104 魔女の宴3
孔雀を思わせる美女は、ヒールのかかとを鳴らしてこちらに近づいてきた。
「ご機嫌よう、クリスタリア姫」
と、一応あいさつしつつ、彼女が足を止めたのはユナ・リウスの前。
「久しぶりね。ジャスパー・リウスは元気?」
「元気だよ。うちのひいじいさんは死ぬまで元気だろうね」
わりとざっかけない口調で、あいさつを交わす2人。
友達? にしてはだいぶ年が離れている。身内とか、親戚の人?
「えっとね、この人はレイリア・レイテッドさん。五大家っていう、すごい家系の人」
メイドの私に、わざわざ紹介してくれるユナ。
紹介された側は無論のこと、メイド風情にあいさつなどしてくれなかったが、さりとて気を悪くした風もなく。値踏みするような目を、ちらりと私にも向ける。
レイテッドって、あの。騎士団長のラズワルドと、双璧を為す家系の人。
そう聞いてからあらためて見ると、例のミステリー小説に出てくる女当主と雰囲気がそっくりだった。
美女ではあるが、近寄りがたい。
派手に着飾っていても、見る者に媚びるような空気は全くない。むしろ、黙って従えと言わんばかりの威圧感がある。
付け加えると、かなり背が高い。ヒールのせいで大柄に見えるわけじゃなく、普通に体格がいいんだと気づいた。
女性的な装いのせいで錯覚していた。よく見れば、筋肉もしっかりついているし、身のこなしも隙がない。
この人、かなり強いんじゃない? 生半可な刺客なんか、自力で返り討ちにしてしまいそうだ。
レイリアの背後にはメイドが数人、いや10数人付き従っているが、楚々として控えているように見えて、彼女たちもまた油断なく周囲を警戒していた。
腕利きの護衛って感じだ。それが10数人。全員が色とりどりのメイド服を身につけて――なんか、目がちかちかしてきた。
私が圧倒されていると、ユナが説明を添えた。
「レイテッドは最近、当主が変わったばっかでさ。この人は新当主のお姉さん」
前当主は体を壊してしまったとかで――ラズワルドが毒を盛ったという噂もあるが、あくまで噂で――現在、保養地で療養中。まだ20代の若さで、息子が後を継いだ。
「はあ、そうなんですか。随分お若いご当主様なんですね?」
このレイリアって人が当主になればいいのに。だって、すごい貫禄あるし。王国では、女性が家を継ぐのもそんなに珍しいことじゃないし。
私が声には出さずに思っていると、
「まあ、実質はレイリアさんが当主みたいなもんだよね?」
と、ユナも言った。
「さあ、どうかしら」
レイリアは否定も肯定もしなかった。
「あの愚弟も、それなりにがんばってはいるようだけど。……実は今、困っているのよ。家を継いだからには早く身を固めなさいと言っているのに、聞く耳持たないの。子供の頃からずっとあなたにお熱で、他の女のことなんて目に入らないのだから」
意外なタイミングで出てきた恋バナに、私は興味を引かれた。
子供の頃からずっと、ユナのことが好き。
それが本当なら、レイテッドの当主様って一途な人なんだな。ロマンス小説の主人公みたい。
ユナ本人はとっくに知っていることらしく、若干バツが悪そうに頭をかいて、
「やー、悪いけど無理。タイプじゃないんだよね」
ユナのタイプって、どんな人だろ。
知的なタイプか。それとも、頼れる兄貴分タイプとか?
「そもそも、レイテッドは金持ち過ぎ。あたしは、自分が稼いで食わせてやる、くらいの方がいいや」
レイリアは納得の表情でうなずいた。
「そう。だったら、あの馬鹿をうちから勘当することにしましょう。身ひとつで叩き出すから、面倒見てやってくれるわね?」
「いや、冗談だよね?」
さすがに、ユナは戸惑った顔をした。
「レイテッドのご当主様って、どんな方なんですか?」
私は小声でユナに尋ねた。
「んー、馬鹿だけど悪い奴じゃないよ。馬鹿だけど」
なぜ、2回も言うかな。……大事なことなんだろうか?
