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トイレ籠城戦  作者: SunnyWalker2010
7/10

第六章 幼馴染

 僕がトイレの中でがっくりと肩を落としている間に、

居間では、母さんとエツ叔母さんとシズクの三人が盛り上がっている。

「あらぁ~シズクちゃん、素敵じゃないのぉ。」

「えへへ・・。」

「良く似合ってるでしょう?シズクちゃん、私の若い頃の服がピッタリなのよ。」

「姉さんは若い頃の服、もう入らないのぉ?」

「失礼ね。ちゃんと入るわよ。デザインが若いだけ。」

「シズクちゃん、これであいつもちゃんと見てくれるわよぉ~。」

「わ!わ!大声で言わないで!」

「うふふふふ。」

どうやらシズクが、母さんの昔の服を着ているらしい。

「ところで姉さん、わたしも何着か試してみていいかしらぁ?」

「あら、エッちゃんも試着してみる?

 シズクちゃん、ちょっと待っていてもらえるかしら?」

「は、はい。じゃあお茶、頂いてますね。」

「ふふっ、うまくやんなさいよぉ。」

「じゃあエッちゃん、物置部屋に行きましょうか。」

今度はエツ叔母さんが試着するらしい。

母さんとエツ叔母さんは、一階の奥にある物置部屋に行ってしまったようだ。

また家の中が静かになった。

人の気配がするのは、居間にいるシズクだろう。

静かになった家のトイレの中で、僕はエツ叔母さんの態度が変わった理由を考えていた。


エツ叔母さんにH本の回収を頼んだが、よく分からない理由で不完全なまま終わってしまった。

何が悪かったのか分からない。

僕は、H本が存在するメリットをちゃんと説明したつもりだ。

エツ叔母さんも、僕の話に納得して、自分から協力してくれたはずだ。

エツ叔母さんの機嫌を損ねてしまったのだろうか。

何でも僕の望みを聞いてくれると言われて、H本みたいな想像をしてしまったのがバレてたのだろうか。

僕がトイレの中で頭を抱えていると、誰かがこちらに近付いてくる気配がした。


海風ウミカゼ シズク

お隣さんの家の娘で、僕の幼馴染。

家族ぐるみの付き合いで、物心ついた頃には一緒だった。

勉強も運動もそつなくこなし、学校では誰からも頼られる。

性格はとても愛くるしく、僕にとっては年の近い妹のような存在。


人の気配が、僕の入っているトイレの前で止まった。

「タカちゃん・・?いるんだよね?」

この声はシズクだ。

「ああ、いるよ。何?」

僕は頭を抱えたまま、シズクに応対した。

「タカちゃん、私ね、今、タカちゃんのお母さんのドレス着てるんだよ。」

「ああ、そう。」

「もしよかったら、タカちゃんに見てもらいたいんだけど・・。」

「今は無理だよ。トイレから出られないんだ。事情は母さんから聞いてるだろう?」

「H本・・・取り上げられたんだよね。」

やっぱり母さん、シズクにも話したのか。赤っ恥だ。

「ああ、そうだよ!H本が母さんに見つかっちゃったんだよ!」

「ごめんね、タカちゃん。でも私、気にしてないから。」

しまった、気心知れた相手だから、つい当たってしまった。

僕に怒鳴られたシズクは、とぼとぼと居間に戻ろうとしている。

「ごめん、シズク。お前に当たる事じゃなかった。」

「いいよ。私こそ、余計な事を聞いてごめんね。」

それだけ言って、シズクは居間に戻ろうとしている。

そういえば、エツ叔母さんは何を言ってたんだっけ。

シズクに頼んでみろ・・・だったか。

確かに幼馴染のシズクなら、僕の相談を聞いてくれるかもしれない。

しかし、シズクには相談しにくい事情がある。

最近、シズクとは少しだけ疎遠になっているのだ。

シズクに、H本の回収なんて頼んで良いのだろうか。


僕のせいでシズクに迷惑はかけたくない。

相談して断られるのも嫌だ。

だけど今の僕は、H本の回収にも、母さんの説得にも、両方で行き詰まっている。

幼馴染のシズクは、きっと良い相談相手になってくれるだろう。でも。

僕はシズクに相談するべきか迷った。

もう一度、エツ叔母さんにシズクに相談しろと言われた時の事を思い出した。

エツ叔母さんはきっと何か理由があって、シズクに相談しろと言ったんだろう。

だったらここは、エツ叔母さんの言う事に従っておく方がいいかもしれない。

「待ってくれシズク。相談に乗ってもらいたいんだ。」

僕が呼び止めると、シズクは立ち止まった。

