12.早苗の本性
一つ一つ見本と見比べながら丁寧に結んでいく。
いいところをみせるために、急いでやろうだなんて考えてはいけない。
自分がそんな器用な人間でないことは、この短い人生のなかですでに把握している。
こういうときこそ落ち着いてことにあたれば、結果的に早く終わるというのが創の経験則だ。
「手際いいね。
さすがヒモ部」
「ありがとう、咲原さん」
顔を上げると、こちらに歩いてきた早苗が隣にしゃがみこんだ。
「ねね。
ヒモ部っていつもこういうことやってるの?」
「そんなことないよ。
野外活動は今日が初めてだし」
「そうなんだ。
じゃあ普段はなにしてるの?」
「ヒモの種類や結び方教わったりかな。
あまり実践する機会なんてないけどね」
思わず自虐的な笑みが漏れる。
「あったでしょ。
ほれほれ」
そういいながら早苗は自分のことを指差した。
「ああ、そういえばそうだったね。
忘れてた」
「ええー、なんか薄情じゃない?
そりゃ紐本君は助けてくれた側で私は助けられた側だけど、知り合ったときのことを忘れるなんてさ」
早苗の鋭い視線が創を貫いた。
そのまま臓物を凍らされてしまいそうな、早苗の冷気を帯びた視線。
まずい。
なにがどうまずいかわからないが、とにかくまずいと第六感的なものが告げている。
「いやいや、別にあの日のことを忘れてた訳じゃないって!
さっきだって顔みてすぐに咲原さんのことわかったでしょ」
結ぶ手を止め、慌てて弁明する。
こんなつまらないことでせっかくできた知り合いと険悪になりたくない。
それに女子という生き物は総じて噂好きだと思っている。
もし早苗から創の悪い噂が流されれば、入学して一月もたたずに女子との淡い青春が失われてしまう可能性だってあるかもしれない。
結依一筋の創ではあるが、人並みに異性に対する欲はあるし、好き好んで嫌われたいとも思わない。
しばしの間、創のことを氷漬けにせんとばかりに冷たい視線を向けていた早苗だが、瞬時に表情を和らげるとにへらと笑みをつくった。
「あはは、冗談だって。
なんかさ、紐本君みてるといじりたくなっちゃうんだよね。
ごめんね」
「……いや、別にいいけど」
さっきの視線が、冗談なのか……。
結構本気で地雷を踏み抜いたときの感触がしたのだが。
あんな視線を演技でするだなんて信じたくない。
女性が皆、早苗のように自由自在にそんなことができるのだとしたら、女性不信になってしまうかもしれない。
早苗から視線をそらすと、作業を再開する。
「もう、ごめんて。
いじけないでよ」
ふと頭に重さを感じた。
そしてそのままゆっくりと撫でられる。
異性に頭を撫でられているという状況に、心臓が一つ跳ねた。
気恥ずかしいが、わざわざ払い除けることもあるまい。
地味に撫で方が上手いのが癪だが。
「別にいじけてないよ。
子供じゃないし」
「ならどうしてこっちを向いてくれないの~?」
うりうりと頭を撫で回してくる手に力が入る。
微妙に視界が揺れて、ロープを結びにくい。
「これやらなきゃだし」
思わず少し険のある声が出てしまった。
その瞬間、頭部に感じていた重さが消えた。
「そう、だよね……。
ごめんね、邪魔ばっかりして……。
私、紐本君と仲良くなりたいと思って、その。
馴れ馴れしかった、かな。
いきなりこんなことされても迷惑だよね。
ごめん、もういくね」
湿り気を帯びた声が鼓膜を震わせる。
隣の立ち上がる気配を感じて、反射的に顔を上げる。
「別に迷惑なんかじゃ……」
見上げた早苗の顔はイタズラに成功した子供の顔をしていた。
その表情をみてようやくはめられたのだと気がつく。
「あははは!
紐本君て本当にいじりがいがあるよね」
「……はあ。
心臓に悪いから、そういうからかい方はやめてよ……」
「ごめん、ごめん。
今日はもうしないよ」
素直に謝っているとみせかけて、暗に明日以降の犯行を匂わせていると思うのは穿った見方をしすぎだろうか。
見た目や雰囲気から早苗はクラス委員とかを引き受けるタイプの優等生だと思っていたが、そんなことはないらしい。
いや、優等生なのかもしれないが、それだけではないというべきか。
ニヤニヤとこちらに送られてくる視線のせいで居心地が悪い。
「……まったく。
そういえば咲原さんはどうして園芸部に入ったの?」
「うん?
ああ、別にたいした理由はないよ。
私のお母さんが趣味で家庭菜園をやっていて、時々手伝ったりしていたから少し興味があっただけ」
なるほど、家庭菜園か。
どれくらいの規模でつくっているのかわからないが、園芸部に興味をもつということはそれなりにしっかりやっているのだろう。
まさかカイワレ大根を家庭菜園とはいうまい。
いや、それはそれで美味しいが。
「いいね、家庭菜園。
なに育ててるの?」
「シソとかハーブかな。
ネギやニンジンみたいな野菜もいくつかつくってるよ」
「そうなんだ。
俺、シソ大好きなんだよね」
スーパーの刺身なんかについてくるシソは我先に確保する。
切り身を一切れ捧げてでも食べようとするくらいには好きだ。
口にいれたときに香る、シソ特有の爽やかな香りが堪らなく好みなのだ。
「へぇ、そうなんだ。
よかったら今度お裾分けしようか」
「えっ、嬉しいけどさすがに悪いよ。
お母さんがやってるんでしょ?」
「大丈夫、大丈夫。
うちのお母さんなら友だちにあげるっていえば喜んで許可出すと思うよ」
「そう?
それならお言葉に甘えようかな」
「それじゃ、育ったらもってくるよ。
今後もいじらせてもらうお詫びとして」
「うっ」
……代償を払うのか。
別に早苗と話すのが嫌なわけではない。
普通にこうやって雑談をするだけなら楽しいと思う。
ただ、さっきみたいないじられ方は精神的に疲れる。
女子に嫌われたり、泣かれたりは、たとえ演技であったとしても心苦しい。
(断るべきか?
いや、でもせっかくのシソが)
「……お手柔らかに」
わずかな逡巡の後、吐き出すように答えた。
疲れはするが、そのやり取りを早苗が楽しんでいるのなら少しくらい我慢しようと思ったのだ。
(それに、シソも手に入るし)
食欲は三大欲求の一つなのだ。
それを押さえられては、創に選択の余地などなかった。




