プチ勝負
「君、名前なんていうの?」
突然タケルさんに訊ねられ、あたしは答えようとして口を開けてはみたものの、 あまりにもキンチョ—し過ぎてそのまま無様にフリーズしてしまった!
まるで、猫の目の前に飛び出してしまったネズミのよう( アヒルだけど!)
「あーーーー!!そういえばさぁ、アヒルの自己紹介してなくない??」
その時、隣に座っていたゆりえちゃんが、すっとんきょうな声を上げた。
そしてみんながいっせいに、初めてあたしの事を見た。
「はっ!そういえばボク達、聞いてないよね!?」
今更のようにその事に気づいて、慌てる男子達。
「卓くんが急に変な話、言いだすからだよ〜!」
「アヒルちゃん、かわいそぉ〜」
「そうだ!卓のせいで自己紹介が脱線したんだった!」
「え?何??おれのせいなわけ!?え!?そうなの?え!?え〜〜!?」
ラフテー男は、また自分に話題が戻ったもんで、 目をギョロギョロさせながら嬉しそうにはしゃぐ。
「アヒルちゃんていうんだ?カワイイあだ名だね」
タケルさんが猫目をゆるめて、優しく笑いながら言った。
カワイイという言葉に体が勝手に反応して、急に心臓の鼓動が跳ね上がる。
落ち着け、バカ、あたし!カワイイってあたしじゃなくて、あだ名が、ですから!!
「あ、あ、あ、はい、アビルヨシコと申します……アビルなのでアヒルです。 つ、つ、次、ゆりえちゃん、はい!」
あと3秒後には、間違いなくあたしの顔は、みっともないほど真っ赤になるだろう。容易に想像がついたので、あたしは急いで隣のゆりえちゃんに、タケルさんの視線を譲った。
「あ?はーい、佐藤友里恵と申しまーす。友里恵なのでゆりえでーす!次、ミーナちゃん、はい!」
ゆりえちゃんはおどけた調子で、あたしの口真似をすると、ポンっ!とミーナちゃんの肩を叩いた。
するとそれに続いてミーナちゃんも、他のみんなも、あたしをからかうように真似をした。
「あ、はーい。上田美奈代でーす!美奈代なのでミーナでーす。次、さったん、はい」
「あ、はーい!古川サチでぇーす。サチなのでぇ、さったんでーすぅー。次ゎレナたん、はい!」
「はーい、前田レナでーす!次、ユウキ君飛ばして隼人君、はい!!」
そして最後にレナちゃんが右手を挙げて、隼人君にハイタッチを求める。
隼人君は慌てながらも右手を上げて、レナちゃんとパチンッ!と手のひらを合わせた。
「隼人でーす」
「シュンでーす」
「卓也でーす」
「ウーロン茶でーす」
まるで合わせたようなグッドタイミングで、 タケルさんの飲み物が運ばれてきたので、また一同ドッと笑う。
この時あたしは、この合コンに来て初めて、みんなと一緒になって笑うことができた。みんなが、たどたどしいあたしの自己紹介に合わせてくれたのも嬉しかった。なんだかようやく、仲間にしてもらえたような気がしたのだ。
あたしはずっと、初対面のミーナちゃんや、さったんや、男子達だけでなく、 レナちゃんやゆりえちゃんにさえ、自分で壁を作って冷やかに観察し、 打ち解けようとしなかった。
そんなあたしの事なんて、誰も気に掛けてくれなくて当然だと思う。
ブスの壁を、いちいち越えてやって来る物好きはいない。でも、ブスにだって存在価値はあるはずだ。
聞き上手なブス。
気配り上手なブス。
引き立て上手なブス。
なんだって良い。
とにかくあたしは今、このタケルさんて人に、
『感じの悪い暗いブス』
と思われたくなかった。
その時、あたしの頭にとっさに閃いたのは……
『居ても良いブス』
どういう定義かよくわからないけど、とにかくあたしは一人大きくうなずくと、 目の前のウコンサワーのグラスを握りしめ、一気に飲み干した。
酒の力も借りれば、このくらいはできるはず!
