105 遭遇1
「うー……」
こみ上げる吐き気に呻く。
「気持ち悪い……」
宴の会場に隣接する、王宮内の中庭。その隅っこに設置されたベンチに、私は腰掛けていた。
あの後、クリア姫やユナたちと一緒に料理をつまんでいたら、途中で気分が悪くなってしまったのだ。
……ご心配なく。別に、毒を盛られたとかではないと思う。同じ物を食べた2人は全く平気そうだったし。
多分、慣れない宴の空気に酔ったのだ。
言っては悪いが、お化粧とか香水の匂いとか、すごかったもんなあ。しかもホールではお香も炊いてたし、慣れないと気分くらい悪くなると思う。
医務室に行こうとクリア姫は言ってくれたが、そこまで深刻な症状ではない。
ちょっと外の風に当たれば吐き気もおさまるはず、と私は宴を中座させてもらい、この場所にやってきた。
そこに居るのは私1人。少し離れた場所に警備兵が2人立っているだけで、他に人の姿はない。かすかに聞こえてくる、オーケストラの演奏も遠い。
「はあ……」
我ながら、情けない。
慣れない場所とはいえ、ひたすら圧倒されっぱなしで、挙げ句このザマ。クリア姫をサポートするどころか、ただおそばに居ることすらできないなんて。
「はあ……」
疲れたようなため息が聞こえた。
一瞬、自分のものかと思ったくらい、かもし出す空気が似ていた。
驚いて辺りを見回し、気づく。
中庭に咲き誇る、いばらの影。
白い小さなベンチに、小柄な人影が座っている……いや、うずくまっている。
侍女や使用人ではないことはすぐにわかった。
清楚な桜色のドレスをまとい、柔らかそうな金髪をアップに結い上げ、真珠のティアラを飾っている。
美しい装いに不似合いな、フレームの大きい眼鏡をかけて。
回廊の方から差してくる淡い照明の中で、その小柄な誰かはうずくまるように本を読んでいた。
向こうも私の気配に気づいたらしい。驚いたように振り返り、手にした本をすさまじい勢いで閉じる。
「……フローラ姫?」
あまりに意外で、あっけにとられた。なんで、こんな所に1人で――。
「あ、あなたは……、クリスタリア姫の……」
あいかわらず聞き取りにくい、ぼそぼそした声だ。
妹のルチル姫は性悪だが、その声だけはカナリアのように可愛らしい。
姉のフローラ姫は気立てがよいという噂だが、声質は似なかったらしい。
それはともかく、彼女もまた「なんでこんな場所に居るのか」と言いたげな目を私に向けてきた。
「すみません、別にお邪魔するつもりじゃなかったんですけど……」
フローラ姫は私の弁解など聞いてはいなかった。
大急ぎで眼鏡を外し、ドレスのスカートの中にすべりこませると、物も言わずにその場を立ち去ろうと……。
ばさっ。
慌てた彼女の手から、本がすべり落ちた。
「あ、本、落ちました……よ……」
とっさに拾おうとしてかがみ込み、私は固まった。
文庫本よりちょっと大きいくらいのコンパクトなハードカバー。ちょうどひらいたページに、挿絵が描かれていた。
美しい男性が2人。一方は精悍な騎士で、もう一方は黒髪の美男子。
男性同士の、耽美な濡れ場の絵が――。




