00 2人の魔女のおはなし
むかし、むかしのそのむかし。
ノコギリみたいにとんがった高い山のてっぺんに、2人の魔女が住んでいました。
1人は恐ろしい黒い魔女。1人は優しい白い魔女。
2人は姉と妹で、気の遠くなるような昔から、仲良く一緒に暮らしておりました。
魔女たちはとても力が強く、この世の全てを知っていました。
2人の魔法でできないことは、何ひとつとしてありませんでした。
そのため山のふもとに住む人間たちは、困ったことや欲しいものがあると、魔女たちのもとにやってきて願い事をしました。
ある者は、川の洪水をせき止めてほしいと願い。
ある者は、畑の実りをよくしてほしいと願い。
ある者は、世界一美しい妻がほしいと願いました。
けれど魔女たちに願い事をするためには、代わりに大切なものを差し出さなければなりません。
川の洪水をせき止めてほしいと願った者は、人柱として、自分の身を捧げました。
畑の実りがよくなるようにと願った者は、大切な家畜をみんなとられてしまいました。
世界一美しい妻をと願ったものは、代わりに寿命をとられてしまいましたので、すぐにおじいさんになって死んでしまいました。
ある時、1人の男が魔女たちのもとにやってきました。
男は言いました。「私の父は王様でした。このとんがった山の上から見える広い土地は、全て私の父のものでした。昨年、その父が病気で死にました。息子の私が国を継ぐはずだったのに、悪い家来に横取りされてしまったのです。どうか、家来の手から国を取り返してください」
「おまえの願いをかなえよう」
黒い魔女は言いました。「その代わり、おまえの大切なものをひとつ、もらいうけるぞ」
「なんでもお望みのものを差し上げます」と男は答えました。
「ならば、おまえの心臓をいただくとしようか」
黒い魔女に自分の胸を指差されて、男はたいそう驚きました。
「心臓をとられたら死んでしまいます」
「それが嫌なら、願いをあきらめてお帰りなさい」
白い魔女が優しく言いました。
けれど、男は願いをあきらめることができませんでした。
「私には息子が居ます。代わりに、息子の心臓を差し出します」
これを聞いた黒い魔女は、とても怒りました。
「息子の心臓は息子のもの。おまえはそれを自分のために捧げようというのか」
なぜ魔女が怒るのか、男にはわかりませんでした。どうか願いをかなえてほしいと、繰り返し2人の魔女に頼みました。
「よろしい――」
やがて黒い魔女は、節くれ立った古い木の杖をゆっくりと持ち上げて、呪文を唱えました。「おまえの願いをかなえよう」
魔女が杖を一振りすると、国を奪った悪い家来は改心して、良い家来になりました。
男は王様になることができましたが、玉座についた途端に死んでしまいました。
驚いた家来たちが駆け寄ると、王様になった男の胸には、ぽっかりと黒い穴が開いていました。
死んでしまった男の後は息子が継いで、新しい王様になり、国は栄えました。
それから、100年か200年か、長い時間が過ぎた頃。
2人の魔女たちのもとに、あの男とよく似た男がやってきました。
男は、山のふもとの国の王様で、あの男のひ孫のひ孫でした。
「私の国は今、いくつもの災いに同時に襲われています。ひとつ目は火事です。大きな山火事が起きて、たくさんの村や街が焼けてしまいました。大雨が降って火は消えましたが、今度は洪水になりました。これがふたつ目の災いです。みっつ目は地震です。たくさんの村や町が跡形もなく飲み込まれてしまいました。最後は戦争です。南の大きな国が攻めてきて、石つぶてや弓矢を雨あられと降らせるのです。――魔女よ、どうかお救い下さい。全ての災いを退け、民を守り、私の国を、元通りの豊かで美しい国に」
「おまえの願いをかなえよう」
黒い魔女は言いました。「その代わり、おまえの大切なものをひとつ、もらいうけるぞ」
「私にとって1番大切なものは、私の国です」
男はそう言って、小さく首を振りました。「国を救うという願いの代わりに、国を差し出すことはできません」
「では、2番目に大切なものは何か?」
「2番目に大切なのは、私の国を受け継いでくれる3人の子供たちです」
