100年使い続けた聖剣が美少女化しました
200年前。
人類のために命を捧げた聖女がいた。
悪しき魔物に苦しめられ、たくさんの村や町を潰され、全世界の人間達が震え上がっていた時代に生まれ、その奇跡のような能力と容姿故に聖女として人の上に立たされ、崇められた少女は、その心までもが奇跡のようであった。
決して驕らず、誇らず、蔑まず、侮らず、人々を深い慈悲心で包み込み、能力など無くともそこにいるだけで人々の心を豊かにし、大きな喜びを与えた。
あまりに深い慈悲の心ゆえに、見も知らぬ辺境の村の村人1人の死にさえ涙を流したとまで言われている。
そんな彼女の心が、沢山の人が死んでいく世界に耐えられるはずが無い。
魔物によって死んでいく人々に深く心を痛めた聖女は、自らを聖女たらしめる能力、神との対話により、一つの解決策を得る。
聖女自身の命を捧げることで、全ての魔物を討ち滅ぼす力を人類に与える、という策だ。
聖女は誰に相談することもなく一瞬で決断し、その瞬間、聖女の命は終わり、肉体は消えてなくなった。
そうして作られたのが、聖女の名前を銘とした聖剣、ルナティリアだ。
それに立ち会った者は、等しく全員が歓喜したという。
聖女様の慈悲心によって、ようやくこの世界に救いがもたらされると。
それを喜びこそすれ、悲しむことなど聖女様への侮辱であると。
しかし、それからしばらくの間、その剣が使われることはなかった。
聖女ルナティリアが命を賭し、神が作った聖剣に、相応しい持ち主が現れなかったのである。世界でもトップクラスの剣豪達が幾度となく剣を握ったが、その誰もが鞘から抜くことはおろか、持ち上げることすら出来なかった。
しかし人間は諦めが悪い生き物だ。
人類は聖剣の力を……聖剣を作った神と聖女を信じ、聖剣に相応しい人間が現れるまでの間防衛線を築いて、魔物の進行を押さえ込んでいた。
魔物の勢力拡大に伴って少しずつ狭くなっていく防衛線に怯えながらも、人々は待ち続けた。
聖剣に選ばれる者を……
そして、永遠に続くかに思えた防戦一方は、遂に破られることになる。
聖剣ルナティリアが作られて100年、もはや人類の領土が元の10分の1にまで減り、諦めの悪い人類もさすがに諦め掛けていたとき、1人の少年が現れた。
100年もすれば、聖剣を握ることは成人の儀式のようになっていた。数打ちゃ当たる大作戦である。ただそれの有効性はこの100年間証明されなかったため、やらないよりはまし程度の認識になってしまっていた。
どうせ誰も抜けないと思い、もはやルーチンワークとなった聖剣オーディションとでも言うべき儀式に来た、ごく普通の少年が部屋に入った瞬間に、100年間ピクリとも動かず、もはや抜けないのがその力のせいなのか錆び付いたせいなのかわからなくなっていた聖剣は、気がつけば少年の腰にぶら下がっていた。
それを見た誰もが目を剥き、下顎が外れるくらいに口を開けて驚愕したという。
少年自身驚きを顕にしながらおっかなびっくり柄を握り抜剣を行うと、少年の腕力では持つことも出来ないような長剣が冗談のようにするりと抜けた。そして100年間放置されていたとは到底思えないほど光り輝く銀色の刀身に、少年を含む全員が先程の驚きを忘れてため息を吐いた。聖剣ルナティリアは、それほどまでに美しかった。
これが、世界を救った英雄アレス誕生の瞬間である。
それからアレスは100年以上の間人々を脅かした魔物をわずか1年で討ち滅ぼした。魔物という種は根絶され、以降発見されたという報告はない。魔物達のトップに君臨していた魔龍を討伐したことで霧散したのだろう。
魔龍を討伐した後、彼は聖剣とともに姿を消した。行方はしれず、名を聞いた者もいない。名前を騙る偽物すら現れず、魔物達を滅ぼしたという伝説だけが残り続けた。
さらに100年経った現在。
かつて魔物の巣窟と化していた森の中で、ひっそりと暮らす人間がいた。
かつて英雄だった彼は、今では自らの魔法で森の中に小さな家を建てて暮らしている。
アレスは魔龍を倒す代償として、成長、老化、寿命……すなわち肉体の時間を失った。
