101 不安と再会2
私がユナと出会ったのは、以前、警官隊の本部に連れて行かれた時のこと。
かなり不本意な状況で、あまり思い出したくない出来事の直後だった。
会ったのはそれ1度きりだが、印象は残っている。さばさばして、話しやすい人だったと記憶している。
「わ、クリアちゃん、可愛い! お姫様みたいじゃん」
いや、お姫様だから――という定番のボケをかましつつ、クリア姫をハグするユナ。あああ、そんな力いっぱい抱きしめたら、セットが崩れる。
「ユナ……、なぜ君が」
驚きながら歩み寄るハウライト殿下には、「よ、ハウル。久しぶりー」と白い歯を見せて笑い、ためらいなくハグ。
さすがに、ぎょっとした。
相手が王族というのを抜きにしても、妙齢の男女の抱擁である。
クリア姫やクロムも驚いた顔をしている。
ハウライト殿下は動じなかった。いや、若干あきれ顔で、「……変わらないな、君は」とつぶやいている。
クロサイト様はさらに動じなかった。
ユナのハグなど見なかったかのような顔で、なぜ、彼女を連れてきたのか――その理由を、全員に説明する。
「代役としてふさわしい者が、他に見つかりませんでしたので」
護衛を務められるほど腕が立ち、クリア姫ともできれば面識があり、性別は女性でなければならず、伝統的な夜会の場に足を踏み入れることのできる立場、もしくは身分があること。
その条件にかなう人物がすぐには見つけられなかった、とクロサイト様は淡々と述べた。
夜会の場に足を踏み入れることのできる立場か身分……って、騎士だったり貴族だったりって意味だよね。
ユナは警官で、騎士ではないはずだが。
「ユナさんって貴族とかでしたっけ……?」
私は小声で彼女に尋ねた。
「いや? 平民。ただ、うちのひいじいさんが貴族にも顔が利くんだ」
ユナの曾祖父ジャスパー・リウスは、王族や貴族の剣術指南役を務めたこともある人物だ。
「リウス家の人間ってだけで王都じゃ一目置かれるから、多分だいじょうぶだと思うよ。あたしが行っても」
「……本当に、いいんですか?」
同じく小声でハウライト殿下に尋ねたのはクロムだった。「後で難癖つけられるんじゃ……」
「そうなったら、なった時のことだ」
と、ハウライト殿下は意外にアバウトなことを言った。「それより、カイヤはどうした。例の件はどうなっている?」
「は」
クロサイト様はすばやく殿下のもとに歩み寄り、私たちには聞こえない声で何か話し始めた。
不安そうにその様子を見つめているクリア姫に、「だいじょうぶだよ、クリアちゃん」とユナが声をかける。
「カイヤは、ケガをした叔母さんに付き添ってるだけだから」
『ケガをした?』
私とクリア姫の声がそろった。
「そう。って言っても、ちょっと転んで腰を打っただけ。念のため夜会は欠席するそうだけど、全然大したケガじゃないから、だいじょーぶ」
「……そう、なのか……」
クリア姫の表情は晴れなかった。
本当にそれだけなら、別に小声で話す必要はないよね。今のユナの説明では足りない何かがあるはずだ。
しかしユナはそれ以上、説明を続けようとはせず、「あ、そうだ、エルさん」と急に私の方を振り向いた。
「最近、カルサかニックの馬鹿に会わなかった?」
「はい?」
唐突に、何ですか。
カルサとニック――というのは、警官隊の一員で、つまりユナの同僚だ。
私にとっても顔見知りではあるけれど、すごく親しい間柄ってわけじゃない。そもそもお城で働いていたら、外部の人に会う機会なんてないし。
「あの2人がどうかしたんですか?」
彼らと最後に会った時、それは私がユナと出会った時でもある。
繰り返すが、あまり思い出したくない出来事のさなかだった。
仕事を手伝ってほしいとニックに頼まれて……。気は進まなかったが、どうにも断れない状況で。
やむなく引き受けた結果、私はとんでもない災難に巻き込まれた。
そういや、あの2人。あれからどうなったんだろ。
メチャクチャ怒られて、仕事もクビだとか言われてた気がするけど。本当に、クビになったのかな?
「うん、なったよ。この失態を帳消しにするような手柄を挙げるまで帰ってくるなって、うちのひいじいさんに叩き出されちゃった」
笑い事ではない成り行きを、ユナは笑って口にする。
「それから全然姿も見せないんで、ちょっと気になってたんだ。もしかして、エルさんがどっかで見たかなと思って、ダメ元で聞いてみたわけ」
「見てませんけど、あの……」
それって、だいじょうぶなの?
「心配しなくていいよ。あいつらのことだから、どっかでしぶとく生きてるはず」
や、そうじゃなくて。
カルサはともかく、ニックの方は、放っておいたらまた何かやらかすのでは?
「そうだね。また何かやらかすか、本当に手柄を挙げて帰ってくるか、どっちかだろうね」
可能性としては前者の方が高いと、ユナはやっぱり笑って言うのであった。
「あの……」
ニックのせいで災難に巻き込まれた私としては、あんなトラブルに手足が生えたような男を放置してほしくない。
しかし、私がそれを口にするより早く、ハウライト殿下とクロサイト様がこちらに近づいてきた。
「あ、ハウル。話、終わった?」
「ああ。後のことは頼む」
「りょーかい。そういうことだから、後のことはあたしに任せて。クリアちゃん」
こぶしでどんと自分の胸を叩くユナ。
クリア姫の不安げな表情は変わらない。