そして・・。

「うん、話してみて?」

僕の話を聞いてくれるようだった。


母さんに取り上げられたH本の回収はあと少し。

しかし、母さんにH本を探さないでもらうよう説得する材料は多くない。

ここはエツ叔母さんに従って、幼馴染のシズクに相談してみよう。

「ボクのH本が母さんに見つかったのは、シズクは知ってるんだよな?」

「うん。」

「僕は、取り上げられたH本を取り戻したい。

 そして、母さんがもう僕の部屋のH本を探さないようにして欲しいんだ。」

トイレのドアの向こうのシズクは、僕の説明を黙って聞いてくれている。

「それで、もしシズクが良いって言ってくれたらなんだけど、

 僕のH本を取り戻すのに、協力して欲しいんだ。」

「協力って、何をすればいいの?」

「取り上げられたH本は、僕の部屋のテーブルに置いてある。

 それを他の本と入れ替えて、取ってきてもらいたいんだ。」

僕の話を聞いて、シズクは考え込んでいる。

「やっぱり、難しいか?」

「それって、タカちゃんのお母さんを騙すことになるんだよね?」

「多かれ少なかれ、騙すことにはなると思う。

 でも、これは母さんの責任を軽くするためのものでもあるんだ。」

「お母さんの責任?」

「そう。母さんが僕のH本を見逃したら、母さんの責任になるかもしれない。

 でも、取り上げた本を入れ替えてあれば、見逃しても責任は軽くなるかもしれない。」

「う~ん。」

この説明でも、シズクは考え込んだままだ。

無理もない。シズクは母さんの茶飲み友達でもあるんだ。

「タカちゃんの頼みだし、お母さんに内緒って事なら引き受けても良いんだけど・・。」

「もちろん内緒にしておく。」

「私はタカちゃんの事、家族みたいなものだと思ってるし、

 家族としては、丸く収まるなら協力したい。」

「僕もシズクの事は、家族みたいなものだと思ってるよ。」

これは嘘じゃない。子供の頃からいつも一緒だし、大人になっても変わらない。

「でも、でも私、学校で委員長なんだよ?」

やはり、そういう話になったか。

僕は、シズクに相談しにくくなった理由を思い出していた。


シズクは学校で委員長をしている。

学生の自治組織の、一応トップということになっている。

シズク自身は委員長をやる感じではないのだが、

委員長を決める会議の多数決ということで、シズクが委員長に選ばれてしまった。

仕方なく一年間だけという条件で、自治組織の委員長を引き受けたのだった。

今は秋だから、シズクが委員長をやるのは後半年ほど。

もし今シズクが不祥事のような事を起こせば、委員長は解任されるかもしれない。

シズクは委員長を解任されても気にしないかもしれないが、

自分を委員長に選んだ人たちに迷惑はかけたくないだろう。

だから、僕の幼馴染としてのシズクは助けてくれても、

委員長としてのシズクは、僕を助けてくれないかもしれない。

シズクが委員長になってから僕は、シズクとの距離が少しだけ遠くなったと感じていた。

それまでは、シズクに会おうと思えばすぐに会えたし、

どんなことでも相談することが出来た。

でも、シズクが委員長になってから、それが出来なくなってしまった。

僕がシズクに会おうとしても、委員長の仕事で会えない時が出来た。

僕がシズクに何かを相談しようとしても、委員長相手だと言えない事もある。

もちろん、シズクから僕を見た時もそうだっただろう。

僕は自治組織のメンバーではない。

片やシズクは、自治組織のトップだ。

ふたりの立場のほんの少しの違いが、ふたりの距離を隔ててしまった。

それが、エツ叔母さんに言われるまで、シズクに相談出来なかった理由でもあった。


取り上げられたH本の回収を、幼馴染のシズクに頼もうとした僕。

しかし幼馴染のシズクは、学校では委員長をやっている。

幼馴染としてのシズクは相談を聞いてくれても、

委員長としてのシズクは、僕の頼みを聞いてくれない。

幼馴染で同じ学生なのに、立場のちょっとした違いで、こんなに離れてしまうなんて。

でも僕はこれを機に、離れてしまったシズクとの距離を取り戻したい。

委員長のシズクは、どうして僕の相談を聞けないのだろう。

「シズク、どうして委員長になると、僕の相談を聞けないんだ?シズクはシズクだろう?」

僕の質問に、シズクはちょっと辛そうに答える。

「だって、タカちゃんが取り上げられたのはH本なんでしょう?