最期の瞬間魔龍が放った、空間を圧縮し、爆発させる魔法を阻止するために、空間と対をなす時間を代償にする必要があったのだ。
最早人も来ない森の奥。かつて魔物達の巣窟であったそこにアレスは木造の家を建て、自給自足したりしなかったりして、気ままな日々を過ごしている。
誰とも接しない時間が長かったせいか、精神的にも殆ど成長せず、かつて魔物に滅びを与えた聖剣は専ら動物狩りに使うようになっていた。今も大きめの猪1頭を軽く狩って、帰路についていたところだ。
勇者時代に料理も家事も覚えたし、服も定期的に魔法を使えば劣化することは無い。家の老朽化も魔法でどうとでもなるため、衣食住に関して困ることは無い。そもそも時間の進まない彼の肉体は食料を必要としないが、どういうわけか飲み食いすれば消化吸収排泄が行われ、空腹感は無くとも満腹感を得られるため、本当に食に困った時以外は毎日3食食べていた。そのくらい、過不足ない生活を送っていたはずだったのだが…。
「だけどまさか、未だに寂しいって感情が残ってるなんてなぁ…」
100年も1人で暮せばもう寂しいと思うことはないかと思っていたが、誰とも会うことなく永遠に近い人生を過ごすのはあまりにつまらない。加えて思春期で成長を止めたその精神は、人との触れ合いを欲する心を消すことはなかった。それが独り言となって森のさざめきに吸い込まれる事実すら、静寂を助長するテイストとなっているのだから始末に終えない。
そんなことを思ったからかどうか分からないが、アレスはその日、狩ってきた猪を焼いて食べ、体を清めた後は早々に手製のベッドに入った。愛剣ルナティリアと共に。
もうずいぶんと鞘にいれていないそれがアレスを傷つけることはない。欠けることも錆びることも鈍ることも無いその剣の美しさは、唯一その持ち主にのみ安らぎを与えるのだ。
動物の脂で作ったロウソクもどきの火を消して、静かに目を閉じる。微睡みの最中、何故自分がその日、ルナティリアとともに寝るような心境に至ったのかを思い出して、朧気な意識の中呟いた。
「誕生日おめでとう…ルナティリア……」
無意識に撫でていた柄から伝わる温度が少しだけ上がったような気がして、アレスは安心して深い眠りに落ちた。
その日、英雄アレスは100度目、聖剣は200度目の誕生日を、森の奥でひっそりと迎えた。
----はずだった。
「……ん……?」
おかしい。
何故俺の手元はこんなにも暖かいのだろうか。
何故俺の胸元には柔らかい感触が触れているのだろうか。
何故俺のベッドからいい匂いがするのだろうか。
「ふみゅぅ……ふすー……」
何故こんなにも可愛らしい寝息が聞こえるのだろうか。
訳が分からないままに目を開けると、目の前には気持ちよさそうに目を閉じる金髪の美少女がいた。全裸で。あまりにも気持ちよさそうなので、釣られて俺の瞼も重く……。
「って、いやいやいやいやいや!犯罪だから。全裸の女の子と寝るとか犯罪だからぁぁぁ!」
「んゅ……うるさいれす……」
「んむぐっ…!!」
思春期の脳のキャパシティを大幅に超える情報量を五感の全てに与えられて騒ぐ俺は、その顔を豊満な胸に抱かれて沈黙を余儀なくされた。や、やわらけぇ…なんだこれ…あまりにやわらかすぎてもう意識が……
「むぐぐぐ!!!ふぐ!!ふぐぅぅ!!!(ギブ!!!死ぬっ!!死ぬぅぅ!!!)」
いったい誰が思うだろうか……100年以上生きた元勇者が、巨乳で窒息死というなんとも間抜けでうらやましい最後を迎えようとしてるなどと……っ!
「…みゃ…くすぐったいのれす…ぁふ…」
「ぷはっ…!!はっ…はぁっ…死ぬかと…思った……っ」
少女の艶かしい吐息を聞くこともできず、俺はただただ酸素を貪った。そういえば肉体の時間を止められてるから息をしなくても本来は死なないのかもしれない。ただずっと当たり前のようにしてきたから、なんとなく苦しい感じがした。本能的に死にそうな気がしたのだ。ほんとに死なないかは分かんないし。
「…むー……」
息を整えてから改めて少女を見ると、寝ぼけ眼を擦りながら可愛らしく頬を膨らませてこちらを見ていた。つーか裸やん!!見ちゃダメやん!!何してんの俺!