男はそう言って、今度はうなずきました。「全員とられてしまっては困りますが、そのうち1人でよければ差し上げます」
「さても、さても」
黒い魔女は、長い黒髪を揺らしてかぶりを振ると、「愚かなことよ」とつぶやきました。
「おまえもまた、曽祖父の曽祖父と同じように、自分の子供は自分のものだと思っているのだね。しかも、おまえは嘘つきだ。おまえにとって1番大切なものは、自分の命ではないか」
嘘を見抜かれた男は震え上がりました。
「欲深く忌まわしき人間よ。おまえの願いをかなえよう。その代わりいただくものは、おまえの心臓だ」
黒い魔女は声高に告げると、節くれ立った古い木の杖を掲げました。
男は一目散に逃げ出そうとしましたが、恐ろしい魔女から逃れるすべなどありません。
哀れな男が心臓をとられそうになった時、優しい白い魔女が割って入りました。
「どうか、お待ちください、お姉様」
白い魔女は姉の前に跪き、深く頭を下げて言いました。
「私たちは昔、この男の曽祖父の曽祖父から心臓を取り上げた。この上、ひ孫のひ孫まで同じようにしてはかわいそう。
確かにこの男は愚かで浅ましい。けれど、曽祖父の曽祖父と違って、自分の国を、そこに暮らす人々を守ろうとしているのです。命だけは助けてあげましょう」
妹に懇願された黒い魔女は、美しい黒い瞳を閉じて、長い間、考え込んでいました。
「……よろしい」
やがて黒い瞳をひらくと、男に言いました。
「おまえの子供をここに連れて来なさい。その子供が自分の身を差し出してもよいと言うのなら、おまえの願いをかなえることにしましょう」
命が助かった男は、とても喜びました。
「私には、息子が2人、娘が1人おります。息子2人には国を半分ずつ継がせるつもりですので、残った娘を連れてきます」
こうして、男の娘が魔女たちのもとにやってきました。
娘は悲しみに沈んでおりました。そして恐ろしさに震えてもいました。国を救うという願いの代わりに、魔女たちに心臓をとられてしまうと思っていたからです。
「おまえは父親の願いの代わりに、我が身を差し出してもよいと思うか?」
「仕方がないのです」
黒い魔女に問われた娘は、悲しみに沈み、恐ろしさに震えながら答えました。
「そうしなければ、みんな死んでしまうのです。私を産んでくださったお母様、私を育ててくれたお父様、お兄様たちも、家来たちも、みんなみんな災いで死んでしまうでしょう」
「さても、さても」
黒い魔女は、また長い髪を揺らしてかぶりを振ると、少しだけ悲しそうな顔をしました。
「皆を救うために、我が身を捧げるというのか。それもまた、愚かなことよ。けれど、よろしい。おまえがそれを仕方がないと言うのなら――」
黒い魔女は、魔法でとても高い塔を作り、娘を閉じ込めてしまいました。
「おまえは世界の終わりまでそこに居るのだよ」
娘は嘆き悲しみましたが、すぐに白い魔女が言いました。
「世界の終わりまでではかわいそうだから、100年たったら、塔から出してあげることにしましょう」
黒い魔女は少し考えて、妹の言葉にうなずきました。
「よろしい、そうしましょう。100年の間、塔から出てはならない。誰とも会ってはならない。誰とも話してはならない。その約束を守れたら、おまえを自由にしてあげる」
「それは本当ですか?」
娘がすがりつくように尋ねると、2人の魔女はそろってうなずきました。
「約束しましょう。おまえが言いつけ通りにできるなら」
そして、魔女たちは姿を消しました。
娘が閉じ込められた高い塔は、全てが水晶でできていました。
寝台も机も鏡も、何もかもがこの世のものとは思えないほど美しく。
塔の上からは、これまた美しいふもとの景色が一望できました。
不思議なことに、塔の中では、娘は空腹を覚えることもなく。
それどころか、何年たっても、娘の姿は変わらないままでした。
まるで時が止まったように。
娘は毎日、美しいドレスをまとい、美しい宝石で自分を飾って、鏡の中にうつる、美しい自分の姿を眺めることができました。
けれど、娘は1人でした。水晶の塔には、鳥も獣も虫たちも寄りつきません。
来る日も来る日も、娘は塔の上から、高い空を見上げて過ごしました。
来る日も、来る日も。
たった1人で、空を見上げて――。