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第一話

 朝と夕方は、学校に登下校する子供の声で賑わい、昼は静かで平穏な町。

 町の人間はとても穏やかで、皆いつも優しい眼差しをしている。

 町の中央には、大きなドーム型の建物があって、その頂に登ればこの町を見渡すことができる。

 それぐらい小さな町。

 その小さな町に一軒、小さな人形屋が開業している。

 茶色いレンガで固めた外壁に、ステンドガラスが張り付いた扉。内装は至ってシンプル。白い壁紙に木のフローリングのみ。

 色々な素材でできた棚には、そこのマスターが作った人形が飾られている。

 その人形の中に自分はいた。

 自分には性別がない。

 名前もない

 名前と言えば、人形、と言う呼び名だけだ。

 そして、小さな国の小さな住宅街。

 ここの店へ来る人間は皆口を揃えてこう言う。

 ――ああ、なんて素晴らしい人形なんだろう。

 それは決まった言葉で、運命で、ここへ来る人間は、そう言うのは義務づけれているかのように、皆同じ言葉を言う。

 今日も、例外なく一人の男性がやってきて、こう言った。


「ああ、なんて素晴らしい人形なんだろう」


「そちらになさいますか?」

 マスターが店に来た男に声をかけた。

 男はマスターに振り向いて、

「これもレンタル品なのですか?」

 訊いた。

「ええ、そうです。どれもこれも、ここにあるものは皆、レンタル品でございます」

「どういたしましょうか?」

「そうですね、でわ、これをお借りしたいのですが」

 男性は店の中にある人形を見て、自分を指差した。

「わかりました。それで、外見の方に何か希望がありましたら、承ります」

 マスターがそういうと、男性は顎をさすり、少し考えながら言う。

「じゃあ、髪も目も黒色に、肌は黄褐色にお願いできますか? それから、身長130センチぐらいにお願いします」

「ええ、わかりました。東洋風の顔に、子供ぐらいの身長ですね」

「そうです」

「でわ、完成するまでに、二、三日かかりますので、お名前と、電話番号をこちらの紙にご記入頂けますか?」

 マスターは言いながら、カウンターの机の引き出しから、紙とペンを男性に渡した。

「えーと、お名前は……橘 充様。電話番号は――」

「間違いありませんね?」

 マスターの確認に男性は頷いて応える。

「わかりました。でわ、出来上がり次第後連絡させていただきます」

 マスターがそう言うと、男性は店から出て行った。


 それから数日後、自分は男性に連れられて、見知らぬ部屋の中にいた。

 箱から出されてまず目についたのは、大きな絵画だった。なんの絵か自分にはわからないが、何かの抽象画だといういうのは理解できた。

 そして、その直ぐ下に赤いソファーが置かれていた。その正面には大きなテレビとソファーを隔てるように、長いテーブルが置かれている。

 男性は自分をソファーに座らせて、視線を自分に合わせた。

「やあ、こんにちは」

 男性はニッコリ笑って話かけた。

「こんにちわ。オーナー」

 自分は、それに反応する。

「キミは今日から男の子だ。いいね?」

「男の子ですか? わかりました。今日から自分は男の子です」

「そうだ。そして、今日からキミと僕は親子だ」

「分かりました。自分は今日からオーナーの息子です」

 淡々と応えると、男性は顔を濁した。

「その、オーナーというのはやめようか」

「でわ、何と言えばよろしいのでしょうか?」

「……お父さん。と言ってくれないか」

「わかりました。お父さん」

 そうだ、とお父さんはニッコリ笑い話を続けた。

「お腹は空いていないかい?」

「自分は人形ですので、お腹はすきません」

「ああ、そうだったね。ゴメンよ」

 そう言うと、お父さんは立ち上がり、台所に行ってご飯を作り始めた。

 自分は暇になって、部屋の中を改めて観察した。

 正面にはロウテーブルとテレビ。横には大きな葉を付けた観葉植物が置かれていた。

 そのさらに奥。観葉植物より奥の部屋には、背の高いテーブルと椅子があり、そのさらに置くには台所があった。

 台所ではお父さんが、人間の昼ご飯の仕度をしている

 正面に視線を戻すと、テレビの上に写真が立ててあるのに気が付いた。

 お父さんと、髪の長い女性、そして男の子が写っていた。

 写真を眺めていると、料理を終えたお父さんがご飯を持ってきて、自分の横に腰を下ろした。

「そうだ。大事な事を言い忘れていたね」

 自分は男に振り向いて、訊く。

「なんでしょうか?」

「うん。正面のテレビの上に写真があるだろう?」

「はい」

「そこに僕と写っている女性なんだけど、実は僕の妻なんだ」

 お父さんは得意げに話していた。

「……おとうさんの妻」

 自分は、妻という言葉を反復する。

「そう、この部屋で一緒に生活してるんだ」

「はい」

「だから、キミは彼女の事をお母さんと呼んでくれ」

