11.固め止め結び
「さて、それでは柵作りを始めようか」
腕を組んだ結依が高らかに宣言した。
ヒモを扱う時間が来たからか、先程よりも目が輝いている。
「柵作りだが、やることは2つ。
支柱を畑の回りに建てる作業と、建てた支柱にヒモを掛ける作業だ」
畑の脇にはブルーシートが広げられ、その上には支柱に使用する杭とロープ、それと杭を打ち込むためのハンマーが用意されていた。
杭はプラスチック樹脂性の直径5cm、長さ1m程度の緑色のものだった。
「今回使うロープだが、この標識ロープを使うことにする」
「これ、標識ロープって言うんですね」
結依が手に持っているのは黄色と黒色の縞柄をしたロープだ。
よく工事現場などで見かける、直径1cm程度のロープである。
「ああ。
このロープは通称トラロープとも呼ばれているんだ。
ポリエチレンでできていて、低温や耐候性、耐水性に優れており、屋外での使用に適している。
まさに柵作りにピッタリだろう」
嬉しそうにロープを引っ張りながら語る結依。
それはまるで玩具を自慢する子供のようで。
こういう姿を見ていると本当にヒモが好きなんだなと思う。
「それじゃあまずは支柱を建てていこうか」
そう言うと結依はロープをブルーシートの上に置いた。
「そうそう、紐本君もなるべくロープは地面に直接置かないようにね」
「どうしてですか?」
「さっきもチラッと言ったが、ロープの隙間に砂が入らないようにするためだ。
ロープの隙間に砂粒のような異物が入ると、強い力でロープが引っ張られた時に内側からロープを傷つけてしまうからね。
劣化の原因となりえる。
ロープを踏むだけでも砂なんかが入る可能性があるから注意してくれ」
「わかりました」
ロープの為にそこまで気にするとは。
流石にヒモ部なんてものを立ち上げるだけのことはある。
このロープも杭も園芸部が用意しておいてくれたものだ。
態々ブルーシートの上に置かれていたということは、つまり結依によるヒモの取り扱い講座は去年も行われていたということだ。
律儀に守ってくれるあたり園芸部、少なくとも志織は真剣に結依の話を聞いてくれたのだろう。
「杭は畑の周囲に約2m強の間隔で打ち込んでいく。
深さはだいたい20cmもあれば十分だろう。
私が支えるから紐本君はハンマーで打ち込んでくれ」
そう言うと結依は1本目の杭を地面に突き刺した。
畑は10m四方なので、杭の本数は16本だ。
これを杭打ち用のハンマーで叩いていく。
用意されていたハンマーを手に取る。
重さは5kgくらいだろうか。
5kgとはいえ重心は先端に寄っているので、柄を持つと体感ではもう少し重い。
間違っても勢い余って結依の手を叩いてしまうようなことがないよう、細心の注意を払う。
カン、カン、カンと杭を打ち込むかん高い音がグラウンドに響く。
園芸部の人達にも協力してもらい、手分けして杭を打ち込んでいく。
初めは真っ直ぐに打ち込めず難儀した杭打ちだが、人間は慣れる生き物だ。
数本も打ち込めば真っ直ぐ地面に刺さるようになる。
心なしか打ち込んだ時の音も、真っ直ぐに打ち込んだ時の方が澄んでいるような気がする。
「よし、それじゃあ次はロープを掛けていこう。
今回は『固め止め結び』でロープを結んでいこうと思う」
「『固め止め結び』ですか?」
「ああ。
正確にはその応用だがな。
『固め止め結び』はダブル・オーバーハンド・ノットとも呼ばれているが、簡単に言えばヒモにコブを作る結び方だ。
例えばリングに通したヒモの端を『固め止め結び』にすることで、ヒモを抜けなくするなんて使い方がある。
他にもコブを大きくすることでロープの先端を重くし、遠くにロープを投げられるようにすれば災害時にも役に立つ」
ヒモの結び方というのは勿論日常生活でも役に立つが、やはり真価を発揮するのはアウトドアや災害時など代用できる物資が十分に確保できない状況だろう。
結依の活動を否定してしまうようだが、極論日常生活においてヒモの結び方など覚える必要はない。
袋の口を閉じたければ、袋止め用のクリップなんていうものが存在する。
紙束をまとめたければ、まとめる用のテープなんてものもある。
今日だって輪や孔があるタイプの杭を用意できれば、そこにロープを通すだけで事足りる。
現代社会は「生きるため」ではなく、「楽をするため」に技術が進歩している。
「面倒臭い」が全ての進歩の根底にあるといっても過言ではないのかもしれない。
そんな現代においてヒモを結ぶという行為自体、人々は面倒臭いと感じてしまうのだろう。
以前はヒモで結んでいたようなものも、より手軽にできるようそれに特化したものが数多く産み出された。
人々にとってヒモのような万能物ではなく、状況に応じて特化したものの方が便利なのだ。
生産技術や物流が発達した現代において、特化したものを入手することはそれほど難しくない。
今はまだ生活の中にもヒモの文化は息づいているが、このまま面倒臭いが突き詰められていけば、次第にその文化は衰退していくだろう。
だが、それでもなおヒモが活躍するとしたらそういった特化したものを容易に入手できない状況。
つまり、アウトドアや災害時であろう。
ヒモは究極的にいえば細長くて、柔軟性のあるものだったらなんだってかまわない。
衣類やタオル、ツタなんかでも十分に役割を果たせるだろう。
結び方を覚えていれば固定や運搬、治療など幅広い場面で役に立つのは間違いない。
「今回の柵作りでは、簡単に言えば『固め止め結び』のコブの中に杭を通すように結ぶんだ。
まずは杭にロープを一巻きする。
巻いた部分を少したるませてこうやって輪を作り、張ったロープをくぐらせる。
くぐらせた輪を上に返し、杭に掛けて引き締める。
あとはこれを繰り返していくだけだ」
結依の結んだ見本の結び目に触れる。
簡単に結んだように見えたが、ぐらつくようなことはない。
何だか不思議な感じだ。
まるで手品でも見ているかのような、そんな感じがする。
「畑の二ヵ所には通路用にロープを張らないつもりだ。
私はあちら側にロープを結んでくるから、紐本君は私が今結んだとこの続きから頼めるかい?」
「わかりました」
結依を見送ると、見本用に結ばれた部分から手繰るようにしてロープを手に持つ。
折角任せてもらったのだ。
園芸部のため、そして結依の期待に答えるためにも頑張らなくては。
結び方の手順はしっかり見ていた。
それほど複雑なものではないし、結依が結んだ見本もある。
問題なく作業できるはずだ。
杭と杭の間で弛まないようピンと引っ張りながら、杭にロープを結んでいく。
初めての結び方だが、問題なく結べそうだ。
自分の結び目と見本とを見比べてみる。
(よし、大丈夫そうだな)
見本通りできていることを確認すると、次の杭へと移動した。




