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2話・グループホーム夢の館への入居


 一件目のデイサービスを退所して、母を二件目のデイサービスへ行かせる事を考えていた。母には嫌な人がいない新しいデイサービスの見学と言い、連れて行くのに成功した。

 すでに色々と問題を起こしているので、本人も職員嫌いになっており、向こうの職員も面倒な人がいなくなってせいせいするぐらいにしか思わないだろう。


「今日は新しいデイサービスの見学だから。前から話していた泊まりも出来る所だから、ちゃんと自分でも見るんだよ」


「うん。わかってるよ。前の所はバカばかりだから新しい所がいいよ。和樹も一緒に住めばいい」


「住めるわけないだろ? そろそろおじさん来る時間だよ。外に出よう」


「義博も来るの? なら早く行かないとね。義博は子供の時からせっかちだから」


 母の弟の義博との待ち合わせをして、自宅から20分程の距離を歩いて二件目のデイサービスの見学に三人で行った。


「ここが夢の館か。普通の一軒家にしか見えないな」


「とりあえず中に入るぞ和樹。見学と手続きも一度で済ませた方がいい。俺もトラックの仕事は休みが不定期だから時間の無駄は避けたいんだ」


「そうだね。ほら、行くよ」


 少し新しいデイサービスが内心は嫌なのか、母は躊躇したが中に入った。


 ここは、夢の館という新規に建てられた一軒家風のデイサービスだ。ここは泊まりが出来る入所も可能であり、日帰りのデイサービスを利用してから入所するシステムもあるようだ。

 俺は初期メンバーとして母を入所させようとしていた。後から入ると先にいる人間とルールなどを巡り問題を起こすからだ。母は人より優位でないと気が済まないタチだから、確実に早く入所させないとならない。


 インターホンを押して、十秒程で夢の館の職員が現れた。


「こんにちは。見学予定の戸田と申します」


「戸田様。こんにちは。お待ちしていました。夢の館の管理者の幽木と申します。よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


 幽木という女性管理者は長い黒髪がよく似合った二十代後半と思われる色白の女だ。綺麗な女ではあるが、生気が無いような感じで幽霊のような女だな。


 そんな事を思いながら、俺達は中へ通された。まだ新築なので新しい匂いのする建物だ。足元はバリアフリーであり、通路も広めに確保されている。二階へはエレベーターで行けるようになっており、新規で建てたれただけはある施設のようだ。


 利用者が休憩する大きなスペースのテーブルに案内されて、座った。まだオープンしていないので、備品などがダンボールで積まれていてスタッフは作業していた。そこで、施設の説明を受けた後にスタッフを紹介され、茶髪の新規採用の若い山田さんという女が母は気に入ったようだ。母は山田さんと無駄に抱き合っていた。


「山田さんも仕事があるから。幽木さんが中の案内してくれるから行くよ」


「わかったよ。それじゃね山田ちゃん」


 自分の手下にしたいのか、山田ちゃんと呼んだ母は室内の見学を開始する。特に中を見ても普通の一軒家と変わらず、ただバリアフリーとかエレベーターがあるとかいうだけの事だ。問題は自分の部屋がどこになるか? ぐらいだろう。


 現在、夢の館は半月後のオープンに向けて準備しているようだ。特に問題無く見学は終わり、またテーブルの席に着いた。すると、幽木さんから今後の入居予定などが話される。


「現在、5名の入居者を受け付けています。日帰りのデイサービスの方も1日5名程来られる予定です。入居者の方は3名まで決まっていて、明日以降も見学者は来られます」


「そうですか。なるたけ早く決めた方がいいですね。個人的にはここで入居させたいのですが、母の意見もあるので」


 母と義博おじさんの顔を見る。義博おじさんはもう、入居まで決めたい顔をしている。俺もその予定だ。とにかく空きがある場所に入居させるしかない。グループホームなんてどこもかしこも、人が違うだけで似たり寄ったりだろうしな。


「入居はどうするんだ? お母さんはここに住むつもりがあるか?」


「うん……そうだね。和樹は良いらしいけど、義博はどうなの?」


「ここに住むのが一番だな。どこでも変わらないよ。ここなら自宅から近いからいいだろ。早く決めちまえよ」


「そうだね。なら、ここにしようかしら。みんな良い人そうだし」


 その後は幽木さんに母の好きな事や特技などを聞かれた。家事とかの手伝いとかも嫌いなくせに好きです! とまた、適当に良い人を演じようとしている。


「演技はしなくていい。やりたい事と、やりたく無い事はハッキリ伝えないとダメだ。俺の顔を伺っても仕方ない」


 そうして、少しの間スタッフ達と慣れさせる時間を作った。ここで好き嫌いをハッキリさせておかないと後々面倒だからだ。やりたい事と、やりたくない事は自分の口で言わないとわからないから。


(とりあえず問題無さそうかな。後は幽木さんと細かな話をすればいいか……!?)


