社畜と魔女01
「なあ、有栖川」
「なに? 三間坂くん」
社畜に与えられた集合住居、通称社畜寮の一室、有栖川小町の部屋で、僕と有栖川は久々の休暇を過ごしていた。
有栖川は僕よりも1つ年下なのだが、20代半ばともなれば1つ年上だろうが1つ年下だろうが、特に気にすることはない。現に気にしたことはないし、有栖川もこれに関して同意見だろう。
「魔女ってさ、いると思う?」
「え、なに、どうしたの? ストレス溜まってる?」
突拍子もない僕の質問に、有栖川はその可愛らしい幼い顔を曇らせた。
半年前に出会った異世界の魔女、マリアベール・ティアラ・エンゲージの存在について、僕はこれまで一切公言していなかった。
ちなみに、休暇日でも僕たち社畜はスーツ姿である。というか、スーツ以外に与えられる服といえば寝間着くらいのものだ。
今は夏なので、僕はジャケットとネクタイを着用していないし、有栖川もスーツスカートとブラウスのみではあるのだが、この社畜御用達のスーツという着衣は本当にこれと言って全くの機能性がなく、女性用は更に増して窮屈そうに窺える。たぶんこれ、絶対に走れない。タイトすぎるだろ、スカート。
それもこれも、社畜と貴族の優劣や上下の関係をわかりやすく体現しているのだと思われる。
社畜が役人に対して反乱を試みても、このスーツは攻守のどちらにも適さないからだ。
「あ、冷蔵庫に栄養ドリンクあるけど三間坂くん飲む?」
「まってくれ有栖川、ストレスが溜まっているわけじゃないし、疲れもこれといって溜まっていない。僕の言い方が悪かったよ」
「三間坂くん真面目だし、真面目な人ほど……ほら、病みやすいって聞くから」
狭いベッドに腰かけていた有栖川は、床に座っている僕の顔を心配そうに覗き込む。
ボタンの開いたブラウスから、痩せた鎖骨と年相応に成長した胸部が目に入り、思わず顔を逸らしてしまった。
「……質問を変える。僕たちが毎日工場で作っているかなり小さな銀色の板っぽいやつあるだろ? 、あれ、何に使われているのか、有栖川は知っているか?」
「考えたこともなかったけれど……え、三間坂くんは知っているの?」
「ああ。あれは人が魔法を使うための補助装置というか、人工知能AIなんだ」
「病院に行こう、三間坂くん。最近流行ってるもんね、魔法とか、そういうの」
「……」
有栖川の発言からもわかる通り、基本的に社畜に自由はないものの、娯楽はある。テレビはあるし、PCやスマホもある。飲食店や娯楽施設、漫画やゲームだってある。
まあ、テレビドラマの役者は全員社畜であることは言うまでもなく、飲食店や娯楽施設で働いているのは当たり前のように社畜で、漫画を描いているというか描かされているのも当然社畜だ。
ようするに、約1億人の世界の秩序を保つために、社畜は貴族の命令に従っているのだ。
わかりやすく言うと、僕たち社畜が働いている会社の社長が貴族というわけだ。どの会社も例外なく、使用者が貴族で、労働者が社畜。
社畜が使用者になることもなければ、貴族になることもない。社畜に生まれた者は命尽きるまで社畜であり、貴族に生まれた者は、同じく命尽きるまで貴族である。
と、いう話は今の僕にとって割とどうでもよく――有栖川が慈悲深い笑顔で僕を見ているのだが、なぜか心が痛い。
「有栖川、僕の話を信じていないだろ」
「いやいやいや、おかしいよ。魔法? そういうの、漫画とかゲームの世界の話でしょ」
この反応は想定内と言えば想定内だ。
誰だって、僕だって、すんなりと魔法が現実のものであるなんて信じられるわけがない。
百聞は一見に如かずだ。魔法を見てもらう方が早いだろう。
「シェリー、僕だ」
「えっ、急にどうしたの三間坂くん!? シェリー!? 誰!?」
AI”シェリー”を呼ぶと、空中ディスプレイが僕の目の前に表示され、電子音が起動を告げる。
《シェリーを起動しました》
「え、え!? なにこれ!?」
《燈値30,000、残量の100%を確認》
「ちょっと、三間坂くん!?」
有栖川が驚くのも当然だろう。これが魔法補助装置、人口知能AI”シェリー”だ。