サーファー
「そこ、松野の集まり?」
あたしが返事もせずに、ポカンとその人の顔を見上げていると、その人は襖に黒い手をかけて、大きく中を覗き込んだ。
「あっ!タケルさん!!」
ユウキ君の声に、絡み合ってラフテー男を押さえ込んでいた隼人君、シュン君、そしてそれを見てゲラゲラ笑っていた女子達が、いっせいに座敷の入口のほうを見た。
突然、9人の視線を受けて、その人は「おっと」という感じに体を後ろにのけぞらせると、真っ黒に日焼けした顔を緩めて、大きく二ーーーッと、白い歯を見せて笑った。
緑の色あせたヨレヨレのTシャツに、やはり色あせたヒザでカットオフされたデニムのパンツ。
そこから伸びた手も足も、真っ黒。
髪の毛はクセ毛なのかパーマなのか、かなりきつくカールしていて無造作に広がっている。
無精ヒゲがところどころ伸びた黒い顔の中で、何より印象的なのはその「目」だった。
一重まぶたなのに大きく、黒目がちなつり目で、何と表現したらいいのか……
簡単に言ってしまえば、夜に見る猫みたいな目で……
「遅くなってすまん」
その人がひとこと言って座敷に上がった時、後ろからお店のお兄さんが忙しげにやってきて、
「大変お待たせしました—!」
と言いながら、オーダーした大量の料理を一気に運んできた。
それでその人はお兄さんに急かされるように、一番近い空いた席。
つまり、あたしの目の前の席に座った。
「お客様すいません、これ、奥にまわしてもらっても良いですか?」
「お、ほいほーい。はい、じゃこれ、よろしく」
「あ、すいません、はい、これ」
「はい、ミーナ、これね」
その人が席に着くなりお皿リレーが始まって、みんながあわただしく動き始めたので、あたしはその隙にサっと後ろを向いて、誰にも気づかれないように手で涙を拭った。
「はい、海ぶどうでございまーす」
「わ、美味しそう〜♪海ぶどう、キレイ〜」
(え〜あの人がユウキ君の先輩なんだ〜)
「次、スクガラスでーす」
(そっ。かっこいいでしょ?)
「え!なにこれ、かわいい〜お魚、ちっちゃぁい」
美味しそうな料理が、10人の目の前にどんどん並んでいく。
「はい、ソーメンチャンプルーとゴーヤーチャンプルーでーす」
「どんどんまわしてね〜!」
(すげぇ日焼けしてんな!何かスポーツやってる人?体育会系??)
「あ、すいません、オレ、ウーロン茶もらえますか?」
(サーファーなんだよね)
「あ、はい。ただ今すぐお持ちします!」
(え、ていうか何歳??かなり年上??)
「おー!やっと来た来た!!うまそ〜☆」
(てか、超イイ感じ〜!ヤバいかも〜)
「あ、ひょっとしてみんな、かなり待たせちゃってた??」
ラフテー男の『やっと来た』という言葉を、自分の事と思ったのか、その人が申し訳なさそうに言うと、ユウキ君と他の男子は、合わせたように首をブンブンと左右に振った。
「いえいえ、とりあえず乾杯して、ざっと自己紹介終わったとこです。ちょうどグッド・タイミングでした!あ、さっきちょっと話したオレの先輩で、野川 竹流さん」
「あ、タケルです。遅刻しちゃってホントごめん!今日は松野からの突然のお呼ばれで、ま、誰かの代役ってことだから、お手柔らかによろしくー」
タケルさんという人は、あっさりとそう言うと、ゆる〜い笑みを浮かべた。
すると内気なはずのさったんが、目を輝かせながら手を上げた。
「はーい、タケルさん、質問でーす!なんでそんなにぃ、黒いんですかぁ〜!?」
一同、ドッと笑う。
さっきレナちゃんと松野君が、こっそり話しているのを聞いてたくせに、あえて本人に質問するところが、さすがさったん、恐るべし!
「あ、いや、一応サーフィンやってるんで、ちょっと黒く見えるのかな。てかそんな黒い??まだそれほどでも無いはずなんだけどなー」
「黒い黒い〜〜!超黒い〜〜!!」
女子が黄色い声で、口を揃えて言う。
「はーい、タケルさん、私もしつもーん!!」
今度はミーナちゃんが手をあげた。
「タケルさんは、いくつなんですかー!?」
また一同、ドッと笑う。
「え?いや、まいったな〜。いきなりそこかー!」
タケルさんは、チリチリの頭をクシャクシャと掻きながら、照れ笑いした。
その、精悍な顔に似合わない子供っぽいアンバランスな仕草に、また一同ドッと笑う。
ユウキ君の先輩って言うけれど、なんだか年上っぽくない、打ち解けた雰囲気があって、女子達だけでなく、なんだか男子達までが、自然にこの人に釘づけになっているみたいだった。
「いや、もうオレのことはこのくらいで勘弁して!それよりみんなのこと教えてよ。君は?」
突然タケルさんは、正面に座っているあたしに向かって言葉をかけた。
「は!?」
「君、名前なんていうの?」
タケルさんの目はさっきと同じように、真っ直ぐあたしの目を見つめた。