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9.早苗

「こほん。

 ところで志織、今日私達は柵作りを手伝わせてもらいに来たわけだが、園芸部はなにをする予定なんだ?

 鍬を持っているってことは畑を耕すのか?」


 ほのかに頬を染めた結依が誤魔化すように話題を変える。


「そうだね。

 トラクターを使うような規模の畑じゃないから全部手作業。

 まあ、そもそもトラクターなんてないけど。

 去年もやったけど、これがなかなか腰にくるんだよね」


 去年の苦行を思い出したのか、腰をさする志織。

 植物を育てる際、それらが育つ肥料が豊富な土の層を耕層というが、この耕層が深いほど根がよく伸び、また肥料や水分が保たれる。

 条件にもよるが、最低でも20から30cmくらい鍬で掘り起こし、表面の土が下の方に、下の土が表面にくるようにしなければならない。

 更に小石や雑草の除去などやるべきことは他にもある。

 あまり広い畑ではないとはいえ、手作業で行うにはそれなりに手間がかかるだろう。


「それなら……」


 何かを言いかけた結依だが、そこで言葉が止まった。

 そして一瞬だが、確かに創の方へと視線が動いた。


(ああ、なるほど。

 俺に気を遣っているのか。

 さっきあんな話したばかりだからな)


 おそらく結依は手伝いを申し出ようとしたのだろう。

 しかし、先程創と柵作りしかしないという話をした手前、申し出るわけにはいかないといったところか。

 気遣いは素直に嬉しいが、結依の邪魔をするのは本意ではない。

 制服が汚れるのは嫌だが、たとえ汚れたからといってそれで取り返しのつかない何かが起こるわけでもない。

 むしろこのまま手伝わず、結依の心に影を落とす結末を迎えることの方が創にとって致命的だといえるだろう。


「もし良かったら手伝いましょうか?」


「紐本君……」


 創の発言が以外だったのだろう、少し目を見開いた結依の視線を感じる。


「流石にそれは悪いよ。

 柵作りを手伝ってもらうだけでもありがたいのに、他のことまで手伝ってもらうわけには」


「気にしないでください。

 先輩も良いですか?」


「だが紐本君、制服が……」


「鍬で耕すだけなら、気をつければそんなに汚れないでしょうし、それに汚れても予備の制服が家にありますから」


 創の瞳をじっと見つめる結依。

 先程制服が汚れることを気にしていた創が突然手伝いを申し出た真意を探ろうとしているのだろう。

 少し気恥ずかしいが、瞳の中の自分を見つめ返す。

 凛とした表情で見つめる結依の瞳は思わずすくみそうになるほど冷ややかで。

 創は心がドロリとした温かなもので満たされていくのを感じた。


「……はあ、仕方ない。

 志織、というわけで私達も手伝わせてもらおう。

 私はジャージに着替えてくるから、紐本君は先に手伝っていてくれ」


「分かりました」


「ちょっと、結依。

 良いの、ホントに?」


「別に友達を手伝うことくらいそう不思議なことでもないだろう。

 もし抵抗があるなら、今度飲み物でも奢ってくれ」


「……ふぅ、了解。

 ありがとうね」


「ああ」


 校舎へと戻っていく結依を見えなくなるまで見送る。


「紐本君だっけ?

 それじゃあ悪いけど、畑を耕すのを手伝ってもらってもいいかな。

 鍬はこれ使って」


 志織は自身の手にしていた鍬を差し出してきた。


「ありがとうございます。

 でもこれ志織先輩が使う予定の物だったんですよね?

 どうせ出縄先輩の分も取りに行く必要があるでしょうし、鍬の保管場所を教えて頂ければ自分で取りに行きますよ」


「うーん、それじゃあお願いしようかな。

 校舎横に用務員用の建物があって、その隣にあるプレハブ小屋にしまってあるんだ。

 まだ部員がいると思うから、行けばすぐに分かると思うよ」


「了解です。

 じゃあちょっと取ってきますね」


 創は背を向けると小走りでプレハブ小屋へと向かった。


 ◇


 目的のプレハブ小屋はすぐに見つかった。

 建てられてそれなりの年月が経過しているのだろう。

 所々壁の塗装が剥がれてしまっているが、農具の保管場所としては十分立派な建物だ。

 入り口の扉は開放されていて、中からカンカンと何かを叩くような音がしている。

 志織の言っていた園芸部員だろう。


「すみません。

 助っ人に来たヒモ部の者ですが、鍬を借りに来ました」


 プレハブ小屋の中を覗くと一人の女子生徒が何やら鍬を叩いているところだった。

 創の声に気がついて顔を上げた女子生徒と目が合う。


「あれ、あなたはこの前の……」


「ああ、プリントを運んでた」


 小屋の中にいたのは、先日プリントを盛大にばらまいていた女子生徒だった。

 細い黒縁フレームの眼鏡をかけ、その奥には切れ長の瞳が覗いている。

 畑仕事をするからだろうか、長い髪を一つに結い上げている姿は誠実そうな印象を受ける。


「この前はありがとう。

 助かったわ」


「良いって、偶々通りかかっただけだし」


「それでもよ。

 私3組の咲原早苗」


「俺は5組の紐本創。

 咲原さんは園芸部員だったんだね」


「ええ。

 それで紐本君はヒモ部だっけ?

 今日手伝いに来てくれるってことは志織先輩から聞いてたけど、不思議な部活よね。

 私ヒモ部なんて部活初めて聞いたもん」


「あはは。

 まあ、俺も入部するまで知らなかったしね。

 ところで鍬を借りに来たんだけど、どれを使えば良いの?」


 薄暗い小屋の中には思いの外多くの農具が保管されていた。

 最盛期にはこれら全てを使っていたのかもしれないが、今は大半が埃を被っているように見える。

 どれもこれも年期が入っており、鍬のすり減っている木製の柄を見ると、園芸部の歴史を感じとれそうだ。


「それじゃあ、そこに吊るしてあるのを使って。

 それならたぶん使えるから」


 そう言って早苗は壁際に吊られた鍬を指差した。


「そっちはダメなの?」


 早苗の周りに置かれている鍬に視線をやる。


「こっちのは今応急処置中。

 どれも古いからねー。

 柄が痩せ細っちゃって金具との間に隙間が出来てぐらついたり外れたりして使えないの。

 だからこうして柄と金具の隙間に楔を打ち込んでいるってわけ」


 そう言って早苗は手に持った金槌と金属製の楔を見せてきた。


「一人でやってるの?」


「ウチ部員少ないからね。

 全員で五人しかいないし、新入部員は私だけ。

 今日は畑を耕す予定だから、こんな方に人員は割けないよ」


「手伝おうか?」


「大丈夫、大丈夫。

 作業自体は単純だし、一人でもすぐに終わるよ。

 それに、折角先輩達に任せてもらったからね」


 早苗は嬉しそうに微笑んだ。

 きっと早苗は園芸部や部の先輩達が好きなのだろう。

 好きな人に頼られるのは嬉しいものだ。

 創とて結依に頼まれ事をされたら喜んで引き受けるし、出来ることなら自身の手で完遂して認めてもらいたいと思う。

 一人で出来ることを無理に手伝うのは、それは善意などではなくただの自己満足というものだ。


「そっか。

 それじゃあこれ借りてくね」


「ありがとうね」


 吊るされている鍬を二本手に取ると、創は小屋を後にした。










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