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迷宮主さん、おやつ食べましょう!(仮)【完結】  作者: 冬野ゆな


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18話 メロンパンを食べよう

「今日のおやつはメロンパン!!」


 勢いよく扉が開け放たれ、その向こうから紙袋片手にした瑠璃が現れる。

 ブラッドガルドはその様子を冷めた目で見た。


「貴様、何の躊躇もなくパンを持ってきはじめたな……」

「そう言うなよー。メロンパンは分類で言えば菓子パンに入るんだからさ」


 紙袋をブラッドガルドに渡し、立てかけてあるテーブルを用意しに行く。その間にブラッドガルドは紙袋を目線の高さにつまみあげ、興味深げに見ていた。


「それに、学校の近くにメロンパンの移動販売が出ててさぁ。美味しそうな匂いがするから買いたくなって」

「……移動販売? 行商ではなく、か?」

「んーまあ……似たような感じだと思うけど、行商は一軒一軒訪ねてくやつでしょ。移動販売は店舗兼用の乗り物で場所を移動しながら……って感じ、かな?」

「ふむ。色々ある、と」


 やがてテーブルの位置が定まると、座布団をぱたりと床に置く、


「それで、菓子パンという分類は……、そのメロンというのが菓子なのか?」


 テーブルに紙袋を置きながら、ブラッドガルドは尋ねる。

 瑠璃はお茶を用意しながら首を振った。


「メロンは果物だよ、知らない?」

「知らん。ならばその果物が使われている、というところか?」

「いやメロンは入ってないけど」


 無言になったブラッドガルドを無視して、紙袋の中からメロンパンを一つ取り出す瑠璃。

 よく知られた、薄い黄色の円形に格子状のひび割れが入ったタイプだ。


「そういうわけで、これがメロンパン!」

「ほう」

「それで、こっちの緑色のやつがマスクメロン入りのメロンパン」

「ちょっと待て小娘」


 珍しくブラッドガルドからのツッコミが入る。


「貴様、たった三十秒足らずで言ったことを覆すな」

「事実だからしょうがないじゃん」


 紙袋の端をひとつ破り、更に下の所も破いて紙を広げる。

 中からは普通のメロンパンが二つと、緑のメロンパンがひとつ出てきた。


「数が足りんようんだが、こちらの緑色のは――」

「うん。夕ご飯前に二個も食べるのはどうかと思うから、そっちは食べていいよ」

「殊勝な心意気だ、小娘」

「でもクリームだけ一口ちょうだい」

「……」

「何で黙るの」


 瑠璃はメロンパンを手にとりながら尋ねたが、当然のごとく返事は返ってこなかった。

 サクリとしたビスケット生地の向こうに、ふんわりした中身がある。焼きたてに近いからかとても柔らかかった。もふっとしたパンの柔らかさを楽しみつつも、瑠璃はむしろ表面を覆うビスケット生地のほうが好きだった。

 砂糖のざりざりとした感触も絶品だ。

 たっぷりの砂糖と甘みが凝縮している。


「上のビスケット美味しいよねー。メロンパンの醍醐味ってここだと思う!」

「これはビスケット生地なのか」

「まあクッキー生地でもあるけど……美味しいでしょ?」

「…………まあまあだ」

「んむ。それは良かった」


 たぶん絶対美味しいんだろうなと思いながら、瑠璃は頷く。

 瑠璃は昔からこっちのビスケット生地のほうが好きで、外側だけ優先して食べていたことがある。さすがにこの年齢になるとそんなことはしないが、たまに外側だけつまんで食べるような行儀の悪いことをした。

