表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮主さん、おやつ食べましょう!(仮)【完結】  作者: 冬野ゆな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

93/274

閑話6

「おお、ハンス! 立てるようになったのか!」


 にこやかな声に、ハンスと呼ばれた男は頷いた。


「おかげさんでな」

「そりゃー良かった! ほれ、快気祝いだ」


 笑いながら渡されたのは、バケツに入った水だった。


「これは快気祝いなのか? 全部飲んじまうぞ」

「ははは、ジョーダンだよ。病み上がりの奴に手伝わせたなんて知られたら、どやされるからな」

「いや、手伝うさ。何かしてないと不安なんだ。どこに持って行くんだ?」


 そんな本心に反して、ハンスというのは本名ではなかった。

 多くの偽名のうちのひとつだ。

 彼はただの盗賊であり、勇者の影を自称する。だから呼ばれる名前なんて、彼にとって大したものではない。だが、勇者が主に呼んだ名を名乗ってしまったのは、やっぱりこの名前に愛着があるんだろう。

 それに、立てなかったのも事実だ。

 自分の魔力量なんて気にしたことはなかったが、あの魔力嵐は軽く見てはいけない。個人によって症状に違いがあるものを、見くびってはならなかった。


「しかしここは……変わったところだな」


 ちらりと向こうのほうを見ると、人間と亜人が一緒になって木材を運んでいるところだった。

 農場のほうでも、休憩中らしき人々の種族はばらばらだ。


 小さな村で、受け入れられた亜人が一人混じっているというのならまだ話はわかる。


「ま、ここじゃあ種族がどうのこうの言ってる場合じゃなかったんだよ。それが今まで続いてたってだけさ」


 魔力嵐の中に村が……というより、国があるなど思いもよらなかった。

 情報収集を得意とするハンスでさえ思い至らなかったのだから、外の人間は余計にそうだろう。


「それに、側近になった奴らにも亜人がいるからな」

「……この土地を取り戻したっていう奴か?」


 ――勇者……なのか?


 女神から力を借り受けたのか。

 ブラッドガルドと直接交渉と対決を行って、この土地の権利を取り戻したという誰か。はっきり言って、信じられるようなことじゃない。でもリクがいるという話は聞かない。そもそもブラッドガルドと戦って生き残ったことすら信じられない。

 自分一人を騙す為だけの嘘だと言われたほうが、まだしっくりくる。


「会ったらきっとびっくりするぜ」

「ああ」


 頷いて、他愛のない話をしようとする。

 だがその直前、ぞくりとした戦慄が全身を走り抜けた。


「な……」


 覚えがある。

 足のすくむ感覚。

 どんな相手であれ、ひるんだことはない。勇者に対してもそうだった――負けるまでは。だが、ただ近づいただけでこれほど異様な感情に支配されたのは一体だけ。


「……ああ、いらっしゃったんだろうよ」


 その言葉には敬意というより、皮肉のようなものが混じっていた。だがその指先は軽く震え、引きつった顔には冷や汗が流れている。


「あ……ま、まさか……いま、ここに……」

「耐性がないなら離れてたほうがいい……。俺たちだってまだ慣れてないんだ」


 その闇が地上に現れる。

 たったそれだけのことでも常識外れだというのに。


 ハンスは何か今までと違う恐ろしいものを、認めざるをえなかった。







 その少し前。


「ひょっとして今忙しいの?」


 ヴァルカニアにおいて、瑠璃がカインに待たされる時間は少しずつ増えてきているような気がした。

 もちろん瑠璃も用事があって来ているわけだが、たまにはそうじゃない時もある。

 カインは相手がブラッドガルドである以上、最優先で時間を割くが、瑠璃はそうではない。忙しいのならば後にしようという余裕くらいはあった。


「忙しいといいますか、色々と発見されましたので」


 カインはテーブルの上に積み上がった報告書を横にのける。


「発見? ……て、なんだっけ?」

「この間、ブラッドガルド公に魔力嵐を縮ませていただいたではないですか」

「あ! あれかー!」


 魔力嵐は、シバルバーから迷宮を通って侵入していく魔力が、地上の魔力とぶつかりあって出来るものだ。嵐の中に入ったものは、その暴風のごとき魔力に直接晒されることで様々な異常を引き起こす。

 その魔力嵐だが、交渉の末に内側からの魔力を少々――ブラッドガルドからすると少々らしい――削って、魔力がぶつかりあっている部分を減らすことに成功した。それで、いままで嵐の中にあった土地が姿をあらわしたのだ。


