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52話 イチゴ大福を食べよう

「んーっ! いいじゃない、これ!」

「おっ。ほんと?」


 ご飯をよそっていた瑠璃が、振り向いて言った。

 対面式キッチンの向こうでは、豚肉とキャベツのトマト煮を頬張っている母親が見える。


「ってかお母さん、なんで先に食べてんの」

「そりゃ自分の娘がとうとうバッチリ夕飯用意できるようになったら気になるでしょ~」


 だからといってまだお茶もご飯も用意できていないうちから箸をつけないでほしい。


「瑠璃は絶対料理に向かないって思ってたから、お母さん感動するわ~」

「なんで!?」

「卵をそのままレンジでチンしたり、肉とか水で洗いそうだから」

「さ、さすがにそこまではしない……」


 それでも思い当たる節はあるので、視線だけは逸らしておく。


「というか、急にどうしたの?」

「ちょっとSNSで公開されてるレシピを食べたくて」


 そういうことにしておく。まさか異世界に紹介する用の料理を探していたとは言えない。

 ようやくご飯とお茶をテーブルに置くと、瑠璃も椅子に座る。


「最近はスーパーどう? 果物とか変わった?」

「あー……イチゴが出てきたかな。まだちょっと高いけど」

「イチゴかあ。イチゴいいわね」

「いまイチゴは高いよって話をしたとこなのに?」


 さすがに真顔で突っ込まざるをえない。


「あっ、それならアレはない? いちごだいふく」

「イチゴ大福? そういえばあったような気がする……?」

「和菓子コーナーでもいいし。ほら、近所にあったでしょ和菓子の亀屋さん。あそこのでもいいから」

「うーん……売ってるかなあ。でも和菓子屋さんのは本格的で美味しいよね」


 でもイチゴ大福かあ、と瑠璃は思う。

 中身がこしあんなら、買ってきてもいいかな、と少しだけ考える。


「じゃあ、友達の分も買っていい? 家に来る時に食べるから」

「友達の分くらい自分で出しなさいよ……」


 母親の目にあきれの色が混じる。ところがそれもすぐに消えた。


「ああ、でもそれっていつもの友達?」

「え? いつものって?」

「たまに来てるんでしょ、誰だか知らないけど」

「え……、お、おう。そうだね」


 思わず歯切れが悪くなってしまう。

 何も間違ってないけれど、さすがに異世界から来ているとは言えない。


「お世話になってるし、買ってもいいよ」

「ホント? やった! ありがとね!!」







「というわけで今日のおやつはイチゴ大福!」

「……」


 ブラッドガルドは微妙な目をして瑠璃を見た。


「何が『というわけ』なのかさっぱりわからんのだが」

「お母さんがいつも仲良くしてくれてありがとねって」

「……。まあ、貴様の面倒を見ているという点においては間違ってはないな」

「えっ」


 さすがにその意見には言いたいことが山ほどある。


「ホントはイチゴの季節ってもっとあったかくなってからなんだけどね」

「今は寒くなる時期なのではなかったか……?」


 十一月。

 気候が変わってきたせいかまだ少し温かいが、冬に向かっているのは間違いない。これから十二月に向けてどんどん寒くなってくる時期だ。


「でも今はほとんどハウス栽培とかじゃないかなあ。モノによるけど」

「……季節を問わない、ということか?」

「いちおう出てくるのは冬からだけど。クリスマスが近いとイチゴの需要が高くなるからだってお母さんが言ってた」

「なぜだ。クリスマスはチョコケーキではなかったのか」

「基本的に昭和の日本人はケーキイコールイチゴのショートケーキっていう」

「……わからん」


 なんだそれは、と言いたげな目でブラッドガルドはぼやいた。


「まあともかく、大福は一年中あるけどイチゴ大福はだいたいこの時期が旬なんだよ!」

「……」


 年中作れるクセに妙に季節に拘るのはなんなんだ――ブラッドガルドはその言葉を呑み込んだ。聞いてもどうせ同じ答えしか返ってこないと思ったからだ。

 とはいえ、その知識が軽々とこちら側の人間に渡るというのも腹が立つ。一応瑠璃も選んではいるだろうが、あえて意識させないことにした。

 ブラッドガルドはその代わりに、目の前に置かれたものを示した。


「で、結局これはなんだ」

「イチゴ大福」


 白く丸い、もちもちした物体。

 どことなく赤みをおびて、ピンク色がかっている。

 イチゴというからには中にちゃんとイチゴが包まれているのだ。


 瑠璃は四つ入りのプラスチックケースを開けると、そのうちの一つを手にとった。


 見た目通り触った食感はもちもちしていて、表面はやや粉っぽい。指で押しただけでも潰れそうだ。だが、中に入っているイチゴのおかげか、奥のほうはやや固い手応えがある。

 どこから食べようか、と少し見回してみてから、結局横あたりにかじりついた。

 もちっとした感触の皮に侵入する。舌の上でこしあんの上品な甘みと、ほどよい酸味のあるイチゴが混ざり合って踊る。


「ん~~っ、美味しい……!」


 もしゃもしゃとイチゴをかじる瑠璃。

 ブラッドガルドもしばし珍妙なものでも見るかのように眺めていたが、そのままかぶりついた。半分ほどを一気に持っていき、中で鎮座するイチゴを見つめている。


「……イチゴ大福、というからには、そもそも大福というものがあるのだろう」

「お。気付いた? 当然あるよ!」


 二口目にかぶりつきながら、瑠璃は片手でスマホを引き寄せる。カバーを開いてテーブルの上で開きっぱなしにすると、インターネットに接続する。


「んっとねー……」


 瑠璃の目がスマホに行っている間に、ブラッドガルドは残りの半分を口の中に入れた。ようやく目当ての情報に行き着いた瑠璃が顔をあげたときには、二個目に手を伸ばしているところだった。