 何口かした後にブラッドガルドがじっとパンを見ていたので、目線をあげる。

 それに気が付いたのか、彼は瞬きを何度かした後に言った。


「これが普通に売られているのか……」

「うん。そだよ」


 瑠璃は目を瞬かせた。

 以前食べたクロワッサンに比べると、メロンパンは『パン』という食材そのものに近いのかもしれない。


「冒険者どもが持っていたのはもっと固くて茶色かったが」

「好みもあると思うけど、やっぱりそういうのに慣れてると、白いパンはどう?」

「悪くはない……それに」


 瑠璃はごくんと口の中身を噛み下してから尋ねる。


「それに?」

「あろうことか、封印された者が――自分たちしか食えないものを食っているとは思わんだろうよ」


 やや愉快そうに言った。

 確かに悪戯のようで心地良くはある。瑠璃はメロンパンを口に含みながら、目線だけで笑った。


「それで、当然説明はあるんだろうな」

「あ……やっぱ要るのね……」


 多少は、やっぱり来たかという感覚は拭えない。瑠璃はそっとスマホを手に取った。


「まず、パンは当然わかるよね」

「今更聞くことか?」

「日本だけのものだと思うけど――あ、日本だけの概念って書いてある――日本のパンって、菓子パンと惣菜パンっていう風に分けて考えられてるんだよ」


 瑠璃はスマホを確認しつつ、スクロールさせる。


「菓子パンはジャムとかクリームとかが入った、基本的に甘いパン。惣菜パンは正しくは調理パンっていって、パンとは別に調理したもの……ピザ風だったり、カレーとか焼きそばとか入ってるやつが惣菜パンだね」

「おい、後半がさっぱりわからんぞ」


 調理済みということで人間の食べ物ということを差し置いても、カレーも焼きそばもブラッドガルドの世界には無い。


「ピザはこの間冷凍のだけど食べたじゃん。水族館行って戻ってきたあとだっけ、きみが何でか凄くお腹空かせてた時」

「……あれは……、魔力を回復するために、体の維持に回す分まで魔力に変換してしまっただけだ」


 自分でも不覚という意識があるのか、微妙な不機嫌さを隠しもせずに言う。


「大体、次の日ものこのこ来ただろう貴様は」

「えっうん、来たけど」

「……」


 返事の代わりに、目元がぴくりとだけ動いたあとに舌打ちが聞こえた。


「ねえ、今何がきみの怒りに触れたの!? どゆこと!?」

「黙れ。とにかく、カレーも焼きそばもどういう食い物なのかまったくわからんではないか。そのうち持って来い、必ずだ」

「一発で覚えてる!? ……というかそれ、お菓子じゃないんだけど」

「そんなものは知らん。実際に知らなければパンとして食った時に評価がしにくい」


 評価といっても、その感想の大部分が「まあまあ」で済ませられるのでまことに遺憾である。

 瑠璃はいささか冷めた目でブラッドガルドを見たが、彼はしれっとその視線を流した。


 ――ま……まあいいか、カレーパンもたこ焼きも考えようによってはおやつみたいなものだし……。


「んんん……じゃあ……まあ、それは考えておくとして……、話を戻すと、メロンパンはその菓子パンの分類」

「それで、メロンは入っていないのだったな」

「それね。由来にも関係するんだけど、今一番信じられてる説で、『メロンに似てるから』ってのがあるんだよ」

「……見た目がか?」

「ん」


 瑠璃はひとつ頷くと、スマホで適当なメロンの画像を出す。


「メロンパンがいつできたのか、って、実ははっきりしたことはわかってないんだけど、今はこの説が主流かな」


 メロンは東洋のウリも含めた品種群のことだ。というより、原産地にあたるインドを中心に、西方に伝わったのがメロン。そして東方に伝わったのがウリと呼ばれているだけだ。

 日本でもマクワウリなどが栽培され、ウリといえばマクワウリのことだった。

 ヨーロッパに渡った頃にはまだそれほど甘くはなかったが、その後長い間改良が重ねられ、現在のような甘いメロンができあがった。


 メロンは品種によって中が緑であったりオレンジ色であったりするが、メロンと聞いて想像する特徴的な姿は、球体に編み目のある外側だろう。

 ちなみに『似ている』由来であるところのマスクメロンは、何かひとつの品種ではなく、ジャコウの匂いを持つメロンの総称のことである。日本においても、アールスフェボリットおよびその系統種のことである。