「お、アヒルちゃん、良い飲みっぷりだね〜!!」
「うふっ!キンチョ—してノド乾いちゃったみたい」
さっきまでうっとうしくて仕方なかったラフテー男だったけど、 早速、アヒルちゃんと名前で呼んでくれたので、ちょっと嬉しくなって引きつり笑いを返してみる。
「次、何飲む?」
と、ラフテーがドリンクメニューを差し出してきたので、あたしはそれを受け取らないで、 テーブルに両手で頬杖をついて、そのまま前に乗り出すようにメニューを見た。
それは、あたしの唯一の自慢である『キレイなおっぱいが正しくチラ見えするポーズ』だった。
その瞬間、ラフテーがハッ!と息をのむ音が聞こえ、 急にソワソワとし始めたのが、顔を見なくても気配で分かった。
「何にしよっかなぁ〜」
堀ゴタツの下で、脚をモゾモゾとさせるラフテー。
あまりにも即効性があったので、あたしは可笑しくて笑いだしそうだった。
さっき飲み干したウコンサワーのせいもあってか、一気に気分が高揚してきた。
よし!じゃあ、ここでもう一つ、この男で試してみちゃお。
あたしは、こめかみにキュッと力を入れて、下がり眉を下がるだけ下げて、 小さい目を極限までに見開き、意図的な困り顔を作った。そして、
「いろいろあって迷っちゃう〜」
と言いながら、ラフテーを上目づかいに見上げてみた。
『キモい』
というお声も今まで多数いただいた、この『困り顔』ではありますが、 一部のマニアックな男の、どこかしらに触れることがあるようで、 あたしの数少ない切り札の一つとして持っている。
失敗すると、広いおデコに、深いシワが横に2本入るのがタマに傷…… 。
しかしラフテーは、そんなあたしのビミョーな困り顔には気づきもせず、ただ一点!ジッと胸の谷間だけを見続けていた。
ガッカリ。せっかく数少ないお披露目の場だったのに〜
ふと、違う視線を感じて反射的に目をやると、タケルさんがあたしのその顔を、ラフテーよりも食い入るように、大きな目を見開いて凝視していた!!
それはまるで『珍しい生き物を見つけてしまった』という驚愕の表情で、間違いなく作戦の失敗を意味していた。
その証拠に、あたしと目が合うと、タケルさんは慌てたように目をそらして、 隣のゆりえちゃんに話しかけた。
「ゆりえちゃんはどこに住んでるの?」
「え、アタシですか〜?アタシ行徳なんです」
「行徳か〜。オレの海友が何人か住んでるから、行徳はたまに行くよ」
「えーそうなんですか〜?じゃあ、南行のギョーザの超美味しい店、知ってますぅ?」
ゆりえちゃんは嬉しそうにタケルさんの方に身を乗り出した。
あぁ、よりによってなんでこの人は、あたしのオッパイじゃなくて顔を見ていたんだろうか。
あたしは思わず、目の前にあったラフテーのグラスを引っ掴むと、ゴクッと一口飲んだ。
「あ、それおれの……」
「これにする。あたしコレと同じのもう一杯!」
あたしはよく味もわからないまま、やけくそ気味にそう言った。
「まじ?これ泡盛40度もあるぜ??アヒルちゃん、お酒強いんだね〜。じゃ、おれももう一杯いっちゃおうかな。すんませーん、オーダーお願いしまーす!」
ラフテーは、あたしが自分のグラスに口を付けたことに対してニヤニヤすると、大きな声でお店のお兄さんに声をかけた。
「俺達もナマ、もういっちょね〜!」
レナちゃんとユウキ君も、空になったジョッキを手に催促する。
お兄さんはイソイソとやってきて、今度は手際良くオーダーを書き留めると、両手で空いたグラスやジョッキをひとまとめにして、またイソイソと去って行った。
そんな中、ふとシュン君がタケルさんのほうを見て、不思議そうに言った。
「ところでタケルさん、酒飲めないんすか?」
タケルさんの前の、薄茶色の飲み物にみんなの視線が集中する。
「あ、そう言えばそう!」
「ウーロン茶とか聞こえた気がするー!」
タケルさんは一瞬、バレたか!という顔をすると、両手でグラスを隠すようにして、気まずそうに笑った。
「あ〜いや〜実はこの後、ちょっと出かけるんで、車で来ちゃったんだよね〜ハハハ!」
「え!?マジすかぁ〜!?それ、聞いてないっすよ〜!!タケルさん飲まなきゃつまんないじゃないすか〜」
