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5.絞め結び

「さて、それじゃあヒモ部について話そうか」


「お願いします」


「ヒモ部の活動内容は主に3つだ。

 1つは学校のボランティア活動。

 園芸部の柵にロープを張る手伝いをしたり、部活応援用の垂れ幕を設置したりだな。

 2つ目は学園祭で売り出す小物作り。

 売り上げは部費になるから、部として活動する上で最重要内容だと言えるだろう。

 ちなみに、そのコースターも私の手作りだ」


 結依はお茶の下に敷いてあるコースターを指差した。


「えっ、これ手作りなんですか!

 てっきり売り物かと」


「嬉しいことを言ってくれるね。

 紐本君でも少し練習すればそれくらいなら作れるようになるさ」


 麻紐で四角に編み込まれたコースターはムラや歪みもなく、インテリ用品として市販されていてもおかしくない出来映えだ。

 果たして少し練習をしたくらいで作れるような物なのだろうか。


「そして3つ目がヒモの研究だ。

 結び方や活用法、活用場面を学んだり考えたりしている」


「ヒモの研究……。

 なんだか凄い部活ですね。

 今までヒモ部なんて聞いたことなかったですし」


「確かに珍しい部活だろうな。

 私自身、ここ以外にあるという話は聞いたことがない。

 この部だって私が設立したものだしな」


「先輩がこの部を作ったんですか?」


「ああ。

 だから今言った活動内容も去年から始めたものだし、部員だって私しかいない。

 紐本君が入部してくれて凄く嬉しいよ」


 朗らかな微笑みを向けてくる。

 これまで想像の中でしか向けられたことのなかった笑みはあまりにも鮮烈だった。

 この人は一つ一つの仕草ですらこうも心を掻き乱す。


「部員1人って部として認められるものなんですか」


「この学校では特に問題ないな。

 まあ、部費はほとんど下りないし、部室だってない。

 活動場所もこうして日々空き教室を転々としながら利用している有り様だがね」


「誰か誘ったりしなかったんですか。

 友達とか」


「考えはしたが、ね。

 自分で言うのもあれだが、こんなおかしな部活だ。

 私が趣味を全開にした部活なんかに貴重な高校生活の時間を割いてもらうのは悪いからね。

 来るものは拒まずだが、誘い込んだりするつもりはないよ」


「先輩はヒモが好きなんですか?」


「勿論だとも!

 たかがヒモだと思うかもしれないが、ヒモには人類の歴史が詰まっている。

 物を縛るという行為1つ取ったって、そこには用途に合わせた多様な縛り方がある。

 一口にヒモといっても色々あるし、例えば天然繊維と化学繊維では活躍する用途が異なるんだ。

 私はそんなヒモにどうしようもなく魅せられてしまってね。

 気がついたらこんな部まで設立していたわけだ。

 そうそう、ヒモの素材についてだか例えば天然繊維のものとしては有名な木綿の他にもマニラ、ヘンプ、サイザルなんかがあって……」


(ああ、この人は本当にヒモが好きなんだな)


 ヒモの話になったとたん、表情が変わった。

 凛々しかった表情は緩み、涼やかな瞳には子供のような輝きが宿っている。

 楽しそうに話す結依は歳上には見えなくて。

 だがそんな一面も今の創には魅力を引き立てるためのアクセントにしかならない。

 見ているだけで心が温かくなるが、同時に寂しくも思う。

 創では結依のこんな表情を引き出すことはできないだろう。

 出会って数分で何を言っているのかと思うかもしれないが、創にとっては半年なのだ。

 こうして再会することができて距離が縮まったと浮かれていたが、実際には半年前とたいして変わっていないということを思い知らされる。

 今の創はヒモ以下なのだ。


「先輩は本当にヒモが好きなんですね」


「おっと、すまない。

 つい興が乗って話しすぎてしまったようだ」


「いえ、聞いていて楽しかったです」


「なら良かった。

 そうだ、折角来てくれたんだから何かしていくと良い。

 どうせなら普段使えるものの方が良いかな」


 そう言うと結依は鞄の中から一本のヒモを取り出した。

 そして机の上に広げられている菓子の袋を手に取ると、その口にヒモを巻き付けた。


「これは『絞め結び』という結び方だ。

 袋物の口を縛るのに適していて、素早く手軽に結べるのが特徴だ。

 こうしてお菓子の食べ残しにも使えるんだ」


「なるほど、確かにこれは便利ですね」


 ポテトチップを開封したまでは良いが、食べきれずに保管に困ることなどままある話だ。

 袋の口を折り畳んではいるが、それだとふとした拍子に中身がこぼれてしまうことがある。

 そういうときにヒモで結べばなるほど、確かに良いかもしれない。


「紐本君もやってみると良い」


 結依は袋の口を結んでいたヒモをほどくと創に差し出した。


「まずは端が元側の上に来るように一巻し、更にもう一巻きする。

 ああ、『端』はヒモの先端、『元』はヒモの端以外の部分のことだ。

 次に一方の端を一巻目の輪に通す。

 そして最後に両端を引っ張れば、出来上がりだ」


挿絵(By みてみん)


 手解きを受けながら菓子の袋にヒモを巻き付ける。


(えっと、二回巻いて、一巻目の内側に通して、引っ張れば……)


「おお、できました」


「簡単だろう」


「はい」


 確かにこれならものの数秒で縛れるし、難しくもない。

 試しに袋をひっくり返してみるが、中から菓子がこぼれることもない。


「ヒモって良いものだろう?

 少しは興味を持ってもらえたかな」


「はい。

 こういう普段使えそうなものなら憶えておけば役に立ちそうですし。

 これからよろしくお願いします」





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