「お母さん。……わかりました」

「それから、キミの名前は正輝だ」

「自分の名前は――」

 正輝、と言おうとした自分の口を男性が指で止めた。

「それから、これから自分のことは僕と言う事。言ってごらん?」

 お父さんは、自分の口から指をそっと離しながら言った。

「……僕の名前は正輝」 自分がそう言うと、お父さんは持ってきたお昼ご飯を食べ始めた。


 夜、お父さんが言っていたように、お母さんが部屋にやって来た。

 その時、お父さんはシャワーを浴びていて、僕は相変わらずソファーに座って部屋の観察していた。

 お母さんは始め、僕をみてすごい形相で固まっていた。

 やがて、そんなお母さんに、シャワーを浴び終わったお父さんの手がお母さんの肩に置かれた。

 お母さんは、青い顔をして、お父さんに詰め寄っていた。

「どうして……あの子……もう……そんな……まるで……私……やめようって……」

 声が小さくて、全部聞き取れなかったけれど、こんな言葉が聞こえてきた。

 しばらくお父さんと話していて、落ち着きを取り戻したお母さんが僕の前にやってきた。

「ただいま、正輝。いい子にしていた?」

 そう言ったお母さんの声は少し震えていた。

「おかえりなさい。はい、いい子にしていました」

 言うと、お母さんは手で顔を押さえて、どこかへ行ってしまった。

  その後、お母さんはお父さんと一緒に作った晩御飯を、背の高いテーブルで食べて、この部屋から出ていった。

 お父さんも部屋の電気を消して、それに続いて部屋を出て行くと、部屋は暗闇と静けさに包まれた。


 翌朝、お母さんは、僕には目も向けないで、朝食を済ませると、部屋を出て行ってしまった。

 その日から、昼間はお父さんもいなくて、やる事もないので、この部屋を歩き回って観察することにした。

 ソファーから立つと、意外にこの部屋が広い事がわかった。台所と対象の位置に窓があって、そとの景色を見ることができた。外は僕の知らない町並で、見たことの無い建物や、背の高い建物がたくさんあった

 しばらくその景色を眺めては、手持ちぶたさに部屋の中をあるきまわる。

 そんな生活が2週間続いた。

 その生活にもだいぶん慣れていた時、事件はおこった。


 部屋の外から、何かが倒れる音が響いた。

 ちょうど、お父さんは外出していてだれもいなかった。

 僕は、ここの部屋以外。ここの部屋のドアから外に出ることを禁止されていたが、気になって、音のした方へ足を進めた。

 ドアをあけると、細長い部屋があって、その脇の壁に、いくつかドアが取り付けられていた。

 手前にあるドアから適当に開けていき、3つめのドアを開いたとき、音の正体を発見した。

 その部屋の中に椅子が一つ倒れていた。

 そして、僕の目の前にはお母さんが空中に浮かんでいた。

 お母さんの首には、太い縄のようなものが巻かれていて、それが天井から伸びていて、お母さんの身体を吊るしていた。

 お母さんは何も言わずに、僕を見下ろしていた。

 とても静かに。

 ふと、お母さんの奥をみると、仏壇が置いてあった。

 飾られた写真には、ちいさな男の子が楽しそうに笑っていた。


 僕はお父さんが帰ってくるまで、その場に座っていた。

 どれぐらい経ったのだろう。ドアの下の隙間から光が入らなくなった頃、お父さんはここのドアを開けた。

 そして、電気を付けて、お母さんの姿をみると、少し悲しそうな顔をした。

 それから、

「ありがとう、これであの子も救われるよ」

 そう言って、どこかに電話をした。

 それからしばらくして、大勢の人間がやってきて、お母さんを何処かへ持っていってしまった。


 翌日、僕はまた箱の中にしまわれて、見慣れた景色の部屋に持っていかれた。


「どうでした?」

 マスターは店に僕を返してきたお父さんに訊いた

「ええ、とても良かったです。おかげで、妻を自殺に追い込む事ができました」

 お父さんが満足そうに言うと、マスターは少し悲しそうな顔をして応えた。

「そうですか、それは良かった」

 続けて、

「でわ、またの御来店を心よりお待ちしております」

 そう言って、お父さんとの会話を打ち切った。


 お父さんが店をでると、マスターは僕の前にきて口を開いた。

「おかえり」

 優しい微笑みをかけて言う。

「ただいま戻りました」

「よろしい。きみは今日から名前のない人形だ」

「僕は今日から名前のない人形」

「僕、ではなくこれから自分と言いなさい」

「わかりました。今日から自分は自分です」

「そうだ」

 そう言って、自分の頭を撫でると、マスターは部屋の電気消して、奥の部屋へ姿を消した。

 窓から夕日が差し込んで、暗い部屋をオレンジ色に染めた。

 自分は、その光に照らされている、自分と同じような顔をした人形を眺めて、静かに次のオーナーの来店を待った。

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