ユウキ君の責めるような口調に、タケルさんは悪びれて舌をペロッと出した。
「まさかこれから海ってんじゃないっすよねぇ〜??」
「はい、ユウキ、ビンゴーーーーーーー!!」
ユウキ君の追及に、タケルさんはおどけて答えた。
それにあきれて絶句するユウキ君の横から、さったんが無邪気にはしゃぐ。
「いいな〜いいな〜海、良いな〜!!わたしもいきたぁ〜い」
「ハハハーーー!海は良いぞぉ〜」
それに対して、はぐらかすようにあいまいな答えを返すタケルさん。
「あ。私もいきたーい!」「オレも行きたい!!」「ボクもボクも!」
「じゃあ、みんなでタケルさんにこれから連れてってもらおっか!?」
「お、それいいね〜!」
「え、ちょっと待った」
「オレ、マジでサーフィンやってみたいなと思ってたんだよね〜!」
「おれもおれも!やっぱカッコ良くなりてー!!!」
「や、ちょっと待て、、、」
話の急展開に慌てるタケルさん。
「おーっしゃ、じゃあ男4人でサーフィン・デビューしちゃう?!?!」
「きゃーあたしもやりたぁ〜い!!水着どうしよ!?」
「ややや、ちょっと待てって!!」
「俺達、トランクスのまんまで良いよな〜!?」「え、ボク、ブリーフだけど、、、」
「ダメだってば!!」
ズレズレの会話を楽しむのが彼ら流、というのをもちろん知らないタケルさん。
「いっそのことフルチンってどうよ!?」
「や—だ—!見たくなぁ〜い〜!!」
「だ、ダメダメダメ、だぁぁぁーーめぇぇぇーーーーーーー!!!! 明日はダメだったらダメェ〜〜〜〜!!!!!ぜぇったいに。ていうかオレの車、軽だし、二人しか乗れないもんねーーーーーーー!!」
両手のひらをブンブンさせながら、顔を真っ赤にしてみんなの会話を止めようとするタケルさん。
その子供みたいな身振りが可笑しくて、一瞬、顔を見合わせて沈黙の後、みんな大爆笑した。
「ギャッハッハッハッハ!!!!!」
「タケルさん、超うける〜〜!」
「今の動き、かわいぃ〜!」
「ほんと、年上と思えな〜い!!」
「冗談すよ〜!海行くから飲まないなんて言うから、ちょっと困らせたかっただけです!」
「な、なんだ、君たち!兄サンをからかうなんて!近頃の子供は生意気だぞ!」
後輩のユウキ君にそう言われて、タケルさんはほっぺを膨らませて怒った表情を作った。
で、またそれを見てみんなで笑った。
ひとしきり笑うと、ちょうど追加の飲み物が運ばれてきた。
お店のお兄さんは、まとめてあたしの前に新しいグラスを置いて行ったので、あたしは、自分とラフテーの泡盛と、ゆりえちゃんのサワー以外を奥のテーブルに順にまわす。
すると、新しいビールを手に取ったレナちゃんは、
「私、ちょっとマジでサーフィンの話し聞きたいんですけど、そっち行ってもいいですか?」
と、堂々と席替え宣告をして立ち上がり、タケルさんの方へ歩きだした。
それを見たユウキ君は、慌てて自分のジョッキと皿と箸を持って、レナちゃんの後を追う。
「俺も久しぶりに聞かせてもらおうっと!」
ユウキ君は、やっぱりレナちゃん狙いなんだな。
すると、さったんも、タケルさんの方に行きたがっているような表情を浮かべたので、 なんだかあたしは、このままこの席にいてはいけないような気がして、 取りあえず立ち上がって一歩後ろにずれた。
「じゃあオレ、そっち行こうかな〜」
ニヤッとしたシュン君が、ミーナちゃんの事を見たので、 さったんが嬉しそうに「ここ座って良いよ〜」と言いながら、 自分はそそくさとタケルさんの方に移動し始めた。
ゆりえちゃんも、そのままタケルさんのそばに座っていたそうだったけど、 レナちゃんと張り合うことになるのは避けたいと思ったのか、さっと周りを見渡して、両隣りが空席になって戸惑っている大人しい隼人君を見つけると、「となり、良い?」と、優しい笑顔を浮かべて声をかけたので、 隼人君もホッとしたように「もちろん、もちろん!」と答えて笑顔になった。
んで最終的にあたしは……
結局ラフテーとセットで、一番奥の席に移動しただけじゃん!?!?
ん〜まぁ、所詮そんなもんよね。
引き立て役同士、仲良く飲むしかないか!?