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迷宮主さん、おやつ食べましょう!(仮)【完結】  作者: 冬野ゆな


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    荒れ地に行こう(5)

「……改めて、僕はカインです」

 カインはいまだ複雑そうな顔でそう言うと、コチルのほうに向き直る。

「助けてくださり、ありがとうございます」


 コチルに頭を下げるのを、瑠璃はやや呆気にとられたように見ていた。それから、慌てて自分も頭を下げる。


「お、同じく瑠璃です! ありがとう! ……ございます!」

「……コチル」


 犬獣人は小さく名乗っただけだった。

 コチルよりも、ティキのほうがまじまじと物珍しさの混じった目で二人を見てくる。


「ふーん? なんか変な名前だな。まあ格好が変な奴もいるしな」


 瑠璃は下手な事は言わないでおこうと誓う。

 ただそれに関しては他の二人も同じことを思っていたのか、視線が痛い。カインに関してはもう見逃してくれてもいいのにとすら思う。


「なあ、もう説明終わっただろ? じゃあオレが連れてってもいいよな?」

「まだ途中だ」

「そうか! じゃあオレが説明すればいいな!」

 ティキは言うが早いか、カインの手を取る。

「よしっ、カイン! ルリ! 二人ともオレ様についてこい!」

「え?」


 さすがに子供相手に乱暴にするわけにはいかなかったのか、カインは当惑の表情を浮かべたまま立ち上がることになった。

 だがその次には瑠璃の手もとって、そのままぐいぐいと扉のほうへと引っ張り始めたのだ。


「ええ? ちょ、ちょっと……、って凄い力!」


 瑠璃もさすがに慌てて振り返ったが、コチルはふうっと息を吐いたまま見送っていた。

 これはもう日常茶飯事というか、どうしようもできないらしい。瑠璃とカインは引きずられるように扉へと向かうことになってしまった。

 感傷も感慨もないまま、扉をくぐり抜ける。

 ぱあっと視界が開けたかと思うと、明るい光の世界の下へと抜け出した。

 建物の中にいた時より、人の声が大きく聞こえる。窓から見た時よりもはっきりと認識できる世界には、さわさわと吹く爽やかな風。石造りの家々。質素な服に身を包んだ人々が、簡素な道具を持って作業に勤しんでいる。窓という額縁を挟むより、もっと身近だった。中世ヨーロッパの農村といった風な光景に足を踏み入れた途端、瑠璃はとてつもない現実感に目を輝かせる。


 ――う、うわああーっ! ファンタジーの世界!


