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4話・ユメセカイの開催


 それから一月ほどは、多少問題もありつつも母は夢の館での生活に慣れて来たようだ。俺は週に一度は顔を出しつつ、幽木さんと山田さんのメール連絡などを受けていた。


 幽木さんはとても事務的な内容だが細かな事が書いてあり、少し読む方も疲れる内容だ。山田さんは明るく楽しい内容で、少し誘われているのか? と勘違いする内容のメールを送って来る事もある。


「……何だ? 戸田洋子さんが主役のイベント?」


 ある日の幽木さんのメールにはそういう内容が描かれていた。その話を聞く為に週末に夢の館に向かう。母と会うと時間がかかるので、まずは素早く事務所に移動してから幽木さんとメールの内容について聞く。


「この戸田洋子さんが主役のイベントとは、普段のレクリエーションとは違ったイベントです。洋子さんはお話好きでまだまだパワーも有り余っているので、他の入居者さんの力を引き出してくれる面にも期待してます。なので、私は和樹さんの協力も得てこのイベントを開きたいのです」


「はぁ……まぁ、母は自分一番なのでこういうイベントは乗り気だと思います。俺も出来る範囲での協力はしますよ。何かしてないと退屈だとも思うし」


 少し頭を抱えて俺は答えている。

 面倒ではあるが、これは受けておいた方がいいなと思う。このイベントを通して、母の昔語りをさせて色々な過去を知れたら、俺にとっても好都合だと思うからだ。


(過去のキラキラしたユメセカイを感じられた状態なら、幸せに死んで行けるだろう)


「なら和樹さん」


「え!?」


 突如の背後からの声に驚いた。

 少し頭を抱えていた時に、幽木さんはすでにイスから立ち上がっていたようだ。


(いつの間にか移動してたよ……何か俺も母も夢の館を盛り上げる為の道具になってるな。この幽霊腹黒いのか? 黒く長い髪が余計幽霊に感じさせるな……)


 相変わらずの無音移動に焦った。

 そうして、母の主役イベントの話は実行に移されたんだ。





 母の主役のイベントは「ユメセカイ」に決定していた。どこで知ったかは知らないが、幽木さんはユメセカイという俺が勝手に考えていた言葉を使った。どこかで独り言でも呟いていたのがバレたのか。


 そんなこんなで、ユメセカイの当日になった。


 夢の館に到着し、中に入ると山田さんが出迎えてくれた。山田さんはやけにテンションが高くいつもより元気だ。そして、距離がかなり近い。そして、フリールームへ入るとそこはいつもの場所では無かった。


「うおー……やけに華やかな飾り付けだね。みんなでやったんだ?」


「折り紙とかはみんなで折ってもらったけど、この飾り付けは私が考えたのです! イベントなら周りの雰囲気も変えないといけないと思ったから!」


「いいアイデアだと思うよ。これはいい。若いセンスは素晴らしい」


「ありがとうございます!」


 フリールームの飾り付けは山田さんが考えてしてくれたようだ。若いだけあって、かなりセンスがある。おそらく幽木さんでは出来ない芸当だ。


「こんにちは和樹さん。ユメセカイへようこそ」


「こんにちは幽木さん。今日はよろしくお願いします」


 幽木さんは、明るいイベントでも幽霊のように登場するから面白い。本当のユメセカイへ連れてってくれそうでもある。そうして、他の入居者とスタッフも集まり母が中央の奥の席に座った。少し暗くした室内にプロジェクターが映し出され、俺の小学生時代の写真のスライドショーが行われ出した。


(懐かしい……そして、恥ずかしい……)


 この頃は、髪型もスポーツ刈りという短髪で母に言われたままの髪型だった。おそらく90年代で終わった髪型だとも思う。

 そうして、母の話が始まり他の入居者も色々と話し出す。俺もそれに混じり色々と話を広げる。次第に母を中心に集団にまとまりが生まれるのを感じた。その中で、小学生時代に苦労した話を聞いた。


 仕事であまり学校の行事に参加出来なかった事。

 イライラしてて無意味に叩いた事。

 夏休みの宿題の読者感想文を自分が書いて賞を取ったのは本当に良かったのか?

 

 そんな母の苦悩も聞くことが出来た。

 母も元気だった頃のような活力があるのを感じる。話し方も堂々としていて、立派に感じる。


 俺はこの話を聞きたかったのも有り、このイベントはすでに成功していた。スタッフも入居者も涙している人もいて、幽木さんがわざわざ考えたイベントは大成功だと感じていた。


 同時に、何故ここまで細かくて優秀な幽木さんがこの夢の館という施設の担当になったのかも気になった。幽木さんの能力ならば、もうケアマネージャーなどに出世しててもおかしくないと思ったからだ。


 そんな事を考えていると、母の手元にあるアルバムから俺の幼稚園より前の写真が落ちた。それは、別れた俺の父親が写っている写真だった。


「……」


 それを母は拾うと、さっきまでの笑顔と自信に溢れていた顔は消え去った。そして、会場の雰囲気が少し変わる中、母は突然話を切り替えてしまう。


「和樹の父親とは……別れています」


『……?』


 その場の全員は何の話だ? と唖然としている。当然だ。これは俺にはすぐにわかる。昔の父親の写真を見て、離婚の話をしようとした時に母に異変が起きたんだ。


(このままだとマズイな。折角上手く行ってたイベントが台無しになる……何かこの状況を切り替えるキッカケに――)


 瞬間、入居者の全員とスタッフが悲鳴を上げた。床に用意されていたホールケーキが転がったんだ!


「ごめんなさーい! ホールケーキ台無しにしちゃった! すぐに片付けるから、和樹さんは洋子さんをよろしくね」


「……あ、あぁ」


 いきなり山田さんがホールケーキを床に落として、悪い空気を変えてくれた。どうやら、幽木さんもクラッカーを鳴らす用意をしていたようだ。助かった。


 少しのトラブルはあったが、無事に母の昔語り小学生編は終了した。ホールケーキが犠牲になったけど、人間に犠牲が出なくて良かった。山田さんのファインプレーのおかげだな。


(母も満足そうだ。いい場所に入居したようだな。みんなに感謝だ)


 会場から拍手が送られて、俺は母と共に頭を下げた。


 そうして、無事に第一回目のユメセカイは終了した。ここから母の精神は安定し出した。同時に、ここから体調不良の始まりでもあったのはまだ知らない事実だった。

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