1.始まり
新作です。宜しくお願いします。
( ノ;_ _)ノ
紐本創はあまり何かに感動するような質ではなかった。
例えば、美味しいものを食べれば「美味しい」とは思うが、ただそれだけだ。
一貫で千円もする高級寿司と、一皿百円の回転寿司。
どちらも美味しいと思う。
それは間違いない。
ただその二つの美味しいの間に差異が無いだけで。
どれ程美しい絵画も、どれ程荘厳な建造物も美しい、立派だと思いはするがそこから先がない。
テレビで流れる映画の広告で「感動した」、「涙が止まらない」などと述べる人たちを見ていると、まるで自分が「イエス」と「ノー」しかないロボットのように思えてくる。
世間で悟り世代などと言われているが、なかなか的を射ていると思う。
そう、悟っているのだ。
この程度、こんなもの。
何一つ想像を越えるようなものなどない。
自身の中で膨れ上がる理想と、解離してしまった現実。
淀んだ川のように変化の無い日々を淡々と繰り返すだけの生活。
そんな日常に不満があるわけではない。
ただ少しだけ、凝り固まっていく心が怖いだけで。
誰かといても同じものを見ている気がしなくて。
そんな不安が人との間に一枚の壁を作る。
きっと心から誰かを好きになることなどないだろう。
そう思っていた、彼女に出会うまでは。
◇
パイプ椅子のひんやりとした感覚がスラックス越しに伝わってくる。
春先というのはまだまだ冬の延長だと思う。
桜が街を彩っていても、思い出したかのように雪が世界を白く塗りあげる。
広い体育館には暖房設備なんてものはない。
板張りの床に接する足先から少しずつ体温が奪われる。
こんな場所に長時間拘束されるのは、ある種の体罰なのではないかと心の中で愚痴る。
唯一救いなのが同じ境遇に後200名以上の仲間がいるということだろうか。
たとえ触れあっていなくても、それだけの人数が集まっていれば、いくらか保温の足しになる。
冷えきった手のひらを太股と座面の間に差し込み温める。
じんわりと温かくなる手のひらとは対照的に熱を奪われる太股。
エネルギー的にこの行為はプラスなのか、マイナスなのか。
たいして興味もないことを考えながら、苦痛な時間を過ごす。
「それでは新入生の皆さん、実りある日々を過ごしてください」
いつまでも続くのではと思われた校長の祝辞が漸く終わりを告げた。
誰も声には出さないが、皆ほっとしているのが空気でわかる。
「続きましてPTA会長、祝辞」
そしてまだまだこの苦行は続きそうだと、身体を縮こまらせた。
◇
私立白里高等学校。
県内有数の進学校であり、国公立や有名私立大学へ多くの進学者を輩出している名門校である。
各学年40人6クラスの計240人の生徒が在籍している白里高校は教育に力を注ぐ一方、一切の校則が存在しない。
生徒の自主性を尊重することが目的らしい。
唯一決まりらしい決まりがあるとすれば、制服を着用することくらいだろうか。
それすらも実際にはどこにも明記されていないのだが、毎日の服装を考える手間がかからないからか、誰に言われずとも皆制服で登校するのが暗黙の了解となっている。
校則がなくて風紀は乱れないのかと疑問に思うかもしれない。
だが、創立46年を迎えてなお校則が存在しないという事実がその答えを物語っている。
閉めきられた教室の窓から見える校庭では、先輩達が忙しなく動き回っているのが見える。
運動部が新入生歓迎のための準備でもしているのだろう。
本日の日程は入学式とホームルームのみであり、その後は解散という流れになっている。
とはいえ多くの新入生は部活動見学に行くだろう。
自主性を尊重する校風の副産物というべきか、この学校には多様な部活が存在する。
よほど偏屈な人間でもない限り、探せば1つくらい興味を惹かれる部活を見つけられるだろう。
部活動が必須という訳ではない。
だが、放課後の都合がつかないか他人と協調することが苦手でもない限り、大抵の生徒はどこかしらの部活に所属する。
創自身、目当ての部活は存在している。
ただ、問題があるとすればその部活が何部なのかわからないことだが。
自己紹介と予定表等の配布、担任の簡単な説明を経て最初のホームルームが終了した。
配布物を仕舞ったスクールバッグを手に取ると、創は目当ての部活を探すために校内の散策を開始した。