 すんでのところで声を止める。

 カインも村の様子をまじまじと見ていた。


「よし! じゃあコーハイ二人! お前たちはオレについてくること!」

「はあ……でも、いったいどこへ……」

「ここでは働かざる者食うべからず! お前たちの仕事を見つけるに決まってんだろうが!」

「い、いや僕たちは」


 そんなことをしているヒマはない。

 だが、下手な事を言って機嫌を損ねるわけにもいかない。瑠璃は片手をあげた。


「はいはい! じゃあティキ先輩に質問!」


 コーハイと呼ばれたのでそう呼んだだけだが、ティキはピクッと立ち止まったかと思うと、妙にうずうずしていた。

 瑠璃はそれを見逃さなかった。


「説明が中途半端なので、いろいろ知りたいです! 先輩!」

「瑠璃さん……!」

「いいからいいから」

「お、おう。いいぜ。なんでも答えてやるからな!」


 ティキのほうはといえば悪い気はしていないようだ。

 それどころか嬉しそうでもある。得意げに胸を張って、先輩風を吹かす。


「その代わり、お前たちもオレの質問に答えるんだぜ」

「はーい。……ほら、とりあえず行こう!」


 瑠璃はカインの背を押しつつ、ティキに連れられながら村を回ることになった。

 ときおりすれ違う人々が、物珍しげに二人を遠巻きに見ている。特に瑠璃の服装は目に留まりやすいらしい。あきらかに違った目線を向けてくる。

 だがそのために、逆にカインは彼らの多くを観察することができていた。彼らの多くが左手に布を巻いていることに注目していた。

 ひとまず目線をティキに戻すと、気になっていたことのひとつを口にする。


「あの。この村から出られない、と聞きましたが……本当なんですか?」

「ああ、あの魔力嵐ってやつが厄介なんだと。お前たちもあの中通ってきたんだろ」

「うん。というか、ティキ君……ティキ先輩は外から来たわけじゃないの?」

「さあ? オレは気付いた時からこの村に居たからなー」

 そう言いつつ、ティキは振り返って後ろ向きに歩きながら続ける。

「コチルとかもそうだけど、ここの村の奴らは半分かそれ以上くらいが、外から来た奴らなんだってさ。でも、ここんとこは人が来てなくて、お前らが久々だよ」

 肩を竦めると、くるりと回って前を見て歩き始めた。

「来ることはできてもさ、もう一度向こうに行って……また帰ってくるやつっていうのはいないらしい。みんな死んだって言ってる」

 そう呟く声は、どことなく遠い。

「もっと詳しいこと知りたきゃ、ペックっていう爺さんのとこのほうが詳しいぜ」

「そうですね、後で案内していただけると」


 そうは言いつつも、カインはどこか険しい顔をしていた。

 鶏小屋の近くで鶏を追いかけ回している人を横目に、柵で囲まれた場所でウシが鳴くのを聞く。どこもかしこも人々はどこか牧歌的で、その表情に疲れは見えたものの平和そのものだった。魔物がいるといっても、ごく普通の農村の生活といった風だ。

 ここが荒れ地の中と言われても、誰も信じなかっただろう。

 やがて三人は畑の近くを通りがかる。

 一番驚いたのは、カボチャが植えてあることだった。

 カボチャはこちらの世界では「鬼瓜」と呼ばれる迷宮の植物で、魔物の餌扱いだからだ。とはいえ、魔物の餌扱いしているのは貴族や教会信者だけで、農村ではこういうこともあるのだろう。おそらくここでもあまり気にせずに植えているのだと思われる。


「みんな農作業してるね」

「そりゃそうだろ。仕事せずに何するんだ?」

「そういえば、コチルさんは何をしてるの?」

「あいつは見回りだよ。魔物とか入ってこないか見てる。で、見つけたらできるだけ倒す。たまに農作業とか手伝ってるけど、元剣闘士とかだったから、剣振り回してるほうが楽だーって」

「……そうでしたか」

「おーい! 新人が来たぞー!」


 ティキが声を張り上げると、農作業をしていた数人が腰をあげて三人を見た。


「それじゃあお前ら、とりあえずコレやってみっか!」

「えっ」

「えっ?」


 あまりに唐突すぎて、二人は思わずティキを見る。


「い、いや、僕は農作業は……」

「だーいじょうぶだって! みんな最初はやったことねーから!」

「そ、そうじゃなくて」


 カインはティキに説明しようとしていたが、にこやかなおじさんにも囲まれると、それ以上抵抗できなくなっていた。


「アンタは何か得意なことはあるかい? 変わった格好だね」

「えっ」


 瑠璃も瑠璃で、同じくにこやかなおばさんに捕まってしまう。

 二人はみるみるうちに住人たちのペースに乗せられ、そのまま「見習い」と称した仕事を割り振られることになってしまった。

 しばらくは畑で走り回っていたものの、瑠璃がふと気が付くとカインの姿は消えていた。そしてそのことに頭も回らないまま、次は裁縫、次は鶏と追いかけっこ、次は薪割り……とあきらかに体力と見合わないことまであれこれと試された。

 要はみな「後継者」を求めているらしく、ある意味で引っ張りだこなのだった。

 少なくとも小学校・中学と一通り家庭科を履修していて良かったと今ほど思ったことはない。


 瑠璃がようやく解放されたのは夕方になってからだった。もらったカボチャを手に、ふらふらとコチルの家に戻る。カボチャが割れないようにテーブルの上にそっと置いてから、ばったりと長椅子に倒れ込む。


