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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第四章 新米メイド、夜会へ行く
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99 第一王子の訪問

 しかし翌日、クリア姫を迎えに現れたのは、カイヤ殿下でも女性騎士でもなかった。

 なぜか第一王子のハウライト殿下が、お供にクロムを連れてやってきた。


 カイヤ殿下とクリア姫の兄上様で、王国の第一王位継承者。年頃は20代半ば。

 真面目だけが取り柄の凡庸な王子――なんて評されることもあるが、実物はとてもそんな風には見えない。

 長身、金髪、知的な容貌のイケメンで、気品もあれば威厳もある。

 この人に命じられたら、大抵の人間は黙って従ってしまうだろう。要は、カリスマ性もある。「第一王位継承者」の名に恥じない、立派な王子様だ。


「えと、カイヤ殿下は……?」

「急用で来られなくなった」

 答えるハウライト殿下の表情は硬く、見方によっては不機嫌そうにも見えた。

 私はちらりとクロムに視線を向けて、

「女性の方が来られると聞いてたんですけど……」

「それも都合がつかなくなった。急ぎ、代役を探しているところだ」

 クロムが代わりに護衛をするわけではないらしい。


「そんなことより、早くクリアを呼んでくれ」

 鋭く命じられて、背筋がのびる。

「はいっ! ……あ、でも……、まだお支度が整ってなくて……」

 夜会が始まるより、3時間も早い。

 そりゃ、お姫様のお支度は時間がかかるものだし、早めに会場入りするのはわかるけど。

 去年カイヤ殿下は、もっとのんびり迎えに来たらしいんだよね。同じお城の中だから、急ぐこともないって。

 私もそれを聞いていたから、つい油断していた。


 幸い、クリア姫はしっかり者であるからして、準備はほぼ終わっている。

 終わっていないのは髪のセットだけ。

 なぜか今日に限って、前髪の一部が跳ねてしまって、どうやっても直らないのだ。


「まだ支度ができていないのか」

「すみません、もう少しだけ待ってあげてください」

 私は恐縮し、ついでに緊張していた。

 ハウライト殿下は、別に怖い人ではない。

 ただ、メイド風情と気さくに話すような人柄でもない……って、当たり前か。普通はそういうものだ。


 とにかく居間にお通しして、お茶でも飲んでいただくことにする。

 お湯をわかしている間に、すばやくクリア姫のもとへ報告に行く。

 来たのがハウライト殿下と聞いて、クリア姫も驚いていた。「すぐに参りますと伝えてほしいのだ」と言って、半泣きになりながら前髪を直していた。


 私は台所にとって返し、お茶の用意をした。不自然でない程度に、ゆっくり、時間をかけて。

 ハウライト殿下はあいかわらず硬い表情でテーブルについている。

 その後ろに控えているクロムも、無駄口を叩くでもなく、神妙にしている。顔色を見る限り、今日は二日酔いではないようだ。


「……どうぞ」

 私は来客用のティーカップに紅茶を注いで差し出した。

「ああ、すまない」

 ハウライト殿下は表情を変えぬままカップを口元に運び、「この香りは……」と手を止めた。

「あ、お嫌いでしたか? クリア姫のお好きなスパイスティーなんですけど……」

 輸入物のスパイスを効かせ、お砂糖をたっぷり淹れたミルクティーだ。

 おいしいだけでなく、気持ちを落ち着かせる効果もあるので、少しでも空気がなごめばと思って淹れてみた。

 ハウライト殿下は紅茶を一口飲んで、

「味は悪くない。だが、クリアはこういう物は苦手かと思っていた」

 確かに、スパイスの香りがけっこうするので、子供は嫌うことも多い。

「はい、そうです。なので、香りの優しいスパイスを使って、少しだけクリームを足しています」

 クリア姫のお口に合うように工夫した、クリア姫スペシャルだ。

「……そうか」

 つぶやいて、紅茶をもう一口。なんとなくだけど、表情がやわらいだみたい?


 それは気のせいではなかったようで、

「クリアとはうまくいっているようだな。よく働いてくれていると、弟にも聞いている」

 唐突にほめられて、私は動揺した。

「そんな、私なんて、まだ全然……」

「謙遜しなくていい」

 謙遜ではなく、事実である。

「私なんて、口は悪いし、その口より早く手が出るし、品も教養もない田舎者で、クリア姫には全然ふさわしくなくて……」

「だから、謙遜はいい」

 本当に、事実なんだってば。

「あの子はもともと田舎育ちだ。離宮のメイドたちに育てられた。そのほとんどは、隣村で雇われた主婦たちだ」


 初めて聞く話だった。

 や、離宮で育ったことは知っている。聞いたことがある。でも、隣村の主婦たちがメイドとして仕えていた、という話は初耳だった。

 それが本当なら、わりと庶民的な環境で育ったってこと……?