「あ、あのさ…」
俺は必死に目を背けながら、なんとか冷静に話しかけようとするが、女の子は俺の言葉なんか意に介さずに、
「あれしゅ…いっしょに…ねるれす…」
魔龍の空間圧縮魔法もビックリの超弩級爆弾を投下した。
「いや無理無理無理無理!!女の子と一緒に寝るなんて無理だから!!!ていうか君誰!?」
「…るな…てぃりあ……ひゃくねんつかってくれたから…もどれた…です。えへ…あれしゅー…」
「ルナティリアちゃんか。ルナティリア…ルナティリア…ルナティリア!?!?聖剣ルナティリア!?!?待って!いや待ってください!!説明を!」
100年使ってない敬語を必死に引っ張り出さなきゃいけないくらい雲の上の人過ぎるんだが!
思えば手元に聖剣が無い時点で気づくべきだった。って気づくか!剣が美少女になるなんて思うか!まぁ聖女が剣になったのが聖剣なんだけど!
「むぅ…元に戻ったから…聖女、なのれす。ね…まだおあずけ…?るな…ねむいのです…ぎゅってして?」
「出来るわけ無いじゃないですか!せめて服!服を着て…!」
「服着たら…ぎゅってしてくれるのです…?」
こ…これが究極の選択…!?いや、この期に及んでは一択なんだよなぁ…っ。
「っ…する!しますから!!だから早く服着てください…!」
あっ、言ってから気づいたけどそういえば服ってあったっけ?魔法で洗濯も修繕も出来るからずっと同じ服着回してた気がする…。
「むぅ…昨日は着ないでぎゅってしてくれてたのに……んっ」
彼女がちょっと力を込めるような声を出すと、どこからともなく…いや、違う。壁に掛けていた鞘がふわりと消えていた。え、ちょっと待って。
「服着たです。こっち向いて、ぎゅってするのです」
おそるおそるルナティリアを見ると、そこには純白の服を着た聖女がいた。普通の服と比べるとかなり露出が多く、扇情的とすら言える見た目なのに、見ただけでそれが神聖なものだとわかるような服装だ。だが今それを着たルナティリアの感想よりも大事なことが俺にはあった。
「あの鞘、服だったのか!?」
「ん。えへ、似合うのです…?」
クルッと回ってはにかむルナティリアはこの上なく可愛いんだが、俺にはそれ以上に気にすべき事があった。
おらは裸んおなごば振り回して戦っでぇ、勇者さ英雄さ呼ばれよったべか…!?やべ、方言でちまったぁ。
「ぷぅ…約束と違うのです…はやくぎゅってするのです…」
「あっ!わ、分かりました!わかりましたから脱ごうとしないでお願いですから!」
「ふぁ…えへへ…きて…?」
両手を広げて誘ってくるルナティリア。だけどその誘い文句は多分ダメだと思う…!
恐る恐る背中に手を回すと、めっちゃくちゃだらしなくにへらーっとした笑顔のルナティリアと至近距離で目が合ってしまった。ヤバい息かかってるなんかいい臭いする髪当たってる胸も当たってるヤバい。てかなんかすんごい密着してくるんだけどなにこれ、頭おかしくなりそう。てかもうなってるわ。
「えへ…あったかーい…ぎゅむーー…」
「…ぅぁ」
頭擦り付けてきた!?なんか俺の口から変な声出たんだけど!つーか今さらだけどルナティリア可愛すぎな!!マジ天使かよ!いや聖女だったわ!いい加減にせぇ!どうも、ありがとうございましたー。なんだこの一人脳内漫才!寒っ!
俺の脳内が桃色に染まりすぎておかしなことになっている中、ルナティリアは更なる暴挙に出た。
「ふふん…あれしゅ…隙ありなのです…っ」
今までに無いくらい精神が揺さぶられすぎていて、咄嗟に反応できなかった。決してわざと抵抗しなかったわけではない。ホントだよ?
「うぉあ!?」
ほら、なんか変な声出たし。これは不可抗力なんですよ。お分かりいただけましたか?
俺が今何をされたかというと、ルナティリアに押し倒されたのだ。いや、押し倒されたのだ、とか言ってる場合じゃねぇ!
「あ、あの…ルナティリアさん?」
「すりすり…すんすん…えへ、あれす…いいにおいれす…ふすー……」
「え、魔法で洗浄してるから無臭なはずなんですけど……」
うん。自分でもつっこみどころがおかしいのは分かってるんだけどね。こんなことでも考えてなきゃいろいろ壊れちゃうの!理性とか理性とか理性とか!!
