白く、唇の色も薄く、どこか生気のない――いや、人間離れした印象を受ける。等身大の人形か、彫像のようだ。
目が合うと、小さく目礼してくる。
彼女が身にまとっているのもまた、近衛騎士の制服だった。
「ああ、彼女も関係者だよ」
驚く私に、宰相閣下が言った。いかにも迷惑そうな顔で私と騎士を見比べて、
「君と同じで、色々やらかしてくれたんでね。まとめて事情を聞かせてもらおうかと思って」
やらかした? 何のこと?
戸惑う私に、カイヤ殿下が教えてくれた。
「彼女は今日、クリアの護衛を務めるはずだった騎士だ」
「え」
クリア姫の護衛を、務めるはずだった?
思わず女性騎士の顔を見るが、直立不動で控えているだけ。表情も動かない。まるで、本物の彫像みたいに。
「ってことは、あの……。夜会で剣を抜いた女騎士は偽物……?」
「いや、偽物ではない。正真正銘の近衛騎士だ」
「………?」
「そうだな、どこから説明すべきか――」
思案するカイヤ殿下を、宰相閣下が急かす。
「ほら、そんな所で話し込んでないで、行くよ」
気のせいでなければ、その声にも口調にも、あからさまなトゲがあった。




