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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第四章 新米メイド、夜会へ行く
107/410

106 遭遇2

『…………』

 私とフローラ姫は、ひたすら固まっていた。

 私は本を拾おうとした姿勢のまま、フローラ姫は立ち去ろうと片足を踏み出した体勢のまま。

 虚しく吹きすぎていく風。遠いオーケストラの音色。


 ――誰か来て。この状況をどうにかして。


 私の願いは、天に通じた。


「フローラ、そんな所で何をしているの」

「お嬢様、どうなさったんですか?」

 中庭の下草を踏み分けて登場したのはアクア・リマと、侍女の服を着た、50代くらいの優しそうなおばさんだった。


 2人は私とフローラ姫が固まっているのを見て、さらには姫の手元に落ちている本も見て、

「あなたは、また……」

 うんざりした声でつぶやいたのはアクア・リマ。

 一方の侍女さんは、軽い足取りで私に近づいてくると、落ちた本をひょいと拾い上げ、にっこり笑いかけてきた。

「まあ、見てはいけないものを見てしまわれましたね? かわいそうだけれど、口封じをしなければ」

「悪ノリしないの」

 侍女さんのセリフに、あきれ顔のアクア。

 それからあらためて私に向き直り、

「あなた、クリスタリア姫の新しいメイドね」


 とっさに、返事ができなかった。

 間近で見ると、アクア・リマはかなり目力がある。

 ちょっと蓮っ葉な空気っていうの?

 そういえば下町出身だっけ、と思い出す。飲まれてしまって、言葉が出てこない。

「話は聞いてるわ。うちの下の娘がお世話になったそうね」

 下の娘って、ルチル姫?

 お世話したっていうか、1度会っただけなんですが。


「……まあ、その辺りの話はいいわ。お騒がせして、悪かったわね」

 行くわよフローラ、と娘の背を押す。

「参りましょう、お嬢様」

 姫君の手を引く侍女さん。

 2人に前後から促されて、ようやくフローラ姫がぎくしゃくとした動きで歩き出す。

 そのまま立ち去ろうとする3人だったが……。


「あのー……」

 私はどうにも気になることがあって、呼び止めてしまった。

「その本、もしかして……」

 私も愛読している、クロサイト様がモデルの、有名な小説シリーズ――に、似ている。わざと似せたように、装丁が酷似している。

 更に言えば、先程ひらいた本のページに、とてもなじみ深い人物の名前があった。

「パロディとか、二次創作ですか?」

 だとしたら、さっきの挿絵に描かれていたのって……。


 無言を貫いていたフローラ姫が、私の指摘に「ひっ」と身をすくませた。

 母親のアクアが振り返り、いかにも迷惑そうに顔をしかめて、

「余計なことは言わないで。長生きしたいでしょ?」

 字面だけ読むと、物騒な脅し文句にしか聞こえないんだけど、間の抜けた状況のせいでそうは思えなかった。

 気のせいでなければ、軽口を言っているようでもある。

 私はなんとなく、カイヤ殿下のアクア評を思い出した。

 この人って、敵……なんだよね?


「忘れなさい。それがあなたのためよ」

「そうしてくださいましな。お嬢様の名誉のためにも」

 フローラ姫を両側から支えるようにして、去っていくアクアと侍女さん。

 最後に、フローラ姫が私の方を振り向いた。

「…………」

 言葉はなかった。

 ただ、必死な、すがるような目をしていた。

 何を訴えていたのだろう。誰にも言わないでほしいとか、そういうこと?


 ……どうしよう。

 カイヤ殿下に報告すべきなんだろうか。

 フローラ姫は腐女子、という衝撃の事実を――。


「…………帰ろ」

 つぶやいて、夜会の会場に引き返す。

 いつのまにか、気分の悪さもすっかり吹き飛んでいた。

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― 新着の感想 ―
[一言] お久しぶりです! 第四章でも、出てくるキャラクターたちの性格が良い意味で予想外で、それでも納得がいく素敵な造形となっており楽しいです♪ アクア・リマが賢い女性っていうのが何となく愛妾とい…
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