「クリアは人に気を遣いすぎるところがある。愛想はいいが何を考えているのかわからぬ相手よりも、正直かつ率直に物を言う人間の方が付き合いやすいだろう」

 そういうものなのだろうか。

「あの子が心穏やかに過ごせることが、我々兄弟にとって――殊にカイヤにとっては重要だ。今後とも、よろしく頼む。クリアの支えになってやってくれ」

 それはもちろん、私にできることならするつもりだが――。


「あの……」

 ハウライト殿下は、クリア姫のことをちゃんと考えている。けっして父親のように無責任な人には見えないし、兄妹仲も悪くない。

 なのに、彼がこのお屋敷に足を踏み入れたのは、私が働き始めてから初めてのことだ。

 考えてみれば変だよね。カイヤ殿下は、どんなに忙しくたって妹の顔を見に来るのに。


「……何か?」

 私の反応に、ハウライト殿下は怪訝な表情を浮かべている。

「えーっと、その……」

 さすがに、口にするのはためらわれた。

 とはいえ、正直かつ率直に物を言う方が(クリア姫のためには)いいというお言葉をいただいたばかりだったので。

「ハウライト殿下がこのお屋敷にあまりお見えにならないのは、何か理由があることなんでしょうか?」

 彼の背後で、クロムが目を剥いた。

 あ、やっぱりまずかった?


「………………」

 長い沈黙。

 私がいたたまれなくなってきた頃、

「……妙だ、と思っているのだろうな」

 ハウライト殿下は、嘆息と共に言葉を吐き出した。

「当然だろうな。こんな場所に、クリア1人で住まわせている時点で妙な話だ」

 私は黙って続く言葉を待った。

 しかしハウライト殿下の口から理由が語られることはなく、ただ「慣れてくれ」と言われただけだった。

「君の常識に照らしておかしいと感じることがあっても、そういうものなのだと思ってほしい。詮索するのはやめてくれ。……ぶしつけな質問も」

 失敗した、余計なことを言った。

 私が首を縮めていると、

「……私ではなく、弟に」

と、ハウライト殿下は続けた。

「あれは何でも話しすぎる。誰彼なしにというわけではなく、当人が『信用できる』と思った相手に限ってだが……」


 確かにカイヤ殿下は、わりと何でも話してくれる。

 初見の時も、王家の醜聞的な話を、包み隠さずしてくれた。

「魔女の憩い亭」のセドニスは、それは殿下が私のことを信用したからだと言った。……ちなみに信用した根拠については、「勘」としか言わなかった。


「悪人ではないから、無害だ、とは限らない」

 ハウライト殿下がつぶやく。私の方は見ないで、独り言のように。「弟はそれを理解しない。何度忠告しても無駄だった」

 彼の背後で、クロムがなぜか居心地悪そうにしている。


 私も、居心地悪くなった。

 もしかして――もしかしなくても、ハウライト殿下は知っているのだろうか。私の父の素性を。それについて、私が殿下に隠していたことを。

 知っているなら、何も問いただしてこないのは不自然な気がする。でも、彼が何も知らない――カイヤ殿下や宰相閣下が教えていないというのも、やっぱり不自然だ。


 私とクロムが身に覚えのある顔でもぞもぞしているのを、ハウライト殿下はしばし無言で眺めていた。

 しかし結局、深く追及してくることはなく、代わりにこう言った。

「クリアは遅いな。様子を見てきてくれ」

 会話を打ち切られたことを察した私は、おとなしく従おうとして、ふとポケットの中の感触に気づいた。

 そこには昨日、王様が置いていった指輪ケースが入っている。

 夜会の前にカイヤ殿下に確かめるつもりでいたのに、殿下が来られないとなると、どうすればいいのか。「夜会でつけてほしい」って王様は言ったしなあ。


「あの……、すみません。カイヤ殿下って、今日は来られないんですか?」

「急用だと、先程答えたはずだが?」

 ご機嫌を損ねてはまずいと、私は早口で事情を説明した。


「父上が……?」

 ハウライト殿下はあからさまに不審そうな顔をした。

「その指輪を見せてくれ」

 命じられて、その通りにする。


 指輪ケースを受け取ったハウライト殿下は、ふたを開けて中身を検分した。

「なぜこんな物を……? まさか毒でも仕込んで……?」

 ダンビュラと同じことを言っている。つくづく信用のない父親である。


 やがてハウライト殿下は指輪ケースを閉じると、「これは私が預かっておく」ときっぱり言った。

「あの男のすることだ。特に意味のない気まぐれという可能性もあるが、念のため確認しておこう。この件は妹には伏せておいてくれ。父上が現れたことも含めてだ」

 クリア姫が聞いたら、また色々考えて悩んでしまいそうだものね。だからその命令には納得できたが、

「カイヤにも、伝える必要はない」

と、言われたのは少し意外だった。

「殿下にも?」

「念のためだ。父上の意図が何にせよ、指輪ひとつで深刻な問題が起きるとも思えないが、弟には色々と前科がある」

 前科って、重臣たちの前で王様の顔を蹴り飛ばしたとか、そういう?

 なるほど。確かにそれは、慎重になる気持ちもわかる。


「君も、この件に関しては忘れてくれ。何も見なかった、父上から何か預かったりしなかったと、そう思ってくれればいい」

 ハウライト殿下は念入りに指示を重ねる。

 この人って、本当に慎重なんだな。常に最悪のケースを想定して動くタイプなんだろう。

 それも常識の通じない弟と、ろくでもない父親が居るせいだと思えば、納得できるし、同情もわいてくる。

「わかりました。そうします」

 私が深くうなずいて見せると、ハウライト殿下は眉間にしわを寄せたまま、「頼む」とうなずきを返した。

 こうして指輪の件は、私の中から一旦忘却された――。

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