「そういやそうだったね! あれからどう?」

「一気に拡大したので、いろいろと当時の施設やなんかが出てきたんです。その調査があるんですよ」


 今見つかっただけでも小さな村が三つ。

 うち一つはなんとか押さえることができたが、他の二つは魔物に先を越されてしまったらしい。だが辛くも取り戻したうちの一つは、古い水車小屋まで見つかった。おまけに、小さな採掘場まで出てきたらしい。


「そっかあ! すごいじゃん! 何が採れるの?」

「残っているかはわかりませんが、おそらく鉄鉱石あたりではないかと……」


 瑠璃が感心する前に、横でブラッドガルドの影が広がった。

 穴に落ちるように足元から影と同化していくブラッドガルド。がしっとそのマントを掴む瑠璃。


「ちょっと待ったああぁぁ!!!」


 そして見事、床に突如として開いた円形の影からボロい布を引っ張っている少女の図はできあがった。


「うおああーっ! だれか! 誰か見てないで手伝って!!」


 ――無理だろ。

 ――無理。

 ――絶対無理。


 カインを含めた周囲の兵士たちは全員がそう思っていた。

 ブラッドガルドの衣服どころか髪の毛をひっつかんで無事なのは瑠璃くらいしかいない。


 水面からあがるように、ブラッドガルドが再び姿を現わす。


「なんだ一体」

「いやなんだじゃないよ!! わかってるんだよブラッド君の考えは!!」

「ほう。貴様はいつの間に心が読めるようになった?」

「このやろう」


 一瞬怒りマークが浮かぶが、なんとか自分を落ち着かせる。


「わかった、じゃあ何考えてるかせーので言おう。答え合わせ。私が間違ってたらあやまるから」

「ほう?」

「せーの」

「「鉄の龍」」


 メゾソプラノとオクタヴィストの美しきハーモニー。


「よし、当たったな」


 再び影の中に溶けていくブラッドガルドの服を思い切り引っ張る。


「当たったなじゃないよ!! ちょっと!! 出て来いブラッドガルド!!!」


 なんてものを作ろうとしてるんだ、という周囲の思いだけは一致した。


 なお、鉄の龍とは他の人々が思ったような鉄のごとき鱗を持った龍ではない。

 そして、創作物でファンタジー世界の人々が形容するような飛行機でもない。


 むしろ、二人が言っているのは本当に鉄の龍なのだ。

 それは、とある特撮怪獣映画に出てくる人工的に作られたロボット。龍のごとき姿を持つ怪獣の王に対抗するため、人類が作ったメカの龍。

 それを指して鉄の龍と言っているのである。


「……しつこいな貴様」


 再び姿を現わしたブラッドガルドは、今度は床に腰を下ろして足を組んだ。その足先は当然影の中に消えていて見えない。そこに穴が開いているかのようだ。

 だが表情に焦りはない。

 完全に必死な瑠璃を見て楽しんでいるだけである。


「なぜ止める? 貴様だって見たいだろうが」

「な、なんでってそりゃ……カイン君の土地だし……」

「だからどうした」

「めっちゃ迷惑!」

「だからなんだ」

「著作権がやばい!!!」

「なんだそれは……?」


 著作権はブラッドガルドに意味がなかった。


「だいたいどうやって動かすんだよ!?」

「魔力でいいだろうが」

「ぬ……」


 一瞬考えてから、瑠璃は静かに続ける。


「ブラッド君――それこそだめだ。ほんとうにだめだ」

「なに?」

「いい? ブラッド君。ここで鉄の龍を作ったとして――それはほんとうに、きみが見たかった鉄の龍なのか?」


 ぴくりとブラッドガルドの眉間が動く。

 誰も何も言えなかった。


「それはただのコピーですらない――本物ですらないんだ。きみはそれを望むのか!?」


 鉄の龍、という言葉の意味から、その場にいる人々も「なんかやばそう」ということは感じ取っていた。

 とはいえ鉄の龍とは特撮怪獣映画に出てくるメカ怪獣。似て非なるものだ。


「……では、逆に聞くが」

「えっ」

「何なら作れると思うのだ、貴様は」

「えっ……? いやどういうこと、それ?」


 唐突な質問に戸惑う瑠璃。


「そうだ。鉄の剣やら鎧などという阿呆な答えは期待していないぞ。そら、今すぐ答えろ」

「は!?」


 説明するまでもないが、瑠璃はこの時パニック状態に陥っていた。

 質問の「何なら作れるか」をとりあえず中心におき、鉄でできたものを必死で考える。

