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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第四章 新米メイド、夜会へ行く
108/410

107 事件

 何だかんだで、小1時間もクリア姫のおそばを離れてしまった。

 早く戻ろう。きっと心配している。

 お城の回廊を、私は小走りに進んだ。

 ……と、急いでいたせいで、周りをよく見ていなかったのだろう。別の方向から走ってきた誰かとぶつかりそうになった。

 一瞬、不可思議な香りがする。

 果物のような、ミントのような、清涼感のある香り。


「失礼」

 よろけた私を、相手の手が支えてくれる。

 私より少し年上の女性だった。身にまとっているのは、両サイドにシルバーのラインが入った白い服。既に見慣れた、近衛騎士の制服だ。


 女性にしては背が高く、短く切りそろえた黒髪と、凜々しい顔立ち、何よりその端正なたたずまいに、私は見惚れてしまった。

 クロムなんかとは全然違う。これぞ本物って感じの騎士だ。


「……何か?」

「あ、すみません」

 私は慌ててクリア姫のメイドだと名乗り、「もしかして、今日、来られるはずだった……?」

 護衛として来るはずだった、女性の近衛騎士なのでは。

 その推測は当たりだったようだ。彼女は軽くうなずくと、姿勢を正して一礼した。


「はい。ヒルデ・ギベオンと申します。以後、お見知りおきを」

 魅惑的な微笑に、頭がくらくらする。こんなかっこいい女性って居るんだ……。

「遅れて申し訳ございません。姫君はどちらに?」

 ヒルデと名乗った騎士は急いでいるらしく、早口で聞いてきた。

「あ、ホールの方に……」

「そうですか、わかりました」

 すばやく身を翻し、回廊を去っていく。カイヤ殿下はご一緒じゃないんですか? と尋ねる暇もなかった。

 置いていかれてしまった私は、とにかく自分もクリア姫のもとへと急ぐことにしたのだが――。

 その後の展開は予想外だった。


 私が、夜会の会場に戻った時。

 そこはあいかわらずにぎやかで、きらびやかで、美しく着飾った貴婦人たちの笑い声と、オーケストラの音色が優雅に響いていた。

 クリア姫もすぐに見つかった。先程と同じ料理のテーブルのそばで、ユナと一緒に居る。

 あのマーガレットというご令嬢の姿は見当たらない。それに、先程ぶつかりそうになった女性騎士の姿もない。


「姫様――」

 招待客の間を縫うようにして近づいていくと、クリア姫もすぐに私に気づいて、安心したように笑いかけてくれた。

「遅くなって、すみませ――」

 突然の悲鳴と、けたたましい物音が響いたのは、その時。


 オーケストラの音色がやむ。

 静寂が、辺りを包む。

 楽しげに歓談していた貴婦人たちも、音楽に合わせてダンスをしていた令嬢たちも、誰もが凍りついたように動きを止めている。


 何が起きたのか。

 物音の方を振り向いた私は、信じられない光景を目にしていた。

 あの、ヒルデ・ギベオンと名乗った騎士が、ついさっき言葉を交わしたばかりの彼女が――剣を抜いている。

 近くに居た宴の客たちが数人、腰を抜かして逃げ出そうとしている。彼女たちが落としたものか、砕けたグラスが床に散乱している。


 ヒルデの視線の先には、ダークブラウンのドレスをまとった美女が居た。

 アクア・リマだ。その背中側にはフローラ姫と、さっきの侍女さんも居る。


「王家に仇なす悪女アクア・リマ! 白い魔女の名のもとに天誅を下す!」


 声高に叫び、手にした剣を振るうヒルデ・ギベオン。

 複数の悲鳴と、物音が交錯する。


 何が起きたのか、よくわからなかった。

 色とりどりの人影がヒルデに殺到して――気づいた時には、女性騎士は床に組み伏せられていた。

 派手なメイド服の女性たちによって。

 あれは確か、レイリア・レイテッドが連れていた……。


 そのレイリアは、少し離れた場所から様子を眺めていた。

 孔雀の羽根飾りがついた、派手な扇を揺らめかせて。

 さっき騎士団長のことを話題にしていた時と同じ、恐ろしく冷たい目をして。


 アクア・リマは元の場所から動いていなかった。

 騒ぐでも脅えるでもなく、ただ静かに、取り押さえられたヒルデを見下ろしている。

 対照的に、今にも倒れそうなほど青ざめたフローラ姫を、あの優しそうな侍女さんが自分の体でかばっている。


「曲者を連行なさい」

 レイリア・レイテッドが命じる。

 その言葉で、ようやく周囲の客たちも状況が飲み込めたのだろう。

 会場内は騒然となった。

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