「ぷぅ…アレスは鈍感すぎるです…」
違うからね!?すっごい興奮してるけど理性さんに100年分の仕事させまくってるだけだからね!?もう過労死寸前だけど!俺の脳内ブラック企業説あるわ!
「ん…あれす…そろそろ寝よ…?るな、ねむいです…」
「いや無理ですって!女の子と寝るなんて…しかも聖女様ととか…!」
「敬語…やだ…いつもみたいに、ルナティリアって呼んで…?」
本気で不機嫌そうにしてる!?ねぇどうする俺?名前で呼んじゃう?タメ口利いちゃう?でも聖女様だよ?本人が呼んで欲しいって言ってんだからいんじゃね?てかむしろ呼ばなきゃ失礼じゃね?
「わ、わかり……んんっ!わかったよ、ルナティリアさ…ルナティリア。これで…いいか?」
「ふにゃにゃー…」
聞いてみたけど、ルナティリアはぽーっと頬を赤くして惚けていた。いや、そんな顔されるとホントヤバいから!マジでこの子俺に気があるんじゃねとか思春期の男子は考えちゃうんだよぉぉぉ!
「…あれす……」
「は、はい!なんでしょう!!」
「む…敬語…」
「あっ、な、なんだ…?」
「好き…」
「…あ、あぁ……はいっ!?!?」
「大好きぃ……」
この子俺に気があったみたいなんですけど!?顔あっつい!!全身あっつい!!!
「えへへ…あれすー…キス…するのです…」
「え…っ?ちょ、待っ…んぐっ…!?」
「ん…ちゅ…ちゅー……」
止める間も無くあっさりと唇を奪われた。
なに、これ…やわらか……すっげー気持ちいい……100年間の人生で一番満たされてるわ……。
「ぷはー…」
熱に浮かされたようにぽあーーっとしていると、再びルナティリアの唇が落ちてきて、俺は無意識に目を閉じ…
ゴツンッ!!
「いたっっ!?頭突きっ!?」
いや痛くはないけど!すっごい頭に響いたよ!?
「ふみゃっ…すぅ…すぅ……」
「えっ!?」
寝息!?あんなに激しく頭ぶつけた直後に!?
ルナティリアの異常な寝付きの良さと額の硬さに戦慄する。そして、そんなことをしている場合ではない状況に思い至る。
「……こ、これ、ヤバい……」
可愛らしい女の子が、無防備に自分にしがみついて、心から幸せそうな寝顔を至近距離で晒している…。これが親子だったり兄妹だったりしたら微笑ましいだけの光景だったのかも知れないが、ルナティリアと俺は今日初めて会ったようなものだ。
そんな状態におかれた思春期男子の肉体がどんな反応をするかは、想像に難くないだろう。
こんなのが万が一ルナティリアにバレて、愛想尽かされて見放された日には……死ねる。死ねないけど。
初対面とは言ったものの、俺は既にルナティリアに対して依存しかけていた。
100年振りの人との会話だし、そもそもその100年の間、ずっと命を預けていた相棒でもある。見た目もめちゃかわいいし。
そんな子が、剥き出しの好意を向けてくれるのは……戸惑いもあるけど……嬉しさの方が何倍も大きい。正直、好き、と言われてすぐに押し倒したくなったのは、俺の方だった。
でもそんなことをしたら、嫌われてしまうかもしれない。俺がルナティリアを押し倒さなかったのは、理性ではなくみはなされる恐怖からだった。
逆に言えば、もしルナティリアがハッキリと俺を受け入れると言っていたら、俺を止める物は何も無かったということだ。
取り返しのつかなくなる前に止まれて良かったと安堵する一方で、これからも彼女と過ごしていくとすれば、自分は耐えられるのだろうかという危惧もある。というかこのままあの剥き出しの好意を向けられ続けたら、確実に最後には恐怖を欲求が上回る。
それが今は、たまらなく怖い。だがその恐怖にさえもいつかは欲望が勝つ。なんならいつかこんな恐怖も忘れてしまうかもしれない。
とか突然シリアスに考えてみたが、結局のところ俺が言いたいのは、童貞チキンにとってはありきたりな一言だった。
「ま、まずは、お友達から、始めましょう…」
もし神様が見てるなら、100年思春期をこじらせていた割には頑張ったと褒めてください。言われた方はすやすや寝てるけど。