 とりあえず鉄の龍さえ回避できればそれで良かったが、装備品はダメなどと先回りされては、頭の中は真っ白になる。


 鉄の龍と装備品以外で、鉄でできているもの。

 それらをまぜこぜにして、ぐるぐると考え、完全にパニックになった頭で考えた結果。


「……じょ……蒸気機関車?」


 沈黙が降りた。

 あまりに長すぎるような短い静寂に満ちたあと、次第にブラッドガルドの口の端が上がっていき、瑠璃の顔が青ざめた。


「待って今の無し!! ノーカン!! ノーカン!!!」


 ブラッドガルドに飛びついて騒ぐのを、周囲の兵士たちがぽかんとしながら眺める。


「なるほど、なるほど……」


 そしてしがみつく瑠璃の頭を掴んで軽くいなし、ブラッドガルドはあらぬ方向を見る。


「確かに貴様は人間だからな。同じ人間どもに有利なものを作らせようというのは自明だったか」

「うんだからブラッド君は作りたくないだろうから止め」

「発生した蒸気が持つエネルギーを力とし、人とモノを簡単に、そしてなにより大量に、遠方へと運ぶことのできる技術……。そんなものがこの国に入ってこれば、有意義な革命となるだろうな?」

「なんで私より詳しいんだよ!? ってかなんでそんな説明口調なの……」


 わかりきったことなのに、と思った次の瞬間。

 ハッとして振り向くと、カインが何か思考に沈んだような表情で突っ立っていた。


 ザーッと青ざめる。

 今の台詞は瑠璃ではなく、後ろのカインに聞かせるためのもの。周囲の兵士たちも、そんなものが存在するのかと驚いたような目で見ている。

 わざわざ詳しい説明をしてみせたのも、肯定させるためだろう。


「……公……、何が望みなのですか」

「革と真鍮、そして実験場」

「……なるほど、革と真鍮はどうにかなりますが、実験場とは?」

「待ってカイン君、気をしっかり持って」


 こっちの世界に、それに至るすべてをすっ飛ばして蒸気機関車が誕生してしまう。


「安心しろ小娘。此方ではまだ石炭が採れるかどうかわかっていないだろう」

「えっ、あっ、そうか!」

「だから別の動力を使うがな」

「待ってそれ全然安心できない」


 今の無駄なやりとりはなんだったのだろう。


「……それにな、小娘。貴様がどれほど制御しようが、いずれバレる」

「うっ」

「貴様を喚んだのが何者であれ――、異分子を喚んだ時点で、世界は変革を始めるものだ。新たな大地へと落とされた種子はやがて芽吹く。それは止められん」

「で、でもそれは……」


 瑠璃は少しだけ眉間に皺を寄せる。

 なんとかここで制御できないものか。


「無理だろう。貴様は顔に出やすいからな」

「……いやなんか、ナチュラルに馬鹿にされてない?」

「そうだが」

「そこは肯定すんなよ!!?」


 ブラッドガルドは瑠璃の抗議を無視して、視線をカインに向けた。


「さて、では先程の質問の答えだが――動力に使用するものが違う。ゆえに、実験だ」

「危険や人的被害を伴うかどうかに掛かっていますが」

「そんなものは知らん」

「……では、そうですね。もっと詳しいことをおたずねしたいのですが、よろしいでしょうか?」


 カインの目がぎらりと光る。


「あああああ」

「諦めろ小娘。だいたい、貴様が言い出したことだぞ」


 鉄の龍と蒸気機関車の二択なんてずるい。瑠璃は改めてそう思った。


「場所を移しましょう。そちらのほうが使い勝手もいいですし」


 ブラッドガルドは無言で立ち上がると、ひょいと瑠璃の首根っこを掴んだ。


「面倒な手数を踏むな、貴様は」

「一応、いまのこの国の主は僕ですからね。本来、できれば迷宮の中でやっていただきたいところなのですが」


 扉が開かれ、執務室から出て行く二人……と、連れられていく一人を、兵士たちがごくりと喉を鳴らしながら眺めた。

 ブラッドガルドがカインと並んで廊下を行く姿を、全員が緊張とともに見守る。だがそれは、ブラッドガルドの存在そのものに恐怖を感じているというだけではない。この国でどんなことがなされるのか、それは今から行われる会議次第なのだ。


 ――そのうち空飛ぶ船も作るか……。


 そのなかで一人だけ、ブラッドガルドは「次」を考えつつあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