「子供の頃、一緒に遊んだり、剣の稽古とかしたんだ。うちのひいじいさんが先生でね」
あたしが1番強かった、と胸を張るユナ。その情報は、前にもどこかで聞いたことがあるような気がする。
「ハウライト殿下とカイヤ殿下も……」
「うん。あの2人だけじゃなくて、他にも年の近い子供同士、集まってた」
レイテッドの当主様に加えて、他の五大家の子息、令嬢らが。
セレブな子供の集い、って感じかな。ああでも、リウス家自体は貴族じゃないのか。
「宰相閣下の所の姉弟も来てたよ。あと、騎士団長の息子とかフローラ姫も」
……わりと呉越同舟な感じだな。親が敵同士だったら、子供にも影響ありそうなものだけど……。
「まあ……、初めて聞きましたわ」
つぶやく声に振り向けば、マーガレット嬢が後ろに立っていた。
「クリスタリア姫様はご存知でした? そんな風に、王家と五大家の皆様が仲良くしていただなんて」
「私は……、私は、よく知らないのだ……」とクリア姫。
そういや、この2人のことをすっかりお留守にしていた。
そちらはそちらで、スイーツを食べながらおしゃべりしていたようだが。
「クリアちゃんが生まれる前の話だよ」
ユナがフォローする。
「その後、みんなバラバラになっちゃったしね。カイヤは王妃様の離宮に行って、ハウルは叔父さんの家で暮らすことになって、フローラ姫はお母さんに引き取られて、ケインやアルフたちはいつのまにか来なくなったし」
初めて耳にする名前が誰のことか、フローラ姫が母親に「引き取られた」とはどういう意味か、浮かんだ疑問を尋ねる暇はなかった。
「それもこれも、あの野蛮で愚かで救いようのないラズワルドのせいでしょうよ」
ふいにレイリアの瞳に、口調に、あからさまな毒気が混じる。
「あの男も早く代替わりすればいいのに。落ち目の当主が居座るなんて、老害も甚だしいわ。もっとも、当主を辞めたくても譲る相手が居ないのかしらね?」
悪意たっぷりに語るレイリアに、ユナはあくまでマイペースのまま相槌を打った。
「そういえば、ラズワルドの女性陣、今日は来てないみたいだね」
騎士団長には奥方が居る。10代後半の娘も居るらしい。
しかしユナの言う通り、宴には出ていない。
王国の女性にとって重要な、政治的催しなのに。2人とも病がちで、滅多に人前に出ることもないんだそうだ。
騎士団長にはかつて妹も居たが、王宮内で事故にあい、亡くなった。
女性が少ないのは、実はハウライト派だけじゃない。敵対するラズワルドの家も同じなのだ。
だからこそ、平民のアクア・リマを養子に迎えることにもなったんだろうけど……。
「あの生粋の貴族第一主義者が、平民と養子縁組なんてね」
唇を歪めて、冷笑するレイリア。ぞわっと背筋が総毛立つ、まさに「氷のような」としか表現できない笑みだった。
「あの野蛮人は、周りの女を全員不幸にしたのよ。だからこそ今、追いつめられているとも言えるでしょうね。自業自得を絵に描いたような人生は、笑えるほど滑稽で、愉快だわ」
彼女の氷の笑みに、平然としているのはユナだけで、クリア姫やマーガレットは脅えた表情を浮かべている。
多分、私も。
そんな周囲の反応に、レイリアは話の切り上げ時と思ったか、
「お邪魔をしてごめんなさいね、クリスタリア姫。それではご機嫌よう」
取り巻きのメイドたちを連れて、颯爽と去っていった。