「……め……めっちゃ疲れた……」


 完全にグロッキーになっている瑠璃と違って、カインはごく普通に帰ってきた。


「お、お帰りカイン君」

「大丈夫ですか?」

「生きてはいる……」


 へろへろになりながら手を振る瑠璃。

 それでも醜態をこれ以上さらすことはできず、起き上がって息を吐いた。自分もそうだが、カインも泥にまみれたらしく、腕をまくった姿だった。あちこち泥や汗で汚れている。


「途中からいなかったけどどうしたの?」

「鍛冶場で剣を研いでました。武器のほうがなじみがあるので」


 瑠璃はカインの表情が少し和らいでいるのに気付く。

 昔は育てのばあやに農具にすら触らせてもらえなかったというし、それもあって孤児院に入ってからも苦手意識が先行していたというから、相当根深いものなのだろう。

 むしろ必要に駆られて習得した剣のほうが使えるとは、本人も思っていなかったようだが。


「……しかし、驚きました」

「ふあ?」


 気の抜けた返事をしてしまったが、カインの目は真剣だった。


「台風の目……でしたっけ。外からでは、魔力嵐が大きくなっている、ということしかわかりませんでした」


 瑠璃は瞬きをしてから椅子に座り直す。


「ありえたことだったのに、思いつかなかった」

「実際来てみないとわかんないよね」


 私もそうだった、と瑠璃は頷いた。


「……みな、いきいきとしていた。人も、亜人も……」


 たった半日ここで過ごしただけで、皆が楽しそうだというのは見てとれた。

 出られないなりにやっている。そんな気さえした。少なくとも、協力しなければここではやっていけない――ぎくしゃくしたような関係はあまり見てとれなかった。

 だがカインの目は険しい。


「……彼らは、追放奴隷の可能性があります」

「えっ、何それ」

「おそらくここは当時の生き残り。それと、おそらくは外から迷い込んだ旅人、冒険者といった面々で構成されていると思うんです。しかし、それ以上に……ここは追放奴隷や追放された剣闘士が流刑にされていたという話があります」

「そうなの!?」

「噂程度ですが、ここは実質迷宮のようなものでしたからね。生きて帰れたら罪を許す、という」


 しかし、流刑にされた時点で生きて帰れないのは誰もがわかっていること。

 当然「帰れたら」というのは建前であって、実際のところはていのいい追い出し方でもあった。


「外で働いていた方々、みんな左手に布を巻いていたでしょう?」

「え、そうだっけ?」

「追放奴隷である印は、左手の甲に彫るんです。両手や何らかの理由ならまだしも、あれだけ多くの人たちが左手にだけ布を巻いているなら……多分、そうではないかと」


 瑠璃はこちら側の世界の常識に疎い。

 細かいことまで言われるとボロが出てしまう。


「とりあえず、その可能性が高いってことにしとこ。布の下を見たわけじゃないし、決まったわけじゃないでしょ」

「……そうですね。少々結論を急ぎすぎました」


 失礼でしたね、とカインは続けた。


「しかし、運良くたどり着いた者たちが、回復した後に再びあの魔力嵐を越えることは……まあ、無かったのでしょう。傷が治れば魔力も回復しますし。あったとしたなら、今頃その話はとっくに王や教会の耳に入っていて良いはずです」

「つまり、来たはいいけど今度は出られなくなっちゃったと」

 瑠璃はテーブルをこつこつと指で叩く。

「でも、いつまでもここで農家生活してるわけにもいかないよねえ……。ううーっ、ぐるぐるしてわけわからんくなる……!」


 カインの考えていること、これからの方針、そしてどうしていくべきかを相談しなくてはならない。

 考える瑠璃を、カインはじっと物言いたげな目で見ていた。顔をあげてカインの表情に気が付くと、瑠璃はちょっと考えてから頭を掻いた。もじもじと髪を弄り、少しだけ視線を逸らす。


「……ごめんね、カイン君。ここに人が住んでるっていうのは知ってたんだ」

「でしょうね……」


 カインは責めるでもなく、あまり表情を動かさずに言った。

 瑠璃は周囲を確認してから声を潜める。コチルがまだ帰ってくる気配はないが、他に誰かいないとも限らない。


「でも、カイン君がこの土地を取り戻そうと……解放しようとするなら、絶対にこのことは知ってないとダメだと思ったんだよ。正解だった。……ここはいま、彼らの土地……なんだと、思う」

「ブラッドガルドも、もともと知っていたんですか?」

 カインもまた声を潜める。

「ブラッド君も最近知ったんだと思うよ。ほら、あの使い魔で」

「使い魔?」

「カメラアイだよ、目玉の。ほらあれ、通信……っていうか、遠くが見れるじゃん?」

「……あれで?」

 カインは目を大きく見開く。

「……そうですか」


 小さくため息をつく。


「あの魔力嵐は勇者殿ですら近づけなかったといいますから。魔力の強い者ほど毒になる。僕ですらあのありさまですから、ブラッドガルドがここを放置していたのはそのせいでしょう。彼からすれば小さいことでしょうが……いざ手放すと惜しい、ということも……いや……」


 カインが途中で言葉を切った。

 後ろを振り向くと、ガチャリとドアが開いて、コチルが入ってきた。後ろからティキも続く。


「あーっ! いた! 何勝手に戻ってんだよ!」

「ああ。すみません。はぐれてしまったもので」

「ふつーに連れ回されたよね、私たち」


 しれっと口にした瑠璃とカインの合わせ技に、ティキももごもごと次の言葉を口の中で反芻する。


「飯だ。手伝え」


 ティキが何か言う前にコチルがそう言ったので、瑠璃とカインはついていくことにした。


「あー! ちょっと待て! 話は! まだ! 終わってない!!」


 後ろからティキの叫び声が聞こえる。

 コチルの後を追いながら、その左手に布が巻かれているのをとらえた。

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