「大福じたいは江戸時代の後期あたりから存在するんだよ。江戸時代って、いわゆる町人文化が発達してね。それまでの歴史って、いわゆる貴族とか武士、つまり上の人々が作ってきたんだけど、ここで町人のお菓子もたくさん発達してきたわけ。大福もそのひとつだね」

「じゃあその当時からそんなに変わってはおらんのか」

「よくあることだけど、当時はもっと形が大きかったみたい。えーと……、はらぶと……もち?」

「は?」

「……腹太餅、って呼ばれてて、要は腹持ちが良かったみたいだね。なんかこの漢字を当てられると、大福じたいがおなかみたいに見えてくるけど」


 瑠璃は大福のように大きなお腹を想像する。

 それは違うのではないか、とブラッドガルドは思ったが、無視する。


「でも、砂糖の入ったあんこを入れたり、形を小さくして名前を大福に変えたのも、お店で売られるようになってからみたいだね」

「元々のものがあったのか」

「うん。家庭で作ってたものをお店で売るようになったみたいだからね。中のあんこもその当時は塩餡って呼ばれてるものが入ってたみたい」

「塩餡……?」

「塩で味付けしたあんこだって」

「……そちらのほうがまだ理解できるな」


 ブラッドガルドの世界――すなわち現代日本から見た異世界では、豆は基本的に塩味で調理するものだ。

 スープにしたり、ソースにしたり、用途は様々だが塩味であることは共通している。現代日本のように砂糖を足すのは想像の範囲外なのだ。特にブラッドガルドも、形の無いこしあんならともかく、豆の形が残るつぶあんをいまだにどう受け止めていいかわからないでいる。


「カイン君とこでも好き嫌いが分かれそうだなあ、つぶあん」


 ちなみにブラッドガルドのつぶあんに対する意識は、若干人間達に曲解されてしまっている。おかげでカインの国で珍妙な噂となってしまったが、解き方もわからないので絶賛放置されているところだ。


「和菓子としては江戸時代後期って比較的新しいほうなんだけど、わりとメジャーどころではあるんだよね。それが昭和の後期に入ってイチゴを入れたお店がある、って感じだね」

「ほう。誰が、というのはわかっているのか」

「ん~、どこのお店がイチゴを入れ始めたかってよくわかってないみたい。元祖を主張するお店もいっぱいあるし、一応特許を持ってるお店もあるみたいだけど。でもあんこも作り方で味が変わるし、そのぶんいろんなイチゴ大福があっていいと思うよ」

「……似たようなものではないか?」

「だってブラッド君。たとえばの話だけど、私の作ったクッキーと市販のクッキーとどっちがいい?」

「市販」


 即座に明確に答えるブラッドガルドを睨みつつ、気を取り直す。


「そういうものだよ。どこで作ってるかって結構重要なんだよ。お店が好きだから、ってのもあるし、そこのお店のお菓子が好きっていうのもあるし。こしあんとつぶあんの違いとか」


 言いながら、瑠璃はスマホを操作する。

 その間に二個目をとっくに食べ終わったブラッドガルドは、三つ目に手を付けていた。


「私は妖怪大福が可愛くて好きだよ!」


 スマホ画面に映し出された画像を見せる瑠璃。

 『江戸うさぎ』という店が出している、妖怪イチゴ大福だ。

 口のように切られた大福から、イチゴが舌のように見えている。ゴマで作られた目はつぶらでチャーミングだ。


「ね? 可愛くない!? 食べてみたいんだよね~!」

「……」


 だが、ブラッドガルドに可愛いという感覚は相変わらずよくわからなかった。


「……わからん」

「可愛いは絶対的な付加価値なんだよ! あと、日本人は本質的に妖怪が好き。たぶん」

「…………まったくわからん……」


 そう返したのにもかかわらず、瑠璃は同意を引き出そうと見せてくる。


「ほら、なんか蛇っぽいし」

「……蛇が好きだったとは初めて聞いたぞ」

「前は別にそんな好きじゃなかったけど」


 なんなら苦手だったけど、と続けると、ブラッドガルドはますます疑問符を浮かべる。

 だが結局これ以上は無駄だと判断したのか、無言でスマホ画面に手を伸ばした。指先で勝手に画面をスクロールすると、下のほうの画像に目を留める。


「……これは? イチゴではないが」

「ん? どれ?」


 表示された画面をひっくり返して見る。


「あー……これは……なんだろ。アンズか……柿とかかな……?」

「おい、イチゴ大福はどうした」

「最近はイチゴだけじゃなくて、マスカットとかも入ってるやつが作られてたりするんだよ、ほら」


 スマホを何回かスクロールさせると、検索画像の一覧を見せる。

 それぞれの店や手作りのものまで、イチゴはもとよりメロンやブルーベリーまでと多岐にわたっている。


「あとは生クリームが入ってたりして、洋風にしてあるのとかもあるね」

「なるほど。何故それも買ってこなかったのはひとまず不問にしてやろう」

「それ次に買ってこいって意味?」

「どうとでも取るがいい」


 結局いつか買うことになるんだなこれ、と瑠璃は理解する。

 温かいお茶に手を伸ばし、喉の奥に流し込む。胃の奥がぽかぽかと温かくなって、まったりとした気分になった。

 落ち着く。

 瑠璃はブラッドガルドを見ながらも、ついついそんなことを思ってしまった。

 ブラッドガルドに視線を向けられ、妙な目で見られても、ついへらっと笑ってしまった程度には。

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