 委員長がH本に関わるなんて、出来ないよ。」

「それは、僕が取り返したいのがH本だから?それとも、シズクが委員長だから?」

「どっちもよ。」

「もしも取り返したいのがH本じゃなかったら?」

「タカちゃんのお母さんを騙す事になるのは変わりがない。」

「もしもシズクが委員長じゃなかったら?」

「タカちゃんのお母さんを騙す事になるのは・・・。」

「ほら、どっちでも同じ理由になるだろう?

 だから、問題なのは、取り返したいのがH本だからじゃない。

 シズクが委員長だから行動が制限される、それが問題なんだ。」

H本じゃなければ母さんに取り上げられる事もないので、

シズクが委員長なのが必ずしも問題ではないのだが、僕はシズクとの距離を埋めたかった。

かしこいシズクもそのことには気がついているかもしれないが、

シズクはそれには触れずに、僕の話に乗ってくれた。

「そうだとしても、私にはどうしようもないよ。

 私が委員長なのは、変えようがないんだから。」

「頼み事をする僕が言う事じゃないけど、委員長なんてもう辞めたらいいじゃないか。

 どうせシズクは押し付けられただけなんだろう?」

「そうだとしても、引き受けたのは私だし、選んだ人に迷惑かけたくないよ・・・。」

「シズクが委員長に決まったのは、多数決だと言っていたよな?」

「うん、そうだよ。委員長を決める会議は、多数決で決めることになってる。」

「シズクに投票した人は、委員長を決める会議の出席者の一部だけなんだろう?