 幽木さんが気配も無く背後にいて驚いた。やはり、出会った時に感じたのは正しい反応だったようだ。


 母はオープン準備をしているスタッフ達に愛想を振りまき、お茶を飲んでいる。その間、俺とおじさんは入居の手続きを進めた。


 すでに、半年以上前から母にはどこかに入居するという件は話していて、引っ越しの荷物準備もしている。決定さえすれば、すぐにも入居出来る準備は整っているんだ。そして、母に最終確認をした。


「最終確認だよ。夢の館に入居するか?」


「とても良い所だから入居する。もう友達だから!」


 また無駄に山田さん達と抱き合っている。

 そして、入居の手続きを済ませてから夢の館を後にした。


 その帰り道で早速、言われた事がある。


「あの人達はいい事ばかり言って私を入居させようとしてるよね。こんな上手い話はあるわけない」


「自分で入居すると言ったんだからもう遅いぞ。ここで辞めるとか言えば、俺達の迷惑になるし向こうの職員とかも怒るかもな」


 母は地位が高い人に弱く、すぐにごますりをするタイプの人間だ。相手より高いポジションにいないとダメなので、地位がある職員にいきなり嫌われるのはヤバイと思って黙った。


 そうして、母は夢の館に入居した。




「ふざけんじゃないよ!」


 母は夢の館の職員と早速揉めている。

 俺は母が入居して翌日の夕方に夢の館を訪れていた。


「戸田さん。落ち着いて。向こうでお茶でも飲んでゆっくりしよう」


 茶髪の入社したての若い介護職員の山田さんが対応していた。山田さんは人当たりも良く、テキパキこなすから母の事も適当に流して上手く対応してくれるだろう。母はそのまま二階の自分の部屋に戻って行った。


「あの、山田さん。母はどうしました?」


「あぁ、戸田さんの息子さんですね。戸田さんは朝からタバコを吸いたいと外に出ようとしてて……」


「それは本人ともここに見学に来た時にも約束してますから。認知症で覚えてないという理由も入所したら通用しないんで、ハッキリ言っていいですよ。自分からも再度言うので」


 相変わらず母はタバコを辞めたく無いようだ。タバコの増税前から辞める辞める詐欺をしていたが、結局は認知症になってもタバコは辞めていない。火の始末だけはキチンとしていたが、入所すればタバコは終わりだ。


 どんなに苦しくても、耐えるしかない。

 自分の置かれた現実を知らなきゃいけない。


 幽霊のように生気の無い幽木さんは、母が声を荒げた事を山田さんに聞いていた。俺は幽木さんから昨日と今日の母の様子を聞く。


「タバコの件はありましたが、問題無く過ごされています。夜もぐっすり寝て、朝も全て食べていますから。初日にしては素晴らしいと思いますよ。やはり、環境が変わると寝付けない、食べれないはありますから」


「昨日の夜はぐっすり寝て、朝食も全て食べているなら問題無いですね。タバコの件は後で言っておきます」


 とりあえず問題は無いようだ。新しい環境で眠る、食べるなど簡単に出来る事じゃないからな。


 自分の部屋にいる母に会いに行き、小さくなった背中に、少し寂しさを感じた。


 身長なんてとっくに超えている。


 かつて大きかった母は、こんなにも小さくなったのに今更気付いた。


(血の繋がり、親子関係……それでも他人でしかないとは思う。けど……親の最後を見て、見送るのが自分の役目)


 認知症でも過去の事は良く覚えている。

 過去をそんなに覚えてるなら、過去の「ユメセカイ」を贈れれば、子としての役割を果たせると思う。


 産んでくれた事に感謝はしない


 むしろ、恨みさえある。

 結局、一緒に住んでいるだけで親子では無かった。

都合のいい時だけ誰かに頼る人間を親子という絆で結ぶのは難しい。


 けど、こんな親でも親は親だ。


 少しは心の内知っておくのもいい機会だと思う。

認知症になり、本音というものを言うのが増えている。それは悪口が多いが、昔の事を話すのもある。

死んだとひた隠しにしていた、父親の事も――。


「せめて最後は、本当の親を……母を知りたい」


 そう思い、俺は夢の館を後にした。




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