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魔女の末裔~新米メイドの王宮事件簿~  作者: 晶雪
第一章 主人公、求職中
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09 主人公は檻の中1

 結果的に、その仕事は数日も続かなかった。

 それどころか、翌日の夕方には、私はコワモテの兵士に連行されて、王都の片隅にある牢屋に放り込まれていた。

 容疑は窃盗である。働き始めて早々、お屋敷の台所から銀食器をくすねて売り飛ばした、と。


「って、ふざけんなあ! 誰が盗っ人だあ!」


 怒りのあまり、理性が吹き飛んでしまった。

 絶叫しながら牢屋の壁を蹴りつけていたら、コワモテの兵士に「落ち着け」と止められた。

「まあ、なんだ。アンタも災難だったな」

 ふと我に返る。

 年頃の乙女にあるまじき振る舞いを恥じたから、ではなく。

 兵士のセリフは、私が犯人じゃないことはわかっていると――そういう風に聞こえたからだ。


 あらためて、相手の顔を見る。

 黒々としたあごひげ、頬には刀傷。ぎょろりとした両眼は迫力十分だ。

 兵士より山賊の方がよほど似合いそうな悪人面である。都会的でスマートなデザインの青い制服が似合ってない。ただ、浮かべた表情だけは、どこか苦労人のようで。

 年は40代半ばだろうか。制服の腹回りがだいぶ窮屈そうだ。


 他に誰も居ない取調室で、粗末な机を挟んで向かい合い、「ひとまず、供述調書をとるから座ってくれ」と言われて、反射的に言葉が出た。

「私はやってません」

 窃盗なんて、冗談じゃない。だいたい、きのうお屋敷に連れて行かれたばかりで、昨夜は物置みたいな狭い部屋で寝かされて、早朝から働かされて。いったいいつ、盗みなんて働く暇があったというのだ。


 ひげの兵士は、同情をにじませた視線を私に送りつつ、「それについては、これからくわしく聞かせてもらうが――」

「無実です。無罪です。お天道様に誓って」

 だんだん前のめりになっていく私を、ひげの兵士は、がっしりした両手で椅子に押し戻し。

「だから、落ち着け」

 噛んで含めるように言った。

「何があったのかは、調べればすぐにわかることだ」

「…………」

 私が黙ると、兵士は黒いあごひげをほりほりかいて、

「まあ、なんだ。あの場で罪を認めなかったのは賢い。おかげで俺らが調べに入ることができたからな」

 どういう意味? と聞き返そうとして、ふと思い出した。

 銀食器が消えた時――なぜか私が怪しいという流れになった時、「素直に認めれば、役人を呼ぶことだけは勘弁してやる」と言われたのだ。

 さもなくば監獄にぶちこまれることになるぞと脅されて、それでも断固として罪を認めない私に、しびれを切らした誰かが役人を呼んだ。……そう思っていた。


 が、ひげの兵士の話によれば、どうもそういうことではなかったようで。

 もしもあの場で、やってもいない罪を認めていたら――。

 銀食器の「弁償」のため、いかがわしい仕事先に売り飛ばされる可能性もあったと聞かされて絶句する。

 由緒正しい貴族様がそんなことをするのか?

「あの屋敷で働いてみて、何か違和感を覚えなかったか」

 違和感って。

 立派な屋敷のわりに手入れが悪いとか、出てきた食事が異様に粗末だったとか、高そうな調度品に差し押さえの紙がびらびら張られていたりとか?

 ……思い返してみれば、違和感だらけの屋敷だったかも。


「おまえさんは知らんようだが、ここ数年の間に、『由緒正しい』貴族の家がいくつも傾いてな」

 世の中が変わったんだよ、と兵士は言った。

 戦後の復興と、それに伴う社会の変化。それについていくことができずに――。

 中には、立派な門構えからは想像もつかないほど窮している家もあるそうだ。


 いくら「窮して」いるからって、貴族がそんなサギみたいな真似をするの?

「残念なことに、珍しい話じゃない」

 仕事を紹介してくれたのは、公共の施設なのに?

「看板を掲げるだけなら誰でもできる――とまでは言わないが、そこそこ長く王都で店をやってて、あとは役人にコネでもあるなら、難しくはない」

 

 そうした店でも、誰かれなしに怪しい仕事を紹介するわけじゃない、と兵士は言った。そんな露骨な悪事を働いたら、それこそ監獄行きだからだ。

 今回の場合は、私にちゃんとした紹介者が居ないこと、つまり王都にツテを持たない地方の人間であることにつけ込まれたのだろう、とのこと。


「それでも、アンタは運が良かったよ」

 雇い主の貴族は、手際の悪さから見て、こういう「悪事」に慣れていなかったのだろう。ひょっとすると初犯だったのかもしれない。

「普通は、あらかじめ役人も抱き込んで手はずを整えておくもんだが……」

 思わず兵士のひげ面を凝視すると、

「俺は役人じゃない」

と言われた。

 役人じゃないなら、いったい何なのだ。人をこんな所に連行しておいて。

 私が疑問のまなざしを向けると、兵士は何やら気まずそうに視線をうろつかせた。「俺らは、あれだ。『警官隊』って名乗ってるんだが……、聞いたことないか?」

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