「……似ているか……?」

「えっ、ほら、じゃあメロンのイラストにはそっくり!」

「イラストに似ていてどうする……!?」


 ブラッドガルドの眉間の皺がますます深くなった。


「なんか今日、きみがツッコミを多用してるけどどうしたの……?」

「誰のせいだ」


 少なくとも自分のせいじゃない。と瑠璃は心の中だけで反論した。

 自分のせいではない。


「他にも起源とされることは色々あってね。ドイツに似たような製法のお菓子があって、それを元にしたとか。帝国ホテルに引き抜かれたパン職人が、フランスのガレットを元にして発明したとか。木村屋の店主が出した新しい菓子パンの実用新案登録がそっくりで、これがルーツになってるとか。あとは『メレンゲパン』がなまったとか……」

「相変わらずわけがわからんが……、その有名パティシエが作った、という説はどこにでもあるんだな」

「真偽はともかく、お姫様が伝えたとか有名パティシエが作ったとか、もうテンプレレベルではあるね……」


 真顔のまま言う。


「あと、もともと『サンライズ』って名前で作られた話もあるよ」

「サンライズ?」

「放射状の線をつけて、太陽に似てるからって形でサンライズ。だけど今の格子状の線のほうがつけやすいからって、今みたいな形になったみたいだね。他にももっとアーモンド型……っていうか、日本のマクワウリみたいな形のメロンパンもあったんだけど、丸形で格子状のメロンパンが基本になるにつれて淘汰された感じ、かな。

 今でも一部ではサンライズで売ってるところもあるし、違う形で売り出して目を引く商品とかもあるけど」


 たまに新商品で見るような、小さい形だけでなく四角や長方形といったものも出来ては消えたり増えたりしている。


「こっちのマスクメロン入りもね」


 瑠璃が緑色のメロンパンを指さそうとすると、ブラッドガルドが先にかっ攫っていった。


「メロンの香りをつけてあるのと、中のクリームにメロンが入ってるんだけど。それは時代が追いついた感じで、命名とは別なんだって」


 前半はお店で聞いた説明をそのままする。


「なるほど。メロンパンにようやくメロンが……」

「商品によってはイチゴ入りのメロンパンもあるけどね」

「おい、わけがわからんことになっているが」

「チョコレートが入ってるのとかはまだいいほうだからね」


 ブラッドガルドは僅かに、頭痛に悩まされているような表情をした。こんな話題でなければ、何か重大な問題に頭を悩ませているのではと思ったことだろう。たとえば女神が直接攻めてきたとか、人間の勇者が再び現れたとかそういう感じの。

 次第に考えないことにしたらしく、そのまま緑色のメロンパンにかじりつく。表情はまったく変わらないが、中のクリームにたどり着くと、しばらく眺めたあとにすぐさままた口に入れた。お気に召したらしい。


「……そういえば」


 口元についたクリームを舌で舐め取りながらブラッドガルドは続ける。


「焼きそばだのピザだのの前に、メロンの味がわからんと言うべきだったな……」

「やめてメロンは高い」


 即座に言う瑠璃。


「味がわからなければ評価のしようもないだろう」

「絶対『まあまあ』しか答えないでしょ!?」

「決めつけるな」


 そうはいうが、だいたい同じ結論しか出してこない。


「……きみ、人間の技術だからって切って棄てるくせに、結構好きだよね……」

「そう見えているなら貴様の目は節穴だ」


 そうは言うものの、人間の生み出した物そのものが嫌いなわけではないんだろうな、とは思う。

 本当のところは、どうなんだろうか。

 かといって、今それをどうこうできるわけではない。瑠璃も何か尋ねるということはしなかった。


「ねー、一口ちょうだいそれ」

「やらんぞ、貴様はその普通のを食ってろ」

「クリームだけでいいから」

「くどい」


 ただ今は、このお茶会を全力で楽しめれば良かった。

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