 委員長を決める会議なんて、その出席者は自治会の中の一握りの人間だけだ。

 自治会の全メンバーを含めれば、シズクに投票した人はさらに一部の人間だ。

 学校の全員を含めれば、もっと少数になる。多数決なんて、全然多数じゃないよ。」

「まあ、そうだけど・・・。」

「内緒にしておくから。」

「・・・うん。」

シズクは委員長である事に、そんなに大きな責任感は感じてなかったらしい。

このくらいの話をしただけで、僕とシズクの意見が一致するなら、、

エツ叔母さんの言う通り、もっと早く相談しておくんだった。

「協力してもいいけど、私のお願いも聞いてくれる・・・?」

「ああ、僕に出来る事だったら良いよ。今はトイレの中だけど。」

「私の事・・・もっとちゃんと見て。」

「どういう事だい?」

「前みたいに、もっと一緒にいよう?っていうこと。」

「う、うん。いいけど。」

シズクが委員長になる前は、もっと一緒にいる機会が多かった。

その時に戻ろうって意味なんだろう。

僕もシズクとは、シズクが委員長になる前の関係に戻りたかった。

だから、シズクも同じことを思ってくれていたなら丁度いい。

その時の僕はそう思っていた。


エツ叔母さんの勧めで、幼馴染のシズクに相談をした。

その甲斐あって、疎遠になっていたシズクとの仲も戻せそうだ。

それはそれとして、シズクにH本を取ってきて貰おう。

「シズク、僕の部屋にあるH本を取ってきて貰えるか?」

「わかった、いいよ。」

「母さんがH本を見逃したって事にしたくないから、

 出来れば他の本と入れ替えておきたいんだ。大体の本はもう入れ替えてある。」

「いいよ、入れ替えてきてあげる。」

「それが、入れ替えるための本がないんだ。」

「持ってくればいいH本って、どのくらいの大きさ?」

「大きめの漫画本くらいのサイズかな。」

「それじゃあ、私の鞄に入ってる本と入れ替えるね。」

「その本はもう返せないかもしれないけど、良いのか?」

「いいよ、タカちゃんのためだもの。どんな本でもいいの?」

「漫画本に見えるなら何でもいいよ。出来れば何冊か多目に置いてきて欲しい。」

そうすれば、エツ叔母さんがH本を入れ替えるための本を用意出来なかった分も補える。

多少冊数が違っても、全体の数がそこそこ多いので、それで誤魔化せるだろう。

「大丈夫だよ。それじゃ、表紙に絵が描いてある本を選んでおくね。」

「うん、頼むよ。」

話が終わるとシズクは、居間に戻って行った。

さっき言っていた鞄を取りに行ったのだろう。

「それじゃ、行ってくるね。」

「ああ。」

シズクは階段を上がって、二階の部屋に入っていった。

シズクの説得は思ってたより早く済んで良かった。

何はともあれ、話をしてみるのって大事なんだな。

立場の違いがある相手でも、話し合う事でその違いも解消出来そうだ。

間もなく、二階からシズクが降りてきた。

「H本を入れ替えて持ってきたよ。どこから渡したらいいの?」

「えっと、庭に出てトイレの裏に回ってくれるか?窓から受け取るから。」

「うん。ちょっと待ってて。」

シズクは子供の頃から何度も家に来ているので、

勝手知ったる我が家という感じで、すぐにトイレの裏までやってきた。

「はい、どうぞ。」

トイレの窓からシズクがH本を手渡してくる。

その時、トイレの窓の外に、シズクの姿が映った。

シズクは真っ白なドレスに身を包んでいた。

その姿は、まるでお嫁さんのようだった。

「・・・。」

「タカちゃん・・・?」

「・・・あ、ああ。ありがとう。」

思わず、シズクのドレス姿に見とれてしまった。

「それで足りてる?」

「ちょっと待って、調べてみる。」

僕は、シズクが取ってきてくれた本と、

オサムとソウが撮った写真を見比べてみた。

確かに、写真に映ってる本は全部ある。

オサム、ソウ、カオリ姉ちゃん、妹のメグミ、エツ叔母さん、幼馴染のシズク。

たくさんの人の協力を得て、僕はとうとう、

取り上げられたH本を全て取り戻すことに成功した。


委員長になって疎遠になっていた幼馴染のシズク。

エツ叔母さんの勧めで話をして、その溝を埋めることが出来た。

そして、シズクの協力で、母さんに取り上げられたH本を全て回収する事が出来た。

しかし、この感覚は何だろう。

H本を取り戻せた喜びよりも、違う感情の方が大きい。

すぐそこにいるシズクと、もっと話がしたい。

「H本が揃ったみたいでよかった。じゃあ、私は戻るね。」

「あ、あのさ!まだ相談があるんだけど。」

「何?」

「か、母さんを説得したいんだけど、何か良いアイデア無いかな?」

声が裏返ってしまった。

元々、母さんを説得する方法を、シズクに相談するつもりだったのだけど、

今は話の内容はどうでも良かった。ただシズクと話がしたい。

「説得って、タカちゃんのお母さんに、部屋を触らないようにして貰うことだったよね?」

「そうそう。」

「でもタカちゃんの部屋、お母さんに掃除してもらった方が良いんじゃない?」

「部屋を触ってもいいけど、H本を探してほしくないんだ。」

シズクは白いドレス姿で、顎に指を添えて考えている。

「それだったら・・・まず、部屋の掃除はタカちゃんがやる方がいいね。

 そうすれば、タカちゃんのお母さんが掃除する必要はなくなるし。」

「ああ、それから?」

「勉強はちゃんとする。」

「するする。してる。」

「タカちゃん、勉強してたかなぁ。それと、夜更かしはしない。」

「これからは夜は早く寝るようにするよ。」

「朝はちゃんと起きる。」

「これからは朝寝坊しない・・・ようにする。」

「好き嫌いはしない。」

「これからはピーマンもセロリも食べる。・・・って母さんか!」

「あははははは。」「ははははは。」

僕とシズクは、他愛もない冗談で笑い合った。

シズクは、白いドレス姿でくるくると器用に回って、僕を指差した。

「つまり、いい子にしてるって事。

 そうすれば、タカちゃんのお母さんも、タカちゃんを認めてくれるよ。」

いい子、か。母さんに内緒でH本を持ってる僕は、いい子なんだろうか。

すると、一階の奥の物置部屋から、人の声が聞こえ始めた。

母さんとエツ叔母さんが戻ってきそうだ。

「それじゃ私、戻るね。」

「ああ、ありがとう。楽しかったよ。」

「助かった、でしょ?」

「そうとも言う。」

「タカちゃん、あんまり無理しないでね。」

「シズクもだよ。」

「ありがと。それじゃ。」

シズクは僕に手を振って、家の中に戻っていった。


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