社畜と魔女02
突然空中ディスプレイが現れ、AIが訳のわからないことを話したせいで有栖川はベッドの上で腰を抜かしてしまった。
まさか、僕たちが務めている工場で、しかも僕たちが日常的に作っていた物が魔法を使うための道具だったなどとは思いもしなかっただろう。魔法なんて、そういう発想すらなかっただろう。
「ごめん、ちょっと腰が抜けちゃって……三間坂くん、起こしてくれない?」
僕は空中ディスプレイを閉じ、有栖川の手を引いた。この空中ディスプレイは起動した者の燈値を動力源にしており、起動もシャットダウンも意志によって簡単に操作できる。
「ん、ありがとう。……ははは、すごいね。空中ディスプレイって、既に実用化されていたんだね」
「そうなんだよ。それも、僕や有栖川がその空中ディスプレイの一部を製造する下請けに勤めていたなんて、笑っちゃうだろ?」
「まあ、そうだね。というか、燈値30,000ってなに? どういう意味?」
「あー、燈値は、わかりやすく説明すると、ゲームに出てくるマジックポイントみたいな数値なんだ。貴族や社畜の差別なく、全ての人間に生まれつき備わっている。と言っても、その容量というか、数値は人によって違うらしいけれどね。僕に生まれつき備わっている燈値が30,000で、これが多いのか少ないのかは、僕は僕以外の人の燈値を知らないから、なんとも言えないわけだけれど」
あくまで、僕以外の”人”の燈値での話であって、知り合いの魔女の燈値は知っている。
「よくわからないけど。それで、そのマジックポイントである燈値を消費して魔法が使えると、三間坂くんはそう言いたいわけね?」
「……なんだよ。まだ信じていないのか」
「信じるも何も、わからないことだらけだからね。逆に、三間坂くんはどうして知っているの? 私だけが知らない話だったらわかるけれど、魔法って、世間一般的に常識ではないよね?」
「有栖川が言いたいことはわかる。確かに、これは僕たち社畜には非常識な話だ。魔法も、魔法補助装置であるAIも、魔法を使うための燈値というものが人間に備わっていることも、貴族だけに知らされている情報みたいなんだ」
「それ、ますますおかしいよね。貴族だけに知らされている情報を、どうして三間坂くんが知っているのよ」
「察しがいいな有栖川。というか、それを教えるために、今日僕は有栖川を訪ねてきたんだ」
有栖川は頭上にクエスチョンマークを浮かべたままだが、それを取っ払うため、そろそろアイツに出てきてもらうことにした。
「居るんだろマリア、そろそろ出てきてくれないか」
僕が魔女を呼ぶと、有栖川の部屋の空間が割れ、心地よい光とともにマリアベール・ティアラ・エンゲージが顔を現した。
ひょっこりと、顔だけである。
これには有栖川も絶句し目を丸めていた。
「ごきげんよう」
「出てきてくれてありがとうマリア。でもそれではまるで生首だ。有栖川が失神しかけているから、ちゃんと出てきて、僕の隣に座るんだ」
「あが、ががが」
危ない。有栖川が恐怖のあまり壊れかけている。
マリアは目を細めて不満そうな面持ちで僕を見つめ、ようやくその姿を現した。
「これでよろしくて?」
行儀正しく、僕の横で正座したマリアは腰を抜かして壊れかけの有栖川に目をやった。
「そちらの方が、よく貴方のお話に出てくる有栖川ですの? しかし、あらあら、これでは貴方がお話になる素敵な女性には見えませんこと。貴女、女性が足を広げて、はしたなくてよ」
「マリアが生首状態で現れたから腰を抜かしているんだ。というか、僕も言おうかと迷っていたけれど、有栖川、目のやり場に困るからそろそろ正気に戻ってくれ」
休暇日だから、有栖川はストッキングを履いていない。魅惑の生足。
「わたくし、マリアベール・ティアラ・エンゲージと申しまして、貴女方人間が言うところの魔女ですわ」
「三間坂くん、助けて」
「大丈夫だよ有栖川。こう見えてマリアはいいやつだ」
スーツではないから、有栖川にはマリアが貴族に見えているのかもしれない。それに、色白金髪碧眼の美女だ。異世界の人間に見えているのかもしれない。
「むりむりむり! 怖すぎる! 魔女ってなに!? いつから、というかどこから私の部屋に入ってきたの!?」
怯えに怯えている有栖川が助けを求めるため僕の腕を引っ張り、それがかなり痛かったり、マリアはただただ無言で座っていたりと、有栖川が落ち着くまでしばらく時間を要した。
しかしこれで、ようやく本題に入ることができる。
「落ち着いたか、有栖川」
「ごめんなさい、取り乱してしまって」
「いや、悪いのはマリアだ」
隣に座る魔女から睨まれたが、今は有栖川に全てを説明することを優先すべきだろう。
僕が半年前に異世界の魔女マリアベール・ティアラ・エンゲージに出会ったこと。
魔女は僕たちが居る世界と異世界の境界を自由に移動できる能力を持っていること。
この半年の間に、魔女の能力のおかげで貴族しか知らない情報を得ることができたこと。
魔法や魔法補助装置AIも、燈値を消費して起動すること。
消費した燈値は体力のように時間が経てば回復するが、残量がゼロになると絶命すること。
現在、貴族が魔法の研究を行っていているが、魔法自体は未だに謎が多いこと。
僕が知っていることを有栖川に説明した。
そして僕が、この魔法で世界を変えたいと思っていることを伝えた。
僕が目指していること、それは、身分の差がなくなり誰もが平等に生きられる